「水」もナノスケールの世界では圧縮されて体積が小さくなる場合があることが判明
水は一般的にほとんど圧縮することができず、いくら力を加えてもその体積はほとんど変化することがないとされています。その特性をいかして、水圧を利用した機械が社会のあちこちで働いていますが、そんな常識が特殊な環境では覆されることが判明しました。2つの領域で電位勾配が存在する原子レベルの世界では、水は圧縮される場合があることが研究によって明らかにされています。
Phys. Rev. Lett. 120, 268101 (2018) - Water-Compression Gating of Nanopore Transport
https://journals.aps.org/prl/abstract/10.1103/PhysRevLett.120.268101
Water compresses under a high gradient electric field
https://phys.org/news/2018-07-compresses-high-gradient-electric-field.html
この研究結果は、イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校の研究チームが発表したもの。物理学のアレクセイ・アキメンティエフ教授とポスドク研究員のジェイムス・ウィルソン氏らは、以下の図のような炭素原子1個分の厚さしかないシート状物質「グラフェン」に微細な穴「ナノ細孔(ナノポア)」を空け、グラフェンの両面に電位の差「電位勾配」がある状態にした時、その穴を通ろうとする水分子が最大で3%圧縮されることを発見しました。
By AlexanderAlUS
研究チームは、グラフェンのナノ細孔を使ったDNAシークエンス技術の新手法をテストするための研究の中で、この現象を発見しました。この分野は近年、従来よりも安価なDNAシークエンシングを可能にする技術として期待されている分野で、世界中で研究が進められているとのこと。その仕組みは、ナノ細孔を持つグラフェンを水の中に入れて膜の両面に電位差を作り出すことで、水やDNA、イオンをその電位差によって移動させるというもの。この時、DNAの4つの塩基によって生じるイオンの流れを読み取ることで、DNAを特定することができます。
この技術では、ナノ細孔の大きさが非常に重要な要素となってきます。先述のようにグラフェンは炭素原子1個分の厚みしかなく、ナノ細孔の直径はわずか3ナノメートルで炭素原子およそ10個分の大きさしかありません。この穴の中を、直径約2ナノメートルのDNA分子が通過します。
DNA passes through graphene nanopore - YouTube
研究にあたりアキメンティエフ教授とウィルソン氏は、この動きをコンピューターでシミュレーションすることで、ナノ細孔を通るDNA分子のスピードを制御することの実現を目指しました。
これまでの実験からは、加える電荷を高くすることでDNA分子の移動速度が高まることがわかっていたのですが、電荷を10倍にするとその動きが止まり、DNA分子はナノ細孔を通過できなくなることがわかっていました。そしてその原因について研究を行ったアキメンティエフ教授らは、「水は電位の勾配によって圧縮される」という結論に達したとのこと。
アキメンティエフ教授はその様子について「電位の勾配が水を圧縮させることがわかりました。なぜなら、水は誘電体であるからです。この現象は、非常に高い電界によって生み出されるのではなく、空間と空間の間で電位に勾配があるという状態によって引き起こされます。水分子に与えられた電荷は電界にそって並び、電場が最も高い場所に近いところにある電荷は、電場が最も弱い場所よりも強く引っ張られます」と述べています。
"It turns out the gradient of the electric field is what compresses the water, because water is a dielectric. A very high electric field won't do this, only a field that changes over space. The charges on the water molecule align with the electric field, and the charges that are nearer where the electric field is highest are pulled harder than the charges nearer where the electric field is weakest."
この時の水の圧縮率はわずか3%ですが、これは100気圧の状況下にある水と同じ圧縮率となっています。この高く圧縮された水が、先述の「DNA分子が通過できない」という状態を生み出していると、アキメンティエフ教授らは結論付けています。アキメンティエフ教授らにによる以下のコンピューターシミュレーション映像では、圧縮された水がDNA分子を「押し戻している」状態が再現されています。
Water compression blocks DNA - YouTube
グラフェンのナノ細孔を使ったDNAシークエンス技術の研究の中で水を圧縮できるということが明らかになったわけですが、アキメンティエフ教授はこの技術を、非常によく似た分子構造を持つ生体細胞の同定と分離に応用できると考えています。
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