取材

150カ国と13万1214.54kmを走破した自転車世界一周における記録の数々


15歳で描いた夢。「一度きりの人生で何をやりたいか?」という問いに、出した答えは自転車で世界を見に行くことでした。そのままの勢いでアルバイトのできる高校を受験。お金を貯めて高校を卒業したら自転車で日本一周をしました。北海道から沖縄まで47都道府県を走りました。

こんにちは、自転車で世界一周をした周藤卓也@チャリダーマンです。思ったより時間がかかりましたが気が済むまで世界を周ることができました。人生を賭けて自転車で駆けた世界一周の記録はこんな形となります。

◆日数


期間:2005/12/25~2016/07/29
回数:5回
日数:3869日

1回目:2006/02/06~2008/05/08 (822日)
2回目:2009/05/09~2012/05/29 (1116日)
3回目:2012/09/24~2014/09/29 (735日)
4回目:2014/10/27~2015/12/13 (412日)
5回目:2016/04/28~2016/07/29 (92日)

海外:3177日
日本:692日


1回目:オーストラリア、東南アジア
2回目:ユーラシア、ヨーロッパ、アフリカ
3回目:アメリカ大陸、ヨーロッパ
4回目:カリブ海、オセアニア、中東、南アジア
5回目:バックパッカーのモンゴル訪問で150カ国達成。

あっちでふらふら、こっちでふらふら……合計で8年半位は海外にいました。すぐ帰ったりすることなく海外には順応していましたが、ずっと出たままもしんどく、何度か一時帰国しました。日本食が恋しくなったり100円ショップにも行きたくなるのです。2回目の旅が一番長く、1116日と3年を超えて海外にいました。

◆訪問国数
・訪問国数:150カ国


3回目の南北アメリカ大陸の旅で当初の目標であった100カ国10万kmを達成。ここで止めることもできたのですが、一度きりの世界一周だからと150カ国を新たな目標に設定。そのときはまだお金が残っていました。4回目の旅はドッペルギャンガーの折りたたみ自転車を携え、かなりのフライトをこなしました。カリブ海や太平洋の島国にも行きました。心残りだったエジプトのピラミッド、インドのタージマハルも見ました。この4回目で完遂のつもりが1カ国足りない149カ国で帰国。5回目の旅でさくっとモンゴルに行きました。これで150カ国達成。

・自転車走行なし:22カ国
(アラブ首長国連邦、オマーン、カタール、バーレーン、クウェート、レバノン、キプロス、マルタ、バチカン、ミャンマー、ロシア、ハイチ、セントキッツ・ネイビス(セントクリストファー・ネイビス)、ドミニカ国、セントルシア、モルディブ、バングラデシュ、アゼルバイジャン、ベラルーシ、スーダン、エチオピア、モンゴル)


ただし、自転車で走っていない国がこれだけあります。150カ国に目標を修正した時点で、すべてを自転車でやる時間がありませんでした。スピード重視でバックパッカーにもなっていました。

・未訪問国:45カ国


アメリカ大陸:4カ国(ベネズエラ、スリナム、ガイアナ、キューバ)
ヨーロッパ:1カ国(モナコ)
中東:4カ国(サウジアラビア、シリア、イラク、イエメン)
アジア:4カ国(タジキスタン、パキスタン、アフガニスタン、ブータン)
このほかにアフリカで22カ国、オセアニアで10カ国に行っていません。

訪問国の基準は旅人によりけりですが、私は日本が国家承認した国で数えました。台湾と北朝鮮は入っていません。ただ、マカオやニューカレドニアといった独自通貨のある地域は国でなくても行ってみたいと思ったり……。

◆走行距離
世界地図に轍を記すとこのようになります。


・総走行距離:13万1214.54km


自転車で世界一周した轍はGoogleマップなどのオンライン地図サービスで表示可能」という記事も書きました。


・国別最高距離
01:1万9063.63km(オーストラリア)
02:7574.53km(中国)
03:4771.27km(メキシコ)
04:3963.52km(チリ)
05:3735.64km(アメリカ合衆国)
06:3554.05km(ペルー)
07:3168.58km(タイ)
08:3119.66km(インドネシア)
09:2622.27km(モロッコ)
10:2470.57km(フランス)

11:2299.12km(ノルウェー)
12:2218.34km(アルゼンチン)
13:2114.80km(トルコ)
14:2094.66km(マレーシア)
15:2092.36km(イタリア)
16:2071.51km(インド)
17:2036.58km(ベトナム)
18:2036.21km(ナミビア)
19:1881.82km(イラン)
20:1864.64km(タンザニア)


初めての海外だったオーストラリアは別格。ワーキングホリデーで働きながら20ヶ月をかけて回っていました。中国も北朝鮮国境の丹東から中央アジアのカザフスタンまで横断と、よく走っています。走っている分だけ滞在もしているのでトップ20に入っている国々は何かしら思い出に残るエピソードがありますね。

