農薬や機械を使わず自然の力を活用する「ヴァン・ナチュール(自然派ワイン)」はなぜ生まれてきたのか?


日本語で「自然なワイン」を意味する「ヴァン・ナチュール(Vin nature)」または「ナチュラル・ワイン」は、原料となるブドウの栽培方法からワインの製造方法に至る全ての段階において自然の力を最大限に活用し、農薬や機械を使わずに造られたワインのことです。多くのワインが科学の力を借りて作られるようになった現代においても、自然に頼ったワイン造りをするワイン製造者と、それを支持する消費者が存在しています。

Has wine gone bad? | News | The Guardian
https://www.theguardian.com/news/2018/may/15/has-wine-gone-bad-organic-biodynamic-natural-wine

ナチュラル・ワインの定義には曖昧な部分があり、「これを満たせばナチュラル・ワイン」と明確に規定するものはありません。一般的には、原料のブドウを栽培する際に農薬や化学肥料、殺虫剤や除草剤を排除または極力使わないこと、ブドウからワインを作る段階で機械を用いないこと、そしてワインの酸化を防ぐ効果がある亜硫酸塩を用いず、発酵のために天然酵母を使うことなどが、ナチュラル・ワインと呼ばれるための条件であるとされています。

By Sergio Castro

ワイン業界の中でもナチュラルワインの評価は分かれており、積極的に支持するグループがいる一方で、「自分たちで勝手に『ナチュラル』と名乗っているだけ」と、批判的な見方が示されることもあります。世界でも影響力の高いワイン評論家のロバート・パーカー氏はナチュラル・ワインについて「未定義の詐欺」であるとすら述べています。

しかし、ナチュラル・ワイン製造者の中には、その曖昧さが良いと考えている人も存在します。コンピューターを使わず、月の満ち欠けを頼りに栽培管理しているワイン醸造家や、カーボイと呼ばれるガラス製の透明な容器にワインを入れて屋外に出す製法、そして逆に、陶器製のポットに入れて地中に埋めて醸造するというローマ時代の方法を取る人もおり、そのスタイルは多岐に渡っています。

By Irina

ロワール渓谷に拠点を置くワイン醸造家のセバスチャン・リフォー氏は、過去10年にわたってナチュラル・ワインの業界団体「L'Association des Vins Naturels(ナチュラル・ワイン協会)」を運営してきました。自身の醸造方法について「ワインを1世紀前の方法で、何も加えずに作っています」と語るリフォー氏は、機械を使わずに手で収穫したオーガニックなブドウを原料に、自然の中に存在する天然酵母の力を借りてワインを作っています。

その結果、リフォー氏が作るサンセール・ワインは深い琥珀色をし、結晶化したハチミツに乾燥させたレモンを入れたような甘い風味になるといいます。これは、フランス政府がいうところの「やや黄みがかった色で、フレッシュなシトラスと白い花の香り」というサンセール・ワインの特徴とは全く異なるものとなっています。リフォー氏は自身のワインについて、「これは万人に向けたものではなく、ファストフード的な物でもありません。しかし、完全にピュアなものです」と述べています。

ナチュラル・ワインはかつてほとんどその存在が知られることはありませんでしたが、2000年以降は世界中で引き手あまたの状態となっています。その背景には、人々の意識の変化が存在していることが挙げられており、ワイン製造者のフィリップ・パカレ氏は「最初はみんな準備ができていなかったのですが、シェフやソムリエの考え方が変化し、世代が進んだことで、やっと準備が整いました」と語っています。


ワインの瓶に貼られるエチケット(ラベル)には、なだらかな丘陵地帯のブドウ畑と醸造所が描かれているイメージがあるものですが、現実のワインはより近代的な環境で作られています。ブドウ畑には農薬や肥料、殺虫剤が散布され、統計によるとフランス全土の農地のわずか3%を占めるだけのブドウ畑に、フランス国内で消費される農薬の20%が使われていること、そしてスーパーで売られているワインの90%に農薬成分が含まれていることが確認されているといいます。

また、醸造の工程もかつてのような自然を最大限利用したものではなくなっており、工業化された製造工程が導入され、研究室で作り出された培養酵母や抗菌剤、酸化防止剤などを投入してワインは作られています。カルシウムとカリウムが結晶化しないように、電磁場の中をくぐらされ、成分を調整するためにさまざまなガスが注入されることもあるそうです。

