サイエンス

FIFAワールドカップ2026の公式ボール「トリオンダ」の空力特性を日本の研究チームが徹底検証した結果は?


4年に1度のサッカーの祭典であるFIFAワールドカップでは、いくつかの厳格なルールが存在します。ピッチサイズは厳格に規定されており、オフサイドは旗で示され、審判は笛を吹いて試合終了を知らせなければいけません。しかし、試合で使用されるボールは大会ごとに変更されており、FIFAワールドカップ2026ではアディダスの「トリオンダ」が採用されています。そんなトリオンダの空力特性を科学的に検証した論文が発表されました。

Trionda: Enhanced Surface Roughness Relative to Previous FIFA World Cup Match Balls
https://www.mdpi.com/2076-3417/16/6/2808

We tested the new World Cup ball – this is what you need to know about how it will fly, dip and swerve
https://theconversation.com/we-tested-the-new-world-cup-ball-this-is-what-you-need-to-know-about-how-it-will-fly-dip-and-swerve-280781

トリオンダは、スペイン語でスタジアムのウェーブ(波)を意味する言葉である「オンダ」と、アメリカ・カナダ・メキシコによる初の3カ国開催であることを示す数字の3を意味する「トリ」から名付けられたFIFAワールドカップ2026の公式ボールです。

ボールには赤・青・緑の3色が使われており、これはそれぞれ開催国のカナダ・アメリカ・メキシコを表しています。また、色だけでなくそれぞれの国のモチーフとして、メープルリーフ・星・鷲が描かれています。


そんなトリオンダの空力特性を調査したのは、アメリカのワシントン州にあるピュージェットサウンド大学のジョン・エリック・ゴフ氏、韓国のソウル女子大学スポーツ運動科学科のホン・ソンチャン氏、日本の筑波大学大学院人間総合科学学術院のリウ・リーチョン氏、環太平洋大学スポーツ科学研究科の淺井武氏です。

研究は風洞にトリオンダを設置して、抗力・横方向の力・揚力などを測定することからスタート。トリオンダの風洞実験の様子は以下の動画の通り。実験で測定した各種数値を用い、研究チームは軌道シミュレーションを実施することで、実際の試合でボールがどのように動くかを予測しています。なお、研究チームはトリオンダを、FIFAワールドカップ2010の公式ボールである「ジャブラニ」、FIFAワールドカップ2014の公式ボールである「ブラズーカ」、FIFAワールドカップ2018の公式ボールである「テルスター18」、FIFAワールドカップ2022の公式ボールである「アル・リフラ」と比較しています。

Trionda in Wind Tunnel - YouTube


FIFAワールドカップの公式ボールは数十年の間に大きく進化を遂げてきたとゴフ氏は指摘。1930年にウルグアイで開催された最初のワールドカップであるFIFAワールドカップ1930の決勝では、2種類の革製ボールが使用されました。前半にはアルゼンチン製の「ティエント」、後半にはウルグアイ製の「Tモデル」という公式ボールです。どちらも手縫いの多層構造のボールで、空気袋の開口部から空気を注入し、開口部をひもで縛る必要がありました。そのため、湿気の多い状況では革が水分を吸収してしまい、ボールが重くなりプレー中の挙動が予測しにくくなったそうです。


1994年にアメリカで開催されたFIFAワールドカップ1994の公式ボールである「クエストラ」は、発泡素材をベースとしたボールに進化しています。これについてゴフ氏は、「公式ボールはもはや単に革を縫い合わせただけのボールではなくなっており、空気力学に基づいて設計された表面を持つボールへと進化しています」と指摘しました。

トリオンダはFIFAワールドカップの公式ボールとしては初めての4枚パネルボールであり、「パネル数が少ないため、ボールが滑らかすぎるのではないか」という懸念の声も上がっています。パネルの枚数がプレイに与える影響は大きく、実際FIFAワールドカップ2010の公式ボールであるジャブラニは、8枚パネルのボールであったため凹凸が少なく、軌道の予測が困難な無回転シュートが起きやすいことで話題となりました。

