インタビュー

新時代クリエイターが生み出した新たなアニメ「イングレス」の櫻木優平監督と石井朋彦プロデューサーにインタビュー


2018年秋開始の新作アニメの1作品として、「Pokémon GO」のベースになったといわれる位置情報ゲーム「Ingress(イングレス)」を原作としたアニメ「イングレス」の放送が2018年10月17日(水)深夜から始まります。作品の監督は、日本アニメ(ーター)見本市の「新世紀いんぱくつ。」や2019年公開予定のオリジナル長編アニメ映画「あした世界が終わるとしても」を手がける櫻木優平さん。

今回、櫻木監督と、櫻木さんを監督に選んだ石井朋彦プロデューサーにインタビューする機会が得られたので、「Ingress」をもとにどのように作品を作っていったのか、そもそも櫻木監督はどういった人物なのか、いろいろと質問をぶつけてきました。

TVアニメ『イングレス』公式サイト
http://ingressanime.com/

キービジュアルはこんな感じ


Q:
まずはじめに、アニメを作るにあたって櫻木さんを監督に選んだ経緯を教えて下さい。

石井朋彦プロデューサー(以下、石井):
ナイアンティックのジョン・ハンケさんとは10年以上前からご縁があり、ナイアンティックの皆さんともずっと交流があったんです。フジテレビがナイアンティックに出資し、本格的に『Ingress』をアニメ化したいということになったとき、我々に相談いただきました。今の日本のアニメの状況だとか、ゲームの内容とアニメのテクノロジーをいかに一緒にできるかとか、最初はディスカッションをしていました。その流れの中で、ナイアンティックさんから正式に「クラフターでアニメ化できないか」というお話を頂きました。それから間を置かずに「櫻木、やらないか」という話をしました。櫻木からは「想像していたよりもずっといい企画で安心しました」と言われて、ほかに何を想像していたんだろう、と(笑)

Q:
櫻木さんは話をもらっていかがでしたか?

櫻木優平監督(以下、櫻木):
そうですね、『Ingress』自体は知っていて、枠組みの中でお話自体を考えられるという形でいただいたので、いろいろ楽しめるかなと思いました。

Q:
ゲームと連動する作品ということですが、改めて、本作は大枠としてどういうストーリーになっているのでしょうか。

櫻木:
『Ingress』は自分の足で屋外を実際に歩くことになるゲームです。そのゲームを通して、主人公の誠が日本中、さらに世界中を回り、「いろんなことを見て回って、いろんな学びを得る」というところがベースにあります。ゲームにはエンライテンドとレジスタンスという陣営がありますが、2つの陣営の勝負というよりは、ある事件に対して双方がどういうアプローチをするかというお話になっています。


Q:
試写で拝見して、いろんな名所や新幹線など「日本らしさ」を感じる描写があるなと思ったのですが、世界観はゲームとどれぐらい関連付けられているのですか?

石井:
ストーリーやキャラクターに関してはオリジナルで作ったものですが、ゲームの世界観とは密接に関わっています。

Q:
そういう意味では、ゲームをやってなかった人でも全然アニメからでも入りやすいと……。

石井:
「ゲームをやってない人が初めて見て楽しめる」ということに最大限注意をしました。むしろ、あまり「ゲームのアニメ化」というカテゴリーで捉えるともったいないぐらいに、初めて見た方が楽しめるものになっているはずです。


GIGAZINE(以下、G):
こういう映像作品にする上で、実作業に取り掛かる前から「ここが一番大変になりそうだな」と思った部分はどういったところですか?

櫻木:
ゲームにもストーリーはあり、細かい設定が本にしたらすごく分厚くなるんじゃないかというぐらい膨大にあって……そことの辻褄合わせが大変になるだろうな、とは思ってました。

G:
プロデューサーとしては、仕事を受けたときに「大変だな、難しそうだな」と思ったのではないかと思いますが、いかがでしょうか?

石井:
ゲームをやっている人はレジスタンスかエンライテンド、どちらかの陣営です。「どちらかが勝つ」という話にしてはダメだということは考えました。「どちらかが悪者でどちらかが善人」という物語を作ってはいけないというのが最終的にはありました。

G:
その点は、最初に監督に伝えた部分ですか?

石井:
実は、ミッションをやっている方々を、日比谷公園にこっそり見に行ったんです。陰から覗いていたら、ホントに皆さん真剣で……。

G:
お二人で見に行ったんですか?