反対に、走行距離の短い国はこんな感じ。
119:71.00km(エジプト)
120:69.41km(ウクライナ)
121:53.14km(トーゴ)
122:48.00km(トリニダード・トバゴ)
123:46.80km(アンドラ)
124:33.00km(シンガポール)
125:30.00km(ジャマイカ)
126:22.00km(リヒテンシュタイン)
127:22.00km(サンマリノ)
128:13.00km(アイルランド)


サンマリノ、リヒテンシュタイン、アンドラといった小国はともかくエジプト、ウクライナ、アイルランドはかなり不完全燃焼でした。

・日別最高距離
2007年08月26日:200.66km(オーストラリア)


この日は日の出前から日の入り近くまでペダルを漕いでいました。その名も200kmチャレンジ。交通量の少ない区間でしたので挑戦してみました。スピードメーターと一日中にらめっこ。常にスピードを意識して脚の筋肉を使っていました。結局、200kmを越えたのはこの1回限り。

この旅におけるロングランはこのような感じ。

2009年07月31日:173.70km(中国)
2009年08月31日:166.48km(中国)
2013年02月11日:157.63km(メキシコ)
2013年02月25日:162.00km(メキシコ)
2013年06月05日:157.45km(コロンビア)
2013年10月16日:165.94km (ボリビア)


いずれも平地だった気がします。加えて追い風が吹いていたりと好条件が重なると距離が出ます。

◆ボーダー
・国境越え:214回


最初は緊張していた入出国審査ですが数を重ねるに連れて慣れていきました。英語が聞き取れるようになったことが大きいです。イスラエルやイギリスでは不審者(不法労働者)の疑いをかけられ、かなり搾り取られましたが、次の航空券を見せるなりきちんとした対応を心がけたので入国拒否はありませんでした。EU、ノルウェー、スイスといったヨーロッパの国々では国境自体がありませんでした。

・2回以上訪れた国:34カ国
・最多訪問:タイで6回


トルコ、フランス、マレーシアなどは2回、中国は5回も訪問しています。最多訪問国はタイの6回です。貧乏旅行者にとってのタイは不便すぎず、でも物価は高くなくバランスの取れた国でした。

2006年に初海外だったオーストラリア(第1カ国目)を2015年に再訪。シドニーの同じ空港で同じように自転車を組み立て、同じように街に出ました。旅立ちのように戸惑うこともなく淡々と手際よく安宿に到着して、旅人としての成長を実感しました。再学習できるので1度行った国もまた行きたくなるのです。

・フライト回数:72回


飛んで飛んで飛びまくって、72回のフライトで162万7150円を使いました。フライトがある日は緊張します。乗り遅れたりしたら大ごとです。加えて自転車と旅の道具は重いので、チェックインの際には超過料金にビクビクしていました。

・船での国境越え:12回


トルコ~ウクライナは黒海を越えて、チュニジア~イタリアは地中海を越えて、長距離フェリーの国境越えも何度かありました。飛行機とは違いフェリーは自転車を分解する必要もないから好き。甲鈑からどこまでも広がる大海原を見つめているだけで安らかな気持ちになれます。

◆高度
・最高地点:4818m(ペルー)


この旅における最高地点はペルーの4818Mの峠でした。南米の太平洋側はアンデス山脈が貫いているので、コロンビアからチリまで好きなだけ坂を上れます。下れます。特にペルーは道路の勾配が緩かったので、余裕を持って大きな峠に挑戦することができました。朝から晩まで1日中坂を上っていた日もありました。

・最高地の宿泊:4625m(ボリビア)


ボリビア南部とチリ北部をつなぐ「宝石の道」という未舗装路のキャンプ地が人生で最高(地点)の寝床でした。富士山の山頂(3776m)にスカイツリー(634m)を建てたより高い場所で寝たことになります。地球に一人ぼっちにされました。

◆宿泊
・一番安い宿:約140円(中国)


世界で一番安い部屋がこちらでした。中国のお金で10元。必要最低限ながらも掃除も行き届いた十分な室内でした。ただ、シャワーが無かったので公衆浴場に行く必要があります。

・一番高い宿:約8156円(アラブ首長国連邦)


ドバイのホテルです。自転車を預けてバックパッカーで中東の湾岸諸国を回っていたきに奮発しました。100カ国訪問した際のご褒美。「貧乏バックパッカーなのにドバイで三ツ星ホテルに泊まってみた」という記事も書いています。

◆お金
・総費用:約1000万円(不明)


すべての訪問国の家計簿がありますが、お金の出し入れが複雑になりすぎて、この自転車世界一周の総費用を計算することを断念しました。キリがよく説明もし易いので約1000万円かかっていたことにしておきます。