一方、自然派のワイン製造者はこのような手法は使わず、シンプルな方法を取っています。パカレ氏は「酵母はワインと人とをつなぐ鍵です」「土地が持つ情報を表現するために、生きた仕組みを活用します。たとえほんのわずかであっても産業的な手法が用いられているとしたら、それは工業製品を作っていることになるのです」と語ります。


ワインの文化と商業の中心であるフランスでは、ワイン作りの基準を満たす方法は伝統的な方法ではなく、法律によって定められています。特定の地域名が記されたラベルを貼ることを認められるためには、どのブドウと製造方法が用いられ、仕上がったワインがどのような味に仕上がっているのかなど、厳しいガイドラインに従う必要があります。これは、フランスの農業製品などの品質を保証する制度「アペラシオン・ドリジーヌ・コントロレ(AOC)」によって定められているもので、この規定に従わずにラベルを貼ることは違法になります。そしてこの規格に適合しないワインは、ごく普通のワインであることを意味する「vin de France(フランスワイン)」というラベルが貼られることになります。

複数のナチュラル・ワイン製造者はこの制度について、「ワインを完全に破壊して主要なスタイルや方法だけを強調している」として反対しています。ナチュラル・ワイン製造者のオリビエー・カズン氏は2003年、AOCの規定に従うことは「ブドウを機械でつぶし、亜硫酸塩、酵素、酵母を加え、滅菌してろ過することだ」と批判する書簡を公開し、自らのワインに「Anjou(アンジュ)」のラベルを貼ることを拒否したところ、これが違反であるとして起訴されました。カズン氏はこれに反対するため、荷馬に乗って裁判所に姿を現し、物議を醸しているナチュラル・ワインを通行人に振る舞うというパフォーマンスを行いましたが、最終的にはラベルを変更するという選択をとらざるを得なくなりました。カズン氏の息子で、農園を受け継いだバティスト氏は「AOCは嘘つきです」「産地指定は小規模生産者を保護するために作られたものですが、今や品質を落とすことを強いているだけです」と語ります。


フランスは世界を代表するワイン産地でしたが、20世紀半ばまではほとんどのブドウ畑は小規模で、手作業によるワイン造りが行われていました。それを変えたのが、「近代ワイン醸造学の祖」と呼ばれるエミール・ペイノー教授とパスカル=リベロー・ガイヨン氏の2人の男性です。2人はワイン作りに科学を持ち込み、生産の標準化を行いました。ペイノー氏が残した最大の、しかし最もシンプルといえる成果は、「『高品質の果実を選び、より無菌で清潔な器具を使用する』ことをワイン製造者に説得すること」でした。ペイノー氏はまた、pH、砂糖、アルコールなど要素について、研究所から生まれた科学的な手法を持ち込んで広めたパイオニアでもあります。

ワイン製造法の近代化により、1970年代の終わりにはフランスのワイン輸出額は合計で10億ドル(当時のレートで約2000億円)を超え、大成功を収めました。そしていまや、世界中の国がその手法を模倣してワイン作りを行っています。フランスの技術者とコンサルタントは世界中のワイナリーに雇われ、科学という新しい学問とフランスの伝統的なスタイルを広めました。このような「ワイン造り伝道師」の中で最も影響力のあったミシェル・ローランド氏は一時、世界中で100を超えるクライアントを抱えていたほどです。

1990年代、ボルドーのワイン製造者であるブリュノ・プラッツ氏が述べた「もうこの世には『悪いヴィンテージ』は存在しない」という言葉が業界を駆け巡りました。この言葉が意味するところは、ワイン作りの近代化によって、ブドウの不作などが原因でワインの品質が悪くなる年(=ヴィンテージ)は存在しなくなった、というもの。もはや、ワイン造りは自然任せではなく、人間が完全にコントロールすることが可能なものとなり、年ごとのワインの品質をまとめた「ヴィンテージチャート」はもはや、前世代のものになってしまったと考えられるようになりました。