石井:
ナイアンティックの方々と一緒に行きました。皆さん、世界の命運をかけて戦ってるから、これは大変なことを担ってしまったと思いました。どちらの陣営も楽しめなければいけないぞと。そこで、エンライテンドとレジスタンスの対立は、今世界で起きてることの比喩だろうと定義したんです。国家間、宗教間、経済間、それこそネットの中での対立も含めて。対立は解決を生まず、何か共通の目的に向かって双方が手を組まなければならないわけです。そうやって、世界で起きてることをこの陣営同士の戦いに当てはめたとしたらどう転がっていくんだろう、という仮定からストーリーを作っていったというところが「難しいと思ったこと」に対する答えですね。

G:
監督も実際に日比谷公園に見に行ったということでしたが、どうでしたか?

櫻木:
やっぱり皆さん、本気です。イベントへ行っても熱が伝わってきて、『Ingress』というゲームをそのまま原作として作るのが難しいからといって、ゲームを無視して全く違うストーリー、全く違う設定に走るのはやめようと思いました。ゲームをやっている人たちが見ても「これは『Ingress』のアニメだ」と思えるものにしつつ、やってない人も楽しめるものにしなきゃな、と。

G:
それはめちゃくちゃ難しそうですね……。

石井:
櫻木が当初から「スマホをずっと持ったままのアニメにはできないですよね」と言っていたんです。つまり、みんなが手にスマートフォンを持って登場するわけにはいかないわけです。やれば予算は抑えられるかもしれないけれど(笑)。櫻木は「異能力バトル物にしたい」と構想を語った。アニメで描かれる異能力バトルって突拍子もないようなものが多いですが、「あくまでも、この現実で起こりうる異能力バトルにしたい」と。そこに『Ingress』の世界観で使われるエキゾチック・マターとかいろんなものが絡んできたら、ゲームのもともと持っている魅力をアニメとしてちゃんと活かせると。そういったところから、シナリオライターの月島さんとともに作り上げてきた感じですね。

G:
なるほどそういう流れなんですね。ありがとうございます。

Q:
そういう辺で言えば見てても思ったんですけれど、設定がすごいモリモリな感じが……。

石井:
あれでも大分減らしたんですけどね(笑)

Q:
(笑)。『Ingress』の世界観を軸にしつつ、異能バトルなどを盛り込んでいると。

櫻木:
そうですね。「なんかこれ、全然違うじゃん」とは言われたくないので、ゲームのベースにあるストーリーに乗った上で起きているお話になっています。

石井:
見ている人に、対立している両陣営の戦いを通して「これは今起きてることなんだな」と思っていただきたいというのが重要なところです。おそらく、皆さんも日常生活で、何かしらの対立に巻き込まれていると思うんです。それは会社だったり学校だったり、あるいはネット上だったり……。でも、対立の先に未来はありません。キービジュアルに描かれている誠とジャックも、エンライテンドとレジスタンスの色で分かれていますけれど、同じ目的のためにともに戦うことになるわけです。今僕らが抱えている問題も、そういう形でしか答えは出せないのではないかと。

Q:
そういう意味では。キービジュアルポスターにも使われている「信じるな」という言葉にも深いメッセージを感じます。

石井:
まずマイナスに「疑ってみる」のではなく、自分が正しいと思うことでも別の見方があるので、いろんな側面から世界を見ていかないとこれからの時代は難しいのではないかと思います。毎回毎回、常識だと思っている事に違う視点を与えてみながら、次の話数が楽しみになるように作ってみたかった。

Q:
キャラクターはどのように生み出されていったんですか?日本の主人公っぽい誠と、海外の主人公っぽいジャックがいるなと思ったのですが。

櫻木:
「グローバルに発信」ということが決まっていたので、どこの国の人が見ても主人公として見られる編成にしようかなと思いました。とはいえ、やはり日本のアニメではあるしと考えた時に、ダブル主人公にしようと。それで、陣営のこともあるし、日本人と、アメリカ人のおっさんに(笑) 設定は、日本のアニメと海外ドラマ、双方のニュアンスが入れられるような形で作っていきました。ヒロインもヨーロッパ人で、国籍を散らばらせて、いろんな国の人が見た時に抵抗なく見られるようにしています。

主人公・翠川誠


「アメリカ人のおっさん」ジャック・ノーマン


石井:
ハリウッド映画では、だとえばブラックパンサーのような黒人ヒーローも人気を博してきて、ダイバーシティ、グローバルの時代になってきています。僕らも「アニメーションは日本人が作れるハリウッド映画だ」と信じて作っています。