◆装備
・自転車:3台

1台目:オーストラリア、東南アジアを走ったアラヤのマウンテンバイク。


2台目:ユーラシア、ヨーロッパ、アフリカ、南北アメリカを走ったサーリーの旅行用自転車。


3台目:離島と未訪問地域を走ったドッペルギャンガーの折りたたみ自転車。


この旅では計3台の自転車で世界中を駆けていました。1台目はサイズが大きかったので2台目の自転車に変更しました。旅の移動手段として選んだ自転車なので、そこまで詳しくはなかったのですが、何度かフレームから組み立てをしたので、それなりに扱えるようになりました。ここまで海外を走ったんですから、これからも趣味として自転車に乗っていたいです。

タイヤ:34本
パンク:150回以上


タイヤにはかなり苦しめられました。シュワルベのマラソンシリーズというタイヤは1万km以上持つので、この補給がうまくいくと苦労も少ないのですが、失敗するとグダグダになります。酷いときは、1日に1回はまだしも2日で3回はパンクしていました。アフリカで手に入れた中国製のタイヤは、フル装備の自転車重量に耐えられず、100km位でゴムがすり減り裏地の見える状態に。ちなみにパッチも日本製が優秀だったりします。現地でもパッチは手に入りますが、日にちが経つと剥がれることもあってあまり好きじゃありません。

・パスポート:3冊


5年用だった1冊目は旅の途中に有効期限がくるので一時帰国中に交換。10年用の2冊目もこれまた旅の途中にスタンプを押すページが足りなくなりそうで一時帰国中に交換。この2冊目はページを増やす増補という作業までしたパスポートでした。旅の最中に盗難や紛失もなく3冊とも手元に残っているのは嬉しいこと。

・デジタルカメラ:15台
旅行中は常に2台持ち歩いていました。強盗、紛失、故障と何かとトラブルに巻き込まれて、終わってみると15台のカメラを使用したという結果に。アメリカ大陸からですが一眼レフを使い出し写真の幅が広がりました。お金をかけた分だけ結果を出してくれます。旅に出るならいいカメラを選んで損はありません。


・散髪:36回


物価の安い地域では200円程で髪を切ってくれます。風呂の手間を省くべく、たいてい坊主にしていました。言葉が通じなくても「全部切って欲しい」と身振り手振りで伝わります。どこの国でもハサミを握った理髪師の顔は真剣で、きちんと刈り上げてくれました。ただ、アフリカのザンビアだと黒人と同じようにやられたので、バリカンを当てる力が強くて痛かったです。

◆危険
旅立つまでは海外が怖くて仕方ありませんでした。事件や事故に巻き込まれたら命を落とす。不安に押しつぶされそうでした。そんな頼りない心を変えたのは「何が起きたらそれも運命」と割り切ることでした。最悪の事態となっても、それは運命の所為。そう考えると気が楽でした。「人気のない道は歩かない」「夜には出歩かない」といった対策を立てる。ただ、どんなに頑張ったところで運命は何もかも飲み込んでしまうのです。

強盗:1回


メキシコを走行中にハイウェイの緑地で小用を足していたらナタを持った現地の若者に襲われました。男の血走った目に「あ、あかん奴だ」と抵抗を諦め言うがままに。財布を差し出し、時計を差し出し、デジカメの入ったウエストポーチも献上。「まだ、あるだろ?」と催促されるも「ある訳、ねぇだろ!」と私もイライラ。そんな気まずい空気に動揺したのか、財布もウエストポーチも中身だけ取って返してくれました。財布には自転車の鍵を付けていたので助かりました。しかも財布にはお札が残っていました。馬鹿め。

アフリカで何もなかったので油断していました。中南米はかなり危険です。財布はこのような事態を想定して、その日に使う分を毎日入れていたのでそこまでの被害なし。デジカメは本体より写真をなくすのが怖いのですが、ブログのために結構バックアップしていたので、紛失した写真も数日分だけでした。時計は登山用の安物にしておくべきでした。

自損事故:1回


目覚めると心配そうにこちらの顔を覗き込む現地の人たち。気を失ったみたいでした。なぜか道路の脇にいました。近くに自転車もありました。誰かが運んでくれたようでした。状況はつかめたので「心配してありがとう、もう大丈夫よ」と立ち上がろうとしたら足元がふらついて、再び腰を下ろします。こんなことは生まれて初めて。かなり強く頭を打ったみたいでした。ヘルメットにはひびもありました。

ケニアの下り坂で波打つアスファルトに車輪を取られ、派手に転んだことがありました。生まれて初めて気を失いました。

犬に噛まれた:2回


追ってくる犬を足で蹴り返したりしたらいけません。噛まれます。ペルー走行中でした。発症したら死に至る狂犬病の可能性があるので、海外で犬に噛まれたらワクチンを注射する必要があります。ただ、ペルーでは狂犬病の事例もなく、傷も浅かったので消毒しかしませんでした。


