「刺激を予測すること」が脳の知覚をスピードアップさせると判明
人々は何かを持つ前に物体の重さを想像したり、料理を食べる前に味を想像したりしています。そんな未来の刺激を予測することで、脳が外部刺激を知覚するスピードがアップすることを研究者が突き止めました。
Expectation-induced modulation of metastable activity underlies faster coding of sensory stimuli | Nature Neuroscience
https://www.nature.com/articles/s41593-019-0364-9
Brains Speed Up Perception by Guessing What’s Next | Quanta Magazine
https://www.quantamagazine.org/brains-speed-up-perception-by-guessing-whats-next-20190502/
ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校の神経生物学者であるAlfredo Fontanini氏は、「味覚」についての研究を行ってきました。味覚は人間の感覚の中でも刺激に対して脳が反応する速度が比較的遅く、舌が刺激を受けてから脳の味覚野が反応する前に数百ミリ秒ほどかかります。ブランダイス大学の神経科学者であるDon Katz氏は、数百ミリ秒という時間は脳にとって永遠といえる長さだと指摘し、「視覚であれば刺激から反応までの時間はほとんどありません」と述べています。
Fontanini氏の研究チームは2012年、ラットの味覚に関する実験を行いました。実験ではネズミに特定の音を聞かせ、その後チューブを通してネズミの舌に味を感じさせたとのこと。ネズミに与えられた味には「甘味」「塩味」「酸味」「苦味」の4種類がありましたが、聞こえる音には与えられる味がどの種類なのか特定できる要素は含まれていませんでした。つまり、ネズミは音を聞いて「これから何かの味を感じるかもしれない」と予測することはできても、実際にどんな味が来るのかはわかっていなかったというわけ。
実験の結果、研究チームは事前に音を聞いたネズミとそうでないネズミを比較した場合、音を聞いて「何かの味がするだろう」と予測したネズミの方が、味覚の刺激を受けてから脳が知覚するまでの時間が短いことが明らかになりました。音を聞いていない場合、ネズミが味覚を感じるのは刺激を受けてから200ミリ秒ほどかかりましたが、音を聞いた場合はその時間が120ミリ秒ほどにまで短縮されたとのこと。
一体なぜこのような「知覚のスピードアップ」が発生するのかに興味を持ったFontanini氏は、同じくニューヨーク州立大学ストーニーブルック校の神経科学者で、脳活動のモデリングに取り組んでいるGiancarlo La Camera氏と協力して研究を行いました。
過去数十年間にわたる研究で、脳の感覚ネットワークにおける活動の多くが外部刺激によってもたらされるのではなく、脳の内部から発生していることが明らかになっています。たとえば全くの暗闇を見せられている動物とそうでない動物の視覚野を比較した場合、どちらが暗闇でどちらが明るい場所にいるのかを判別するのは難しいとのこと。光がない場合でも視覚野のニューロンは活動し、ニューロンの発火は準安定状態を維持するそうです。
La Camera氏やKatz氏は、多くのニューロンが接続した「クラスター化ネットワーク」を用いることで、ニューロンの準安定状態をモデル化していました。そこで、Fontanini氏がLa Camera氏らと協力して、ネズミの実験結果で得られた知覚のスピードアップをシミュレートしたところ、クラスター化ネットワークのモデルは知覚の高速化パターンを再現することができました。ほかのモデルでは知覚の高速化パターンを再現できなかったそうで、Katz氏は「特定のネットワークだけが知覚の高速化を可能にします」と述べています。
by Lara
神経科学者らの間では、味覚について「『甘味』『塩味』といったそれぞれの味に対し、特定のニューロンだけが反応する」という説と、「大部分のニューロンが刺激に反応するが味によって全体の神経シグナルが異なる」という説が議論されています。クラスター化ネットワークモデルを用いたFontanini氏らの研究は、後者の説を支持するものです。
2012年に行われた研究でも、マウスは事前に何の味がするのか知らなかったにもかかわらず、知覚スピードが未来の予測によって上昇しました。そのため、将来への予測に対して特定のニューロンだけが反応したのではなく、予測がシステム全体のダイナミクスを変更したように見えます。Katz氏は、「刺激が感覚器に到達する前に味覚野で起こっている現象は、刺激に対する反応の大部分を占めています」と指摘。
Fontanini氏とLa Camera氏はこのダイナミクスを、地面にある溝に沿って、特定のくぼみから別のくぼみへとボールが移動する様子にたとえています。この例ではそれぞれのくぼみが特定の知覚を表しており、ボールが溝に沿って移動している状態は刺激から知覚までの反応を、どこかのくぼみにボールが落ちると知覚が発生したことを表します。未来の刺激を予測した場合、くぼみとくぼみの間に通る溝の抵抗が減り、くぼみまでボールが移動するスピードが短縮されるとFontanini氏らは説明しました。この場合、ボールがどのくぼみに到達しようと、反応スピードの上昇は影響を受けません。
by Kelvin Valerio
テルアビブ大学の神経生物学者であるAnan Moran氏は、「今回明らかになった知覚に関する現象は、脳が刺激を知覚する方法について考えられてきたこれまでのメカニズムを、再考する必要性があることを意味しています」と述べています。Moran氏は刺激の予測についての研究から、知覚や認知の研究に向けた新たな道筋を作る必要があるとして、「最後のフロンティアは視覚です。脳内での予測に関する研究は、視覚情報の処理について興味深いことを教えてくれるかもしれません」と述べました。
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