G:
放送1カ月前の時点で、制作作業はどの部分まで進んでいるのでしょうか。すでに最終話まで完成済みですか?それとも、まだ作業の真っ最中だったりしますか。

石井:
すでに全話完成しました。

G:
やはり、Netflixで第1話から最終話まで一挙に配信するから早めの予定になっているということでしょうか。

石井:
それもありますが、ギリギリで作っているとクオリティが上がらないからというのも大きいです。当たり前ですが、ちゃんとスケジュール通りに頑張って作った方がいいものになるので、放映前には完成した方がいいですよね(笑)。ただ、これでもいろんなことがあったので、予定ではもっと早かったんです。

G:
遅れの原因として、何が大変だったんですか?

石井:
シナリオです。全員がシナリオを面白いと思うまでは次に進まないという方針なので。

G:
シナリオ!すごい方針ですね。

石井:
結果良かったですよね。

G:
毎話毎話、えらく引きが強いなと思ったのですが、あれはきっちり狙い通りですか?


櫻木:
はい。特に海外チームから、最後に引きを付けたいという要望が結構ありました。

石井:
いま、海外ドラマはすごいことになっているので、それに負けないストーリーを作らないと、ということで。

G:
それであんな感じになったんですね。

石井:
日本のアニメではティーンエイジャーが普通に世界を救いますが、海外の人にはピンとこないということも驚きでした。「ティーンエイジャーは学校に行っているだろう?」と(笑) 確かに、向こうの作品をよく見るとそうなんです。ティーンエイジャーが学校にやって来たモンスターを倒すような作品はあっても、本当に世界を救うという作品はそう多くはないんです。主人公は20代後半から30代前半で、職業に就いていて、社会的な立場があり、その立場の中から成長するという話が多い。だから、ティーンエイジャーが突然世界を救うということにピンとこない。そういうことも勉強になりました。

櫻木:
いろんなカルチャーショックがありました。

G:
石井さんが挙げたもののほかには、どういったものにぶつかりましたか?

櫻木:
指摘されたのは女性の露出が多いシーンですね。キャラクターデザインの段階で、ヒロインのサラにネグリジェっぽいものを着せた絵を出したら「これはダメだ」と言われました。

石井:
「セクシー」ならいいんですけど、いわゆる「ちょっと年齢が低く見える女の子」という日本のアニメ特有の表現は、海外においては非常にセンシティブなところという感じがします。アダルトなものに対する制限というよりは、そういった社会的・常識的な部分でした。

櫻木:
これが世界のトレンドということだと思うんですけれど、やはり日本のトレンドと世界のトレンドは違うんだなと感じました。

石井:
だからもう、ヒロインのサラは大活躍しますよ(笑) 物語の中で、ある意味では一番活躍するんじゃないでしょうか。


櫻木:
そうそう(笑)

Q:
ということは、主人公の年齢を設定段階で上げるようなこともあったのですか?

櫻木:
そこは意識して高めに作っていました。ただ、日本人が見ると若く見えるらしくて、年齢を言うと日本人の方がびっくりするという年齢になっています。

石井:
確かにね。

Q:
見ようによっては18歳くらいに見えなくもない。

石井:
アニメキャラのいいところってそこなんです。「どの年代からしてもルパン三世は年上だ」ということを言った人がいますが、みんな、ルパン三世は自分よりもちょっと年上だと思っているんですよ。そういう感じが一番いいんでしょうね。きっと、トム・クルーズも役としては30代ぐらいのつもりで演じていると思いますし。

Q:
海外を意識して制作したというお話でしたが、映像面ではどうですか?

櫻木:
今回、「色味」が海外に寄せた部分だといえます。

Q:
色味?

櫻木:
普段見ているアニメよりもだいぶコントラストが高くて、暗いところはしっかり暗く落ちているという作りになっています。日本のアニメは「パッと見の印象」が明るくないと沈んでしまい見る気が起きないというか、全体的に明るい作りになっているものが多いんです。そこをあえて落とす方向に攻めて、海外の人が子ども向けだと思わないような締め方をしています。


Q:
言われてみれば、日本のアニメって明度が高いというか、明るい作品が多いかなと思いますね。

櫻木:
そうですね。

石井:
3Dだとちゃんとアングルが落ちやすいのもありますね。

櫻木:
今回、いわゆる「色彩設定」でノーマルな初稿を作ったら、環境に合わせて色を合わせていく部分をすべて撮影監督にやってもらっています。CGなので、素材をバラして出し、撮影監督が全体の雰囲気を見ながらキャラクターも含め色を決めていくという、結構難易度の高い要求だったんですけど……

石井:
劇場作品でもやらないことですね。

櫻木:
それを見事にやっていただけて。

Q:
その手法のメリットはどういった点ですか?