でも、インドで犬に噛まれたらそうも言ってられません。暗闇の足元に犬がいるなんて一生の不覚。「キャイーン」という悲鳴と同時にガブリと。茫然自失。「やっちまった」と落ち込みながらも、水場で足を洗って、3輪タクシーのトゥクトゥクを捕まえ病院へ。すぐさまワクチンを打ちたかったのですが消毒だけでした。ワクチンのない病院でした。

翌朝一番で別の病院へ行きました。「日本人かぁ、よく来た、がはははー!」と豪快に笑うお医者さんが診たあとに、看護婦さんからきちんとワクチンを打ってもらいました。その病院では同じように犬に噛まれただろうか、しょんぼりとした男の子とすれ違い。インドは野良犬天国。狂犬病で亡くなる人も多いので、犬に噛まれたら、ちゃんとワクチンを打ちましょう。私は日にちをずらしながら全部で5回打ちました。

マラリア:1回


西アフリカのコンゴ共和国でマラリアにも倒れました。ちょっとした微熱から重篤化。体温が40度を越えてから治療薬を飲むも回復する見込みなし。壁の模様がグニャグニャ見えたり、近くの場所を遠くに感じたりとかなりしんどかったです。「こりゃ、やばい死ぬ」という自己判断から、一緒にいた友人のチャリダーに連れ添ってもらい病院へ。そこで、マラリアだけでなく腸チフスにも罹っていると診断されました。点滴、注射という治療を受けてからは病状も回復。この旅で一番のピンチに陥ったできごとでした。

いろいろありましたが生きて旅を終えることができました。

◆旅を終えたこれから


自転車世界一周を終えて10年ぶりくらいに長崎と愛媛にいる両方の祖母の家に顔を出しました。元気でいてくれて嬉しい反面、確実に体力が衰えています。ずっと目を背けていた時間の経過をまざまざと見せつけられました。親も親戚も友達も、そして私も歳を取りました。そしていつの日か必ずやってくる終わりの日。

火の鳥」という手塚治虫先生の漫画を読んで「人生で何をやり遂げるか?」と考えるようになりました。とりあえず今は「自転車で世界一周した」と答えます。そしてもう一つ、何かしら大きなことをやり遂げたいです。結婚や子育てとは別。次は「ゲストハウスを作りました」かなとも思っております。

「海外に住んだりしないの?」とかよく聞かれますが、もう十分に世界を楽しみました。こんなことができたのも日本を作ってきた人のおかげ。支えてきてくれた人のおかげだと、私は思っていたりします。これからは日本で暮らしながら旅を応援する側に立ちたいです。いろいろありましたが無事に終わりました。皆さん、ありがとうございました。

◆この旅の経験を活かしたい


まだ旅に出る前でしたが、世界一周の費用を捻出したいと「マネーの虎」という番組のオーディションを受けました。一般人が事業計画をプレゼンテーションして、審査員である社長さんたちからお金を募るという番組でした。自転車世界一周という私の夢に「海外の紛争地を巡るとか、各地でボランティア活動するとか、もっと視聴者受けするプラスαが欲しい」と言われたのですが、まだ19歳の私は「そんなことじゃなくて、ただ旅がしたいんです」と弁明。旅した結果をお金にするのはいいですが、お金のために旅をするのは抵抗がありました。もちろん、オーディションには落ちました。

世界一周の旅を始めて経験を積んで、どこかで仕事ができないかと探しまくった果てに、ようやく手を差し伸べてくれたのがGIGAZINEでした。あまり旅する人がいないアフリカに入る前だったので、どこかで記事が書けないかと営業しました。これをきっかけに2011年の1月1日から2016年の今日に至るまで、ありとあらゆる記事を書かせてもらっています。旅した結果をお金にさせてもらいました。感謝しかありません。

お世話になっている方がいるので、この自転車世界一周を1冊の本にまとめたいと思っております。できれば写真集もやりたいのですが、どこか作ってくれないでしょうか。猫の写真とかいっぱいあります。また、東京で報告会をする予定です。これから告知していくので、お時間ありましたら遊びに来てください。ちょっと東京に出るつもりなので、お仕事ありましたら声をかけていただけると嬉しいです。

(仮)チャリダーマンの自転車世界一周報告会 - 自転車世界一周取材中
http://shuutak.com/content/news/2016/09/17011321/

7月29日に完全帰国していたのですが、ようやく終わりの記事を書くことができました。

(文・写真:周藤卓也@チャリダーマン
自転車世界一周取材中 http://shuutak.com
Twitter @shuutak
)

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in 取材, Posted by logc_nt