コーヒーやサンマのはらわたなど「大人の味」がわかるようになるのは唾液に含まれるタンパク質のおかげかもしれない
By Cliff Kimura
この世の中に「苦い食べ物が大好きです」という人はあまり多くないはずですが、一方でサンマのはらわたやサザエの黒いところ(=ワタ)、はたまたビターチョコレートやコーヒー、ビールなどの「苦み」に大人になってからとりこになってしまう人も多いはず。このように、最初のうちは苦手でも徐々に慣れ親しみ、いつの間にか大好きにさえなる味は英語でAcquired tasteと呼ばれ、日本語では「大人の味」などと表現されたりもします。最新の研究からは、このAcquired tasteは唾液に含まれるタンパク質の成分が変化することでもたらされるかも知れないという実態が明らかにされています。
SPIT Lab Finds How Saliva Shapes Taste | Inside Science
https://www.insidescience.org/news/spit-lab-finds-how-saliva-shapes-taste
本来はおいしいと思わないはずの味を、いつの間にか人は好きになってしまうことは生物学の分野でも研究の対象になっています。パデュー大学の知覚科学者のコーデリア・ラニング氏もその分野の研究に携わる一人で、人の味の嗜好が変化する背景に生物学的な要因があるのかどうかについて調査を行ってきました。ラニング氏が所属する研究室「SPIT Lab(Saliva, Perception, Ingestion, and Tongues Laboratory)」は、長時間にわたって苦みに曝露され続けることでヒトの唾液の中で何かが変化するのではないかという仮説を立ててきました。
唾液には口の中を湿った状態に保つという役目だけではなく、口に入れてかみつぶした食べ物を消化する手助けをする化合物を加えるという役目もあります。そして今回の研究の成果では、唾液にはさらにヒトが感じる食べ物の味を変化させるタンパク質、そして食べ物が持つ香りを鼻へと搬送する分子までもが含まれていることが明らかになりました。
これまで、マウスを使った実験では苦い食べ物により唾液の成分が変化することが明らかにされていましたが、人間でも同じことが起こるに違いないと仮説を立てたラニング氏は、64人の被験者が参加する実験を実施しました。被験者はまず、一週間にわたって苦い食べ物や飲み物を完全にシャットアウトした食事を取らされてから、2週目には1日に3度、苦みを持つポリフェノール入りのチョコレートアーモンドミルクが与えられました。それに並行して、被験者の唾液が採取されてタンパク質の成分変化の調査と味に対する評価の変化が記録されました。
By tracy benjamin
その結果、研究チームは被験者の唾液の成分がチョコレートアーモンドミルクを与えられるようになって以降で変化していることを見いだすことに成功しました。特に顕著に見られたのが、ポリフェノールに含まれる苦み成分を捉えて苦みを封じ込める働きを備えるタンパク質の増加だったそうです。また、そのタンパク質の増加に伴うように、チョコレートアーモンドミルクの味に対する評価のうち「苦い」という項目が弱まっていったとのこと。
この結果は、ラニング氏が存在を疑った「フィードバックループ」、つまり、苦いものを多く食べるほど唾液に含まれるアンチ苦み成分のタンパク質が増加し、同じものでもよりおいしく感じられるようになるというメカニズムが働いていることを示すものと考えられています。ラニング氏は「多くの人々が苦いダークチョコレートや甘味のないお茶を愛し、カベルネのようなボディ感の強い赤いワインを愛しています。私たちは、今回の研究結果は人々の間で飲食物に対する好き嫌いの違いがある理由の一部であると考えています」と述べています。
今回実施された実験は期間が短かったため、研究チームはこの効果がどのぐらいの期間にわたって持続するのかを確認するためにさらなる調査を実施する必要があるとしています。また、アーモンドミルクの代わりに牛乳を使った際には、同じような現象が見られなかったという興味深い事実も明らかにされています。これは、牛乳に含まれるタンパク質がポリフェノールの苦みに作用することで、ヒトの反応が変化したものであると考えられているとのこと。
By Mika Stetsovski
味の知覚と遺伝学を研究しているポール・ブレスリン氏は、「生物的に存在するものには例外なく、そこには進化論的な背景が存在します」「それが何のために、なぜ存在するのか、その機能は何か?という化学的な問いがあります」と述べ、ヒトの苦みの感じ方が変化することには健康や美意識だけでなく、生物の進化の観点からも重要であると指摘しています。苦い食べ物を避けるというヒトの性質は、有毒植物から身を守るために苦みを嫌うようになったという進化論的な背景があると考えられています。
ペンシルバニア州立大学ペンステート大学の食品科学者であるヘレン・ホーパー博士は、食べ物に慣れていく上で味に対する知覚が変化することはこれまでにもわかっていた一方で、その背景には「唾液の成分が変化する」という生物学的な要因があるということは比較的新しい発見であり、今後広い範囲の研究に影響を与えるかも知れないと述べています。
今後さらに研究が進むと、葉物野菜などの健康でありながらも苦みのために嫌われる食材を食べる時に併用する「食品添加剤」として、唾液成分から見いだされたタンパク質が使われることになるのかもしれません。
By Tim Sackton
・関連記事
「甘み・苦み・塩み・酸っぱさ・うまみ」に次ぐ「第6の味」が存在する可能性が判明 - GIGAZINE
高ポリフェノールココアが悪玉コレステロールを抑えることをヒトで確認 - GIGAZINE
なぜ人はコーヒーを飲むのか? - GIGAZINE
ヒトが感じることができる10個の「ニオイのグループ」とは? - GIGAZINE
苦すぎるかぼちゃやキュウリなどは中毒を起こしおう吐や脱毛症を引き起こす可能性がある - GIGAZINE
・関連コンテンツ