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サイエンス

たった1つの遺伝子変異がヒトを「長距離ランナー化」して繁栄させるきっかけになった

by Alex Lomas

もともとは霊長類の一種でしかなかったヒトが世界的に繁栄を遂げることができた理由について、「脳と手が非常に発達した」という点に加えて、「持久力が非常に高い」という点が挙げられます。そんな風にヒトが他の生物にないレベルの持久力を手に入れたのは、「1つの遺伝子変異がきっかけだった」という研究結果が発表されました。

Cmah Inactivation Increases Endurance | Proceedings of the Royal Society of London B: Biological Sciences
http://rspb.royalsocietypublishing.org/content/285/1886/20181656

A single gene mutation may have helped humans become optimal long-distance runners
https://phys.org/news/2018-09-gene-mutation-humans-optimal-long-distance.html

This broken gene may have turned our ancestors into marathoners—and helped humans conquer the world | Science | AAAS
http://www.sciencemag.org/news/2018/09/broken-gene-may-have-turned-our-ancestors-marathoners-and-helped-humans-conquer-world

ハーバード大学の進化学者であるダニエル・リーバーマン氏は、ヒトが地球上で成功を収められたのは、他の動物よりも非常に優れた持久力を獲得したことが関係しているとしています。ヒトはチーターなどのように瞬発力に任せた狩りを行うのではなく、他の動物よりも長い距離と時間にわたって獲物を追いかけ続け、獲物が疲れ果ててしまうまで追跡する持久力によって繁栄したとのこと。

持久力に優れるという方向への進化は、約300万年前にサバンナ化したアフリカの気候下ではとても有利でした。見晴らしのいいサバンナは長い距離を追跡しても獲物を見失いにくく、障害物が少なく走りやすい環境といえます。また、リーバーマン氏や他の研究者らはヒトの祖先の骨格を研究し、ヒトは長い距離を走り続けられるように、足が長く変化したと特定しています。厚い毛皮をなくして汗腺が増えるという変化も、熱を体外に逃がしやすく長距離を走るのに適していました。

ヒトが繁栄した理由の一つに持久力向上があったとされる一方で、いったいどのような遺伝子の変化がヒトの持久力向上につながったのかは、明らかになっていませんでした。そんな中、カリフォルニア大学サンディエゴ校で医学・分子細胞学教授を務めるアジット・ヴァルキ氏の研究チームは、1998年に発表された「ヒトと霊長類の遺伝的違い」に関する論文に着目。この論文では、ほかの霊長類では正常に働いている「CMAH遺伝子」という遺伝子が、ヒトの場合は欠損していることが指摘されているとのこと。CMAH遺伝子は、細胞表面にあるシアル酸からなる糖分子の生成を行いますが、ヒトの場合は遺伝子レベルでその働きが阻害されています。

by Mark Warner

CMAH遺伝子の突然変異が起きたのは200~300万年前であり、ヒトの「長距離ランナー化」が起きたのもほぼ同時期だったことから、ヴァルキ氏は「CMAH遺伝子の突然変異が、ヒトの持久力向上に関与したのではないか?」と推測しました。そこで、論文の主筆者でもある大学院生のジョナサン・オカーブロム氏は、小さな回し車に通常のマウスとCMAH遺伝子が失活したマウスをのせ、運動能力を測定する実験を行いました。その結果、CMAH遺伝子の失活したマウスは通常のマウスよりも12%速いスピードで、20%も長い距離を走ったとオカーブロム氏は報告しています。

さらに、CMAH遺伝子の失活したマウスは疲労に対する強い耐性を持ち、細胞内におけるミトコンドリアの呼吸や後ろ足の筋肉量が増えていることが判明。また、血液と酸素を効率よく体に供給するため、毛細血管が増加していることも確認されたとのこと。総合して、CMAH遺伝子の失活したマウスは高い持久力を持ち、酸素を効率的に利用できる体質に変化しているといえるそうです。

ヴァルキ氏は、「今回マウスで確認された変化がヒトにも適用できるなら、CMAH遺伝子の失活が狩猟採集を行ったヒトにとって大きな優位性を与えたと考えられます」と語りました。CMAH遺伝子が壊れたことでヒトに起きた影響は持久力向上だけでなく、免疫力の向上といった利点もあったとのこと。

しかし、ヴァルキ氏は「CMAH遺伝子の突然変異はもろ刃の剣でした」と述べており、CMAH遺伝子が働かなくなったことで2型糖尿病のリスク、赤身肉を食べることによるがんの発症リスク、体に起こる炎症のリスクが高まったとしています。「わずか1つの遺伝子変異とそれによる分子の変化が、ヒトの体と身体能力に大きな変化を与えました。CMAH遺伝子の変異こそが、ヒトの起源に迫るものです」と、ヴァルキ氏は語りました。

by Wally Gobetz

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in サイエンス, Posted by log1h_ik