櫻木:
一つ一つ色をもらわなくてもいいという点と、全体を見ながら色を一個一個決めていくんで、かなり細かく……多分普通のアニメよりかなり細かく色の差をつけ、「シーンごとの色」をしっかり作っている点です。

G:
試写で拝見すると第1話の冒頭からすごいアクションの連続で構成されていましたが、あれだけアクションを入れまくるのは、当初からの予定ですか?それとも、脚本作業の間に自然とアクションまみれになっていったのですか?


櫻木:
脚本段階で入れていました。

石井:
僕はもう20年くらいアニメに関わってきましたが、作画でこういうアクションを描ける人は両手で数えるくらいしかいないんです。作画アニメは「この人の手が空くまで、このアクションはできない」みたいな特殊な世界。たとえば、カメラがグルグル回りながら斬り合いをしているというようなシーンだと、「エヴァ」でも、スタジオジブリ作品でも、担当している人はみんな同じだったりします。今回「チーム櫻木」にはそういったアクション大好きな若い世代がいっぱい揃っています。「これって作画でやったら1カットで3ヶ月かかるよね」みたいなカットを、数日であげてきちゃうわけです。必然的にアクションのクオリティも上がるし、逃げずに「ちゃんと3Dでアクションやろうよ」と。力が入りすぎて「銃で撃てばいいのにアクションしてるよね、ここ……」みたいなところも出てきたりしましたが(笑)、それくらいみんなが気合を入れて作品と向き合っているということです。

Q:
ジャッキー・チェンの世界みたいな(笑)

石井:
そうですね。香港映画全盛期みたいに「アクションやりたい若いやつら」がいっぱい集まってきている感じがします。

Q:
作画アニメでは難しくても3Dならできる、ということでしょうか。

石井:
できると思います。作画だと、まず絵がうまくなければいけないし、空間感覚も必要だし、どこから見ても立体になるように描かないといけないし、動き自体もよくなければ……と、複数の特殊技能が必要です。

G:
アクションのところで、さきほど櫻木監督から脚本で書くのは簡単だけれどというお話がありましたが、序盤だとどういったシーンが文字から映像化するのが難しかったところですか?

櫻木:
第1話冒頭のカーチェイスとかですね。見ていただくとわかるのですが、展開自体も詰め込まれているので、そもそも、尺に収まるようにどこを削るかというところもありました。正直なところ、アクションシーンというのはお話の展開の中で、テンポとして必要なだけあればいいですから、その分に抑えたりとか。あと、コンテ段階では派手に盛っていたけれど、実際にはこんなアクションは要らないよねという部分はスパッと削ったり、ということを自分の判断でやりました。

Q:
それでもなお、あの分量なんですね。

櫻木:
そうです、みんな「動かす」んです(笑)

石井:
やる気がみなぎってるから(笑)

G:
ここからは櫻木監督メインでお話をうかがっていきたいと思います。

石井:
是非そうしてください、劉のキャラクターと似ているところとか(笑)

櫻木:
あんまり関係ない(笑) 意図してないですよ。

監督と似ている(?)劉天華


G:
櫻木監督はTwitterで以前、毛虫のボロを担当したことに触れて、「監督とは何か、とても勉強させていただきました。」というツイートをしていました。今回、実際に『イングレス』の監督をすることになったわけですが、当時考えることになった「監督とは何か」というのは、どういうものだったのですか?

櫻木:
これは、今も行き着いたわけではないので日々考えさせられることですけれど、スタジオにおける自分の立ち位置、作品における自分の立ち位置を考えて、それに伴った行動をしていくというようなところです。

G:
『イングレス』の監督は、どういう立ち位置ですか?

櫻木:
『イングレス』に関しては、「みんなの舵をしっかり取っていく」というのが自分の立ち位置だと思っています。ありがたいことに、スタッフィングがとても良く、基本的にとても水準の高いものができあがってくるのですが、そこで色んな要素のバランスをとる必要があるんです。

G:
バランス。

櫻木:
脚本や絵、コンテを総合して、一番良いところにまとめ上げるということに徹していました。自分が何かを集中して見て、そこに没頭するような作り方はやめようと。これまでは「自分が一人で」というところも多かったのですが、今回は完全に手放して、俯瞰の視点で見ようと。

G:
今回、多くの点で3DCGが用いられていると思いますが、手描き部分もあるのですか?

