Appleの共同設立者ウォズニアックが少女からインタビューを受けジョブズとの出会いや学生へのアドバイスを語る
フロリダ州のオーランドに住む14歳の中学生、サリーナ・ケムチャンダニさんがAppleの共同設立者であるスティーブ・ウォズニアック氏にインタビューを実施しました。ReachAStudentというサイトを運営するケムチャンダニさんは、大のウォズニアックファンで、Twitterでウォズニアック氏がたまたまオーランドに来ていることを知り、インタビューを打診したところ快くOKをもらったとのこと。ウォズニアック氏はインタビュー内で、スティーブ・ジョブズ氏との出会いを語り、またエンジニアを目指す学生に向けてアドバイスを送っています。
Interview with Steve Wozniak - Part 1 - YouTube
Interview with Steve Wozniak - Part 2 - YouTube
Interview with Steve Wozniak - Part 3 - YouTube
インタビューは、ウォズニアックの学生時代の話からスタート。将来に仕事をしてお金を稼ぐためにも、父親から「学校で勉強することが重要だ」と教わったウォズニアック氏は学校でも特にまじめな生徒だったそうです。特に数学においては、同級生よりも先に自分で勉強していたため成績はトップクラス。数学が得意だったことから科学に興味を持ち始め、学校以外でもラジオの仕組みが気になって分解してみるなど技術者としての片りんを子どものころから見せていました。小学6年生のときには電子機器関係のエンジニアになることを夢見ていたそうです。また、「エンジニアの次には先生にもなりたかった。学校の先生の存在が教育にすごく重要なんだなと思っていましたから」とも語っていました。
ケムチャンダニさんとウォズニアック氏。
ウォズニアック氏は数学がめちゃくちゃ得意で、宿題をしなくても好成績を残していましたが、苦手だったのが詩の授業。何でも、「ものすごくギークだったから、学校内で友達はほとんどいませんでした。遊んでいたのは僕と同じような電子機器を組み立てたりする近所の友達だけ。だから、コミュニケーション力やショーシャルスキルというのがほとんどわからなかったから、詩を書くのが苦手でした。内容を読んだ先生に『いったいどうしたの?』と聞かれたこともありましたね」と、少年時代の話を披露しました。
まじめな反面、いたずらが大好きだったようで、数え切れないくらいのいたずらを友達や先生にしてきたとのこと。数あるいたずらの中でも教頭先生が朝礼で話すときに読むメモを改変し、教頭先生がそのメモを朝礼で読んだときの逸話は、今でも友達が爆笑しながら話すそうです。数学好きでギークなウォズニアック少年でしたが、いたずら好きというおちゃめな部分もあったということ。
インタビューによれば、ウォズニアック氏が初めてコンピュータに関係する端末を組み立てたのは中学2年生のとき。そのデバイスは三目並べ(○×ゲーム)で絶対に負けないようにプログラミングされていて、100個のトランジスタとダイオードを搭載。中学2年生が作るにはハイレベルすぎたようで、学校に持っていたもののトランジスタを見たことがある人さえいませんでした。ウォズニアック氏いわく「それだけ時代を先取りしていた端末なんですよ」とのこと。
「素晴らしいエンジニアになるには学生時代に何をすべきですか?」という質問に対して、ウォズニアック氏は「素晴らしいエンジニアになるには誰よりも優れた製品を作らなければいけません。中学校や高等学校で教えてくれるのは基本的なことだけだし、大学も例外ではありません。教師が教えることは生徒のみんなが知っていることなので、学校以外で何をするかが重要です」と話していました。
また、「製品が完成して発売されとときに初めて、あなたのエンジニアとしての評価が下されます。発売されなければあなたが一生懸命作った製品は誰にも価値がないもの。だから『企業』というものが必要なのです。あなたがビジネスマンでなければ、そういった人を探すのも大事ですよ」とも語っており、例え良い製品を作ったとしても世の中に出て役に立たなければ、何の意味もないということを強調していました。
By Luc Legay
さらにエンジニアに関する話は続き、「良い製品をつくるには、あなたが実際に使いたいと思う製品でなければダメ。一度完成しても『より良くするにはどうしたらいいか』を試行錯誤しながら改良を積み重ねなさい。これを続けていれば、誰も考えたことがなく、世界が本当に必要とする製品を作れるはずです」とアドバイスをしました。
インタビュー終盤ではスティーブ・ジョブズとの出会いの話へ。ジョブズ氏との出会いを聞かれたウォズニアック氏は「僕が大学にいたころ、プログラミング関係の仕事を学業と並行でしていたんです。その時に会社の上司と自作コンピュータの話になったのだけれど、その当時の僕はチップを買うのに必要なお金を持っていませんでした。それを聞いた上司が『僕がチップを用意するから、君にはコンピュータを作ってほしい』依頼してきたんです。僕が用意されたチップを使ってコンピュータを組み立てたら、上司が今度は「僕に会わせたい人がいる」と言って紹介してくれたのがスティーブだったんです」と、ジョブズ氏との出会いを説明。
By Athanasios Kasampalis
ジョブズ氏と初めて会った場では、電子機器や生活のこと、音楽のことを話し、16歳のジョブズ氏にボブ・ディランの曲を聴かせたそうです。それから仲良くなり、2人は出会いから5年後にAppleを設立。Apple IとApple IIを開発した時の話では「ジョブズ氏はどんなことをしていたの?」という質問が出て、ウォズニアック氏は「スティーブはハードウェアとソフトウェアの知識がほとんどなく、デザインが一切できない人だったから、Apple IとApple IIの開発は僕1人で行いました。スティーブは何もしていません」と笑いながら話しました。ただし「ジョブズは僕の良き理解者であり、優秀なビジネスマンだったんですよ」と付け加え、Apple IやApple IIが世に出た、つまり製品として人々の役に立ったのはジョブズ氏のおかげであることを強調していました。
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