トリオンダのパネルは熱と接着剤を用いて接合されています。パネルが少ないほど縫い目が短くなり、ボール表面が滑らかになるわけですが、この滑らかさは非常に重要です。なぜなら、ボールに付着する薄い空気の境界層が「流れのはく離位置」「形成される後流の大きさ」「ボールが受ける抗力の大きさ」を決定する要因となるためです。ただし、トリオンダは表面が滑らかになり過ぎないように意図的に深い継ぎ目、各パネルに3本の目立つ溝、きめ細やかな表面加工などが施されています。


筑波大学で行われた風洞実験では、各ボールが移動する際に受ける空気抵抗の大きさを表す「抗力係数」を測定。これにより、ボールを蹴った後の周囲の気流の変化に関する理解を深めることができます。また、境界層の変化や流れのはく離によって抗力が急激に変化し、ボールの加速・起動・飛距離に影響を与える速度域(抗力危機)を特定することに成功しています。

実験の結果、トリオンダは時速約43kmで抗力危機に陥ることが判明しました。これは比較対象となったブラズーカ、テルスター18、アル・リフラの抗力危機(時速50~65km)よりも低く、向きにもよるもののジャブラニの抗力危機(時速79~97km)よりもはるかに低いです。

以下のグラフは5大会分の公式ボールの速度ごとの抗力係数を示したもの。


ボールは蹴った直後は普通に感じても、飛行中に突如挙動を大きく変えることがあります。その一例がジャブラニで、このボールは回転をほとんどかけずに蹴り出すと、一定の速度に達してから急激にボールが落ちました。

これに対してトリオンダは、コーナーキックやフリークックに関連するような速度域で、より安定した一貫した抗力係数を示しています。つまり、ジャブラニのような予測不能な軌道を描いて飛来するボールではないというわけ。

ただし、トリオンダは一定の速度になると抗力係数が安定するものの、その数値はブラズーカ、テルスター18、アル・リフラよりもやや高いです。これは、強く蹴った際の飛距離が少し短くなる可能性を示しているとゴフ氏は解説しています。

シミュレーション上ではその差はそれほど大きくないそうですが、ゴフ氏は「選手がロングキックが予想よりも数メートル手前に落ちることに気づくかもしれない」と説明しました。

また、今回の実験でテストしたのはあくまで「回転しないボール」についてであることを理解する必要があると、ゴフ氏は説明しています。通常、サッカーの試合で選手が蹴るパスやクリア、フリーキックなどは何かしらの回転がかかっているケースが多いです。また、温度・湿度・気圧といった要素もボールの飛行経路に大きな影響を与えるとゴフ氏は指摘しました。


なお、トリオンダの特徴は少ないパネル枚数と表面の加工だけではありません。トリオンダは審判の判定を助けるべく、コネクテッド・ボール・テクノロジーが搭載されています。これにより、ボールが蹴られたことをコンピューターが認識することが可能で、オフサイド判定やその他の判定でも役立っています。

実際、FIFAワールドカップ2026で日本と同じグループFに所属するスウェーデン対チュニジアの試合で、4点目となるマティアス・スバンベリ選手のゴール時にトリオンダのコネクテッド・ボール・テクノロジーが活躍しています。ゴール時、スバンベリ選手はオフサイドポジションにいましたが、アレクサンデル・イサク選手がボールにタッチしていればオフサイドではなくなるという状況でした。試合中、VARでイサク選手がボールにタッチしたかどうかが確認されましたが、映像ではほとんど判別がつきませんでした。しかし、コネクテッド・ボール・テクノロジーでイサク選手がボールにタッチしたことが確認できたため、スバンベリ選手のゴールが認められる結果となっています。

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in 動画,   サイエンス, Posted by logu_ii

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