櫻木:
背景はほとんど手描きです。部屋の中とか、3Dで作りやすいところだけ3Dですね。

G:
背景だけ手描きというのは、その方が作業が早いという理由ですか?

櫻木:
今回、写真をレイアウトにしたというところが結構あるんです。『Ingress』は現実の場所を舞台にしたゲームなので、実際に存在するところは現地の写真とかを使ったほうがリアリティが出るだろうと考え、日本国内をロケハンして回り、レイアウトと同じ写真を撮って、それをベースに描いていただく形をとりました。

G:
なるほど、エンドロールに「協力」として神社の名前が出ていましたが、まさにロケ地だったというわけですね。

櫻木:
そうです。

G:
今回、クラフターの会議室での取材で、先ほどオフィスを通ってきたのですが、多くの方が作業をされていました。『イングレス』の制作もこの隣で行われているのですか?

櫻木:
まさに、あそこにいるメンバーが中心です。

G:
監督もここに常駐して一緒に作業しているのですか?

櫻木:
そうです。仲間たちのような感覚でやっています。

G:
過去、SENSORSのインタビューを受けた際に、櫻木監督は「ピクサー、ディズニーなどはもう、作画だったら?という所は超えているじゃないですか。製作者の気持ちとしては手法的なところを意識させないぐらい自然に作品を見てもらいたいです。特に手描き作画っぽいねとか、まるで手描き作画と言われるのが一番不毛で、本当はそこら辺に意識が行かないぐらい、純粋に作品の面白さを評価されるようになりたいです」と語っておられます。『イングレス』では、こうした作画の点についてはどうでしたか?

櫻木:
絵作りに関しては本当にスタッフが優秀で、今回、言わずともいい絵が上がってくるという環境で作ることが出来ました。CDディレクターを含め、各ディレクターが優秀で、逆に、押さえなければいけないぐらいでした。「ちょっと、やりすぎ」と(笑)


G:
言わなくてもいい絵が上がってくる上に、やりすぎ(笑)。すごいですね。

櫻木:
絵作りには不安がない環境でした。

G:
同じインタビューのなかで「CGの人にコンテを描かせるのは挑戦的だと思われているのではないか」という発言がありました。業界内では、なにかCGの人がコンテを描くことには難しいところがあると思われているのですか?

櫻木:
そもそも絵を描く文化がなかったりする点です。CGアニメーターには、最初からデジタルで入ってくるので絵が描けないという人がとても多いんです。あとは、単純にCGのアニメーターの最高職がこれまで「CGディレクター」だったので、そこから監督や演出という選択肢があまりなかったというのもあります。

G:
ふむふむ、そもそも道筋が存在しなかったという感じですかね。

櫻木:
ところが今回は、これまでならアニメーターだったスタッフを演出とかに抜擢しました。そこから新たな演出家、監督が生まれてくるといいなぁと。たぶん、エンドロールを見ていただいたときに、演出に見たことのない名前が出てくることがあると思いますが、そういう方々はCGアニメーターから上がってきた演出家だということですね。

G:
CGWORLDのインタビューでは、以下のようなやり取りがありました。

――『新世紀いんぱくつ。』において3DCGの長所を活かした部分はどんなところでしょうか?
櫻木:ディティールですね。手描きでは追いきれないような描線の量だったり、贅沢な撮影処理といった画面密度を上げる方向で勝負をしました。密度の上げ方といってもいろんな方法があって、セル・シェーディングではなく3DCG本来の特性を活かした質感を加えていくというアプローチもあるのですが、僕としてはベタに線を増やすことで情報量を上げた方がよく見えるなと思って。一回どこかでそれをやってみたかったんです。長編だったら鬱陶しくなっていたと思いますが、7分くらいの短編ならあのくらい濃い絵柄でも上手くハマったんじゃないかなと。

「イングレス」もとても情報量が多い絵だと感じましたが、櫻木監督は方向性についてなにかこうしようという方針はありましたか?