By polaristest

しかし、このような工業的なワイン作りに対し、異論を唱える生産者が現れました。まるでベルトコンベアの上でワインを作るような方法に反対する少数のワイン生産者は、後に「ナチュラル・ワインの神様」と呼ばれるマルセル・ラピエール氏の下に集まりました。ラピエール氏は近代化しすぎたワイン造りに危機感を覚え、「化学がボジョレー(・ヌーヴォ)の味をダメにしました。自分と同世代のワイン製造者は、低品質のワインを狂気的なペースで生産することによって『未来を先借りしているだけ』です」と訴えていました。

ラピエール氏の考えは急進的なもので、醸造家グループが目をつけたのは、およそ想像もつかなかった考え方だったといいます。1980年にラピエール氏は、その数年前から添加剤なしで少量のワインを作っていた、当時70歳代の地元のワイン商人、ジュール・ショヴェ氏と出会いました。科学者としての経歴を持ち、発酵に関して多くの書籍を残してきたショヴェ氏は、「ブドウが取れた畑の中に生きている、健康で多様性がある野生の酵母こそが複雑で魅力があるブーケ(香り)を作り出す」と信じていました。ショヴェ氏はまた、著書の中で「二酸化硫黄は強力な抗菌剤であり、それを含む全ての添加物は自身の大切な酵母をダメにするである」と記しています。

ショヴェ氏のワイン造りのルールは、「発酵へのこだわり」と「化学物質の排除」に基づくものでした。天然酵母を育てるためには、ブドウは健康な無農薬栽培で育てられなければなりません。防腐剤を使用しないということは、腐ったブドウ果実や不潔な道具が少しでもあるだけで全てのプロセスが無駄になってしまうことを意味するため、ワイン作りは非常に時間がかかり、多くの注意を払わなければなりませんでした。


まだワインの科学が十分に発達していなかった1980年代、ショヴェ氏のワイン造りは非常に不合理なものであったといえます。当時、硫黄を使わずにワインを造ることは、ロープを使わずに山に登ることに例えられるほど難しいものでした。フランス政府は19世紀以来、硫黄の使用を促進し、規制してきましたが、当時のワイン専門家は硫黄を使わないワイン造りは不可能だと考えていました。硫黄は発酵を制御し、細菌による腐敗から保護します。それはワクチンの世界でペニシリンに相当する万能薬でした。

硫黄を使わずにまともなワインができる可能性は非常に低かったのですが、ラピエール氏は取り組みを続けました。ラピエール氏の日記には、収穫の悪かった年や、ワインを濁らせて酸っぱくさせてしまった可能性がある酵母などの記録がつづられています。ショヴェ氏は1989年に亡くなりましたが、15年に及ぶ実験の結果、ラピエール氏は1992年ごろには品質の良いナチュラルワインを安定して生産できるようになりました。


不可能とされていたことを可能にしたことでラピエール氏とそのグループは、ワイン造りの世界の中で独特の存在感を示すことになりました。しかしまだまだこのグループは亜流であり、地元では「変なことをしている集団」として人々から奇異の目で見られていたとのこと。

その後、ラピエール氏らのナチュラル・ワイングループは、パリおよびフランス国外で多くの支持者を得ることになります。アメリカでワイン輸入業を営むカーミット・リンチ氏は、1990年代に初めてラピエール氏らのワインを味わった時のことについて「私は体が浮き上がるような感覚に襲われました。ショヴェ氏の精神はまだ生きていると思いました」と回顧しています。また、日本人もラピエール氏らのワインを熱狂的に受け入れました。前述のカズン氏は「日本人は鋭い味覚があり、そしてたくさん買ってくれました」と振り返っています。

By cjette

その後、ナチュラル・ワインは徐々に存在感を増し続け、世界中の高級レストランなどでも広く提供されるようになってきているとのこと。その背景には、人々の意識の変化があるとみられています。ビールの世界でも、独自の風味と個性を持つクラフトビール、いわゆる「地ビール」が世界的に支持を広げているのと同じように、ナチュラル・ワインもあまたある個性の1つとして存在感を示しているようです。

とはいえ、まだまだこのような製品が業界全体に占める割合は低いレベルにとどまっており、ボリュームゾーン向けのワインは近代的な製法によって作られている模様。しかしそれはどちらが優れているのかという優劣を示すものではなく、味や個性を重視するのか、買いやすい価格を重視するのか、あるいはその両方を重視するのか、そういった個人の価値観に見合った選択肢が広がるという意味において、多様化が進むことは歓迎されるべき状況といえそうです。

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