櫻木:
変わったことは意外とやっていないですね。キャラクターデザインが、そもそも情報量が多そうに見えるリアルな絵柄のキャラクターで、シワとかが多いといえば多いです。そのあたりのバランスに関しては、モデリングディレクターを担当した宮岡が自身の判断で行っていました。なので、絵作りに関しては、最初の叩きの段階以外は現場判断でやってもらっているので、あの絵ができたというのは、各ディレクターのセンスですね。

G:
なるほど、「優秀なスタッフィング」というのがそういうところで生きてくるんですね。ちなみに、スタッフはどうやって集まったのですか?

櫻木:
以前「花とアリス殺人事件」とかをやっていたときに手伝ってもらった人たちがメインになっていて、「昔から付き合いのあるスタッフたち」という感じです。

G:
わりとツーカーで、意思疎通はしやすい関係だと。

櫻木:
そうですね。「この人は信用できる」という人にお任せすることができました。

G:
あと、これはちょっと本筋とは離れますが、同じCGWORLDのインタビューの中で、アニメをよく見るという話が出ていました。今も深夜アニメはよく見ておられるのですか?

櫻木:
一応チェックはしてます。ただ、いざ作品を作り出すと、アニメ以外を見るようになりますね。

G:
アニメ以外というとどういったものですか。

櫻木:
映画とか海外ドラマですね。アニメを見ながらアニメを作ると、マネしちゃうので(笑)

G:
影響も受けてしまう?

櫻木:
はい。なので、がっつりとアニメを作る時には、できるだけ情報のソースは違うところにするという感じです。

G:
同じインタビューで、「自分に近そうな話題作は怖い、影響を受けそう」というお話が出ていました。櫻木監督に「近そう」なのはどういった作品ですか?

櫻木:
そんなこと言ってたんですね(笑)。体温が合う、とでもいいますか……(笑) 青春ラブコメ系といいますか、「ちょっとアダルトな青春ラブコメ」が自分の好きなラインかなと思っています。

G:
なるほど。ではここで石井プロデューサーにお伺いしたいのですが、石井さんから見た櫻木監督の第一印象というのはどういったものでしたか?

石井:
「イケメンだなあ」と思いましたね(笑)

G:
そこから(笑)

石井:
アニメーションのクオリティもモデルのクオリティも別格だと思いました。ちゃんと人の話を聞いてそれを最大化することを考えている。「自分が、自分が!」ではなく、「最終的に、視聴者にとって何が一番ベストか」を常に考えているので、監督向きだと思いました。残念なことに、お客さんに届けるよりも自分が好きなものを作ることを優先する人が多い。でも櫻木は、ちゃんとお客さんに届けることを意識している。それが、新時代のクリエイターとして、櫻木が語った「監督の名前が先に出るのではなく、作品が面白くて『これはこの人が作っているんだ』とわかるものを作りたい」ということなのではないかと思います。

G:
櫻木監督を見いだしたのはどういった経緯だったのですか?

石井:
僕がプロデューサーを務めた「009 RE:CYBORG」という作品のときに、彼は現場のアニメーターだったんです。明らかに強烈なクオリティと個性を放っていました。

G:
明らかにというのはもう、見てわかるほどに?

石井:
アニメーションチェックが毎日行われていたのですが、気がつくと、さっきチェックしたはずの櫻木がもう並んでいるんです。「僕は違うと思います、こうだと思います」とかは一切言わず、全部頭の中で考えて、短時間で理解して、自分で手を動かして結果として上げてくるので、「この若者はとんでもないな」と思っていました。そのあと、岩井俊二監督の「花とアリス殺人事件」のCGディレクターを探していたとき、彼が前の会社を辞めて別の仕事をしていると聞き、電話したんです。彼は岩井監督にはすごく影響を受けていたので「興味があります」という返事をもらい、そこからの付き合いです。

G:
そういうつながりだったんですね。

石井:
プロデューサーとして見るのはそういうところなんです。できあがったものではなく、その人はどういうことを考えて生きているのかがクリエイティブのすべてです。彼は監督に向いているなと思った。

G:
石井プロデューサーがそうやって見ていたということは、監督はご存じのことですか?

櫻木:
はい、お伺いしていました。とてもありがたいなと感じています。

石井:
そのあと、庵野監督の「日本アニメ(ーター)見本市」があって、岩井俊二監督の新作があって、宮崎駿監督の「毛虫のボロ」があって……虎の穴に次々と送りこむことに(笑) これはさすがに死んだんじゃないかと思いましたが、彼はちゃんと虎の穴から帰ってきたので、クラフター社長の古田と一緒に「これは、1日でも早く自分の監督作品でデビューしてリングに上がってもらわなければ」と。

櫻木:
もう……「次は何が来るか」と思ってました(笑)

G:
それで先ほどの「想像していたよりもずっといい企画で安心しました」という言葉につながるんですね(笑)

石井:
(笑) きっと「次は誰のところについていくんだろう?」と思ってたんじゃないかな。もうどこだかわからない、それこそマーティン・スコセッシとか。でも、そうじゃなかった。

G:
ちょうど今名前が出た古田社長と石井さんの出会いがこのクラフター設立のきっかけだと。2011年に「スティーブンスティーブン」として生まれた会社ですが、ちょうど設立されたころに「ホウガホリック」に掲載されたインタビューの中で、設立にあたって共同CEOに神山健治監督と古田彰一氏が就任したことで、そのつながりについて質問があり、石井プロデューサーは「ウソみたいですが、実はtwitterなんです(笑)。古田さんは博報堂のクリエイティブディレクターで、神山さんの大ファンだったんです。Twitterを介して二人が知り合い、僕は神山さんに「面白い人がいるから」と紹介されたのがもともとのきっかけです」と答えておられました。Twitterを介しての出会いからスタジオ設立に至ったというのがなかなかすごいことだなと思ったのですが、どういった出会いだったのですか?

石井:
大筋合っていると思います(笑)。補足しますと、もともと古田社長は神山さんのファンで、Twitterもフォローしていたんです。そこにもうひとり、「GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊」のクリエイティブ面を担当した実写ディレクターがいまして、彼が古田さんと親しく、その人を介して古田さんは神山さんと会っていたんです。そして僕も、古田さんというとても優れた方がいるということで実際にお目にかかって、会社設立に至ったという形です。Twitterだけというわけではないです(笑)

G:
なるほど。これもまた過去のインタビューでの発言なのですが、石井プロデューサーはEE.jpのインタビューを受けられた際、「日本の3DCGアニメーションの未来はセルルックにあると、僕は確信しています」と語っておられます。ここでは理由については触れられていませんでしたが、石井さんがそういう確信を得るに至った理由というのはどういったものですか?

石井:
おお、ブレがないですね、よかった(笑)。「このままだとアニメ作り続けるのは無理じゃないか」と思っていたからです。劇場版を1本作るのに、業界全体で50名ぐらいの一流アニメーターの「順番を待つ」ということを僕らはずっとやってきた。たとえば「千と千尋の神隠し」から最近の超大作まで、作品のメインとなるシーンを描いてらっしゃる方って、同じ方がほとんどなんです。「このカットを頼めるのはこの人しかいない」というとき、その人の手が空くのを半年や1年、じっと待つということをずっとやってきた。このままだと本当に作れなくなると思いました。そこに来たのが、フル3DCGなのにアニメのルックという作り方ですね。まさに櫻木とも出会ったころで、当時20代の若者が「作画でやったらとんでもないことになるぞ」というような中身を、一度チェックしてから45分後ぐらいにはもう修正を上げて並んでいるんです。

G:
ああー、そこに櫻木監督が。それで「並ぶまでの速さ」なんですね。速さは魅力ですよね。

石井:
速さとクオリティがすごい。そのとき、「この人たちが現場の最前線に立ったら、絶対日本のアニメは変わる!」と思ったんです。僕らは「セルルック」という言葉は使っていなくて「スマートCG」と呼んでいます。作画の真似事ではなく、明らかに新たな時代の表現が現れているぞということです。作画を否定するわけではなく、3Dだけを肯定するというわけでもなく、新しい世代が新しいものを作り始めているということに対して、古田社長が考案した言葉です。

G:
とても納得です。石井プロデューサーは2016年に「自分を捨てる仕事術 鈴木敏夫が教えた「真似」と「整理整頓」のメソッド」という本を出しておられます。出版時のダイヤモンドオンラインの取材で「私自身も、鈴木さんの下を離れた後に、何をやってもうまくいかない時期がありました。そのとき、ノートを見返すと『自分のために仕事をしない』という鈴木さんの言葉が目に飛び込んできたのです。『自分のやりたい企画』『自分がいいと思うアイデア』に固執していたことに気づきました。そこで、自分を必要としてくれる人の企画を片っ端から受け始めると、一気に道が開けたのです」と書かれていましたが、『イングレス』の企画も、そのように受けたものの1つだったりするのでしょうか。

石井:
ある意味ではそういうところもあります。それに、櫻木自身がそういう監督だったから監督を任せたというところもあります。与えられた状況に対して「自分が!」と我を出すタイプではない。宮崎さんも高畑さんも、みんなそうやって作ってきたんだと気付いた瞬間に目の前がパッと開けて、「だったら、そういう若者にチャンスが与えられるべきだ」と思ったんです。

G:
(笑) クラフターは「作り方から作る会社」であるということを古田社長が掲げておられるということですが、これはまさに「スマートCGで作る」という作り方を、というような考え方ですか?

石井:
まさにその通りです。最初からそういうイメージがあって、だからこそ古い価値観のスタッフではなくて、櫻木のように新しい価値観のスタッフが集まる必要があったわけですね。


G:
SENSORSに掲載されたインタビューで「3DCG技術で手描きのアニメーションを凌ぐようなセルルック3DCGアニメーションを生み出すスタッフもいる」と言及されているのが櫻木監督たちのことだったわけですか。

石井:
そういうことです。

G:
こうして石井プロデューサーから「リングに上げなければ」ということで『イングレス』という作品を託されたわけですが、櫻木監督はテレビシリーズ制作を走りきってみていかがですか?

櫻木:
やはりロングスパンだなぁと思いました。1本作りきるための労力と言いますか、自分個人ではなく全体を巻き込んで、これだけの時間をかけてつくることに感動もしましたし、責任感ある仕事だなとも感じました。

G:
監督のTwitterを見ていると疲労困憊しておられるように見えましたが……。

櫻木:
いやいや、そんなに疲れてないですよ(笑)

石井:
なんかそういうキャラになってるね、NHKスペシャルの悪影響だ(笑) 彼は昔からこういう感じで、あまり感情を表に出さずに淡々とクールなんですよ。声を荒げたりは絶対にしないですし。

G:
確かに、櫻木監督の姿はNHKスペシャルで見ていたので、影響はあるかもしれません(笑) それは素でクールなんですか?それとも、クールでいるように心掛けているのですか?

櫻木:
そうですね……気をつけてはいます。あまりこう、何が起きても騒ぎ立てないように。

石井:
そこが流石だよ。

G:
いやー、プロフェッショナルですね。

Q:
最後に、ファンに向けて「こういうところを見てほしい」というのはありますか?

櫻木:
今回、徐々に徐々に盛り上がっていく映画みたいな作り方をしていて、最後まで楽しんでいただけると思うので、ぜひ付き合っていただければと思います。

Q:
Netflixでは一気に配信されるんですよね?

石井:
そうです。

Q:
じゃあ、先が気になった人はすぐ見られると(笑)

石井:
これは是非書いていただきたいのですが、第1話のフジテレビでの放送は10月17日(水)24時55分からですが、これはほぼ作中の時間と一致します。第1話の内容は、10月17日の深夜から18日未明にかけて起きているんです。いわば、第1話だけ「24」みたいなものなのです。第1話では、画面の隅々に刻々と時間が変わっていく様子があるので、ぜひこの「現実との同時進行」を楽しんでもらえれば。本当は全部やりたかったんですが、やってみたら無理でしたね(笑)

G:
チャレンジはしたんですね、一応(笑)

石井:
いやぁ、「24」はすごいですよ。あんなこと、到底できないです。

櫻木
放送が週1回なので、全部やるなら放送後の1週間は寝てるとかしないと(笑)

石井:
トイレに行くシーンまではないですが「いつ充電したんだろう?」「いつメシを食ったんだろう?」という部分は、結構ちゃんとやっています。

G:
ちゃんと移動も描かれていましたもんね。

櫻木:
このキャラクターはこれ以上は起きていられないと思ったら寝させたり。

石井:
そう、大ピンチでも必要なら4時間寝る。そういうリアルなところもぜひ楽しんでいただければと思います。

……ということで、新世代クリエイターである櫻木監督が生み出したアニメ「イングレス」は、フジテレビ・北海道文化放送で10月17日(木)24時55分から放送開始。ほか、テレビ西日本で10月17日(木)25時55分から、東海テレビで10月20日(土)25時55分から、関西テレビで10月23日(火)25時55分から、BSフジで10月24日(木)24時から放送開始です。また、Netflixでは10月18日(木)から日本先行で全話一斉配信がスタートします。ぜひ、スマートCGによる新世代のアニメを楽しんでください。

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in インタビュー,   アニメ, Posted by logc_nt