「はげ頭を人間の便で洗う脱毛対策」などルネサンス時代の庶民向け医学書から実際に治療法を試した痕跡が見つかる

本は読まれるたびに触った人の汗や皮脂、こぼれた液体などがごく薄く付着することがあり、肉眼では分からなくても紙の表面には分子の形で痕跡が残ることがあります。アメリカ歴史学会の学術誌「American Historical Review」に掲載された研究では、ルネサンス期の家庭医療で使われた「治療の手引き本」を対象に、紙の表面から採取したタンパク質を分析して「治療法を実践した痕跡」を読み解く手法が示されました。
The Scientific Analysis of Renaissance Recipes: Proteomics, Medicine, and the Body in the Material Renaissance - The American Historical Review
https://academic.oup.com/ahr/advance-article/doi/10.1093/ahr/rhaf405/8327958
Remnants of spills on Renaissance-era textbook reveal recipes for 'curing' ailments with lizard heads and human feces - Live Science
https://www.livescience.com/archaeology/remnants-of-spills-on-renaissance-era-textbook-reveal-recipes-for-curing-ailments-with-lizard-heads-and-human-feces
マンチェスター大学で近世史を研究するステファン・ハンス氏やグレブ・ジルバーステイン氏らの研究チームは、昔の医学書の文章だけでなく「治療を試してみた痕跡」を分析することを目的に研究を進めました。
研究チームが分析の対象としたのは、1531年にドイツのアウクスブルクで出版された本です。この本は眼科医であるバルトロメウス・フォークトヘルがまとめた庶民向けの治療の手引き集で、脱毛・口臭・傷など日常的な不調への対処法が書かれています。以下は1531年版の扉絵で、家庭で蒸留作業に取り組む様子が描かれています。

研究に用いられた原本はマンチェスター大学のジョン・ライランズ研究所・図書館に所蔵されているもので、16世紀~17世紀の書き込みが大量に残っています。読むだけでなく、試し、書き足し、評価した跡がある資料というわけです。
この本は当時の出版市場で成功を収め、別の都市で再版や改版が続きました。扉絵の図柄が他の本でも使い回されるほど影響が広がったとされます。以下は後年に出版された薬草書にデザインが転用された扉絵です。

当時のアウクスブルクは「実験と商売が近い街」でした。交易が盛んで、職人の技術と出版が結びつき、家庭の中で試す知識が大量に流通しました。医療も例外ではなく、免許を持つ専門家と民間の手当てが重なり合う市場が形成されていたと研究チームは説明しています。
まず研究チームは肉眼では読めない記録を掘り起こすため、可視光で高解像度撮影を行い、その上で紫外線から赤外線まで波長を変えて撮る多波長撮影も実施しました。波長を変えると薄く消えかけた筆記や重なった痕跡が見分けやすくなります。以下の画像は多波長撮影で薄い筆記を読みやすくした例です。

次は「表面から成分を拾う」工程に進みます。研究チームは「EVA」という薄いプラスチック製の採取用フィルムに吸着材を仕込み、ページの余白に軽く当てて本に付着しているタンパク質を回収しました。
そして、研究チームは回収した成分に含まれる混合物を分けて、分子の重さの特徴から正体を推定する液体クロマトグラフィー–質量分析法を実施しました。タンパク質は大きいので、解析ではアミノ酸が短く連なった断片であるペプチドとして扱い、その情報から由来するタンパク質を推定したとのこと。以下の画像はEVAで回収した成分を解析し、データとして整理する流れを示しています。

分析にあたって厄介になるのが本の汚染です。本は近代以降にも触られているため、昔の読者の痕跡と最近の痕跡が混ざっています。研究チームは検出数が突出して多いサンプルを「汚染の疑いが強いもの」として除外しました。時間の経過で起きやすい脱アミド化や、酸素と反応して進む酸化に目を向け、古い痕跡の手がかりとして扱ったとされます。
分析の結果、得られたタンパク質は合計111種類でした。多くは人の体に由来するタンパク質で、ページを触った人の汗や皮膚の成分が中心だったとのこと。それでも、手引きに書かれた材料と結びつきそうな植物や動物の痕跡も見つかったと研究チームは報告しています。
たとえば、脱毛対策や毛髪の手入れに関するページの近くから、手引きに記載された「ヨーロッパブナ」「オランダガラシ」「ローズマリー」などの痕跡が検出されました。このことから、研究チームは手引きに書かれたこれらの植物が実際に扱われた可能性があるとしています。
さらに、「はげ頭を人間の便で洗うことを勧める治療」が記載されたページの近くで人体由来のタンパク質の一種が検出された点について、研究チームは指示が実際に試された可能性を補強する手がかりになるとしています。
一方で、手引きに書いてある材料だけを機械的に使ったわけではないということも示唆されています。あるサンプルでは、ページに書かれた材料と対応する痕跡が出た一方で、別の植物由来の痕跡も幅広く検出されました。このことから「目的に合わせて材料を入れ替えたり足したりする実験が行われていた可能性がある」と研究チームは述べています。
また、あるページからはタンパク質の特徴がカメの甲羅かトカゲに一致する可能性のあるコラーゲンが検出されました。コラーゲンは皮膚や骨の主要な材料になるタンパク質で、動物由来の材料を扱うと残りやすい成分です。研究チームによると「16世紀の治療の手引きには、トカゲの頭部を乾燥させて粉末にして脱毛対策に用いる記述もある」とのことで、毛髪関連のページからこの痕跡が出たことは、その種の材料が試された可能性を後押しする手がかりになるとしています。
毛髪の手入れは当時の健康観とも結びついていました。当時は髪が体の内側の状態を映すものと考えられており、洗髪やくし入れ、湯浴みといった習慣も、体の熱や体液の偏りをならし、余分なものを汗などで外へ出す助けになる行為として重視されていました。

別のサンプルでは、カバに一致する可能性のあるコラーゲンが見つかったと研究チームは報告しています。ルネサンス期のヨーロッパではカバが珍しい動物として注目され、歯が薬効を持つと信じられて加工品にされた例もあるとのこと。調査対象の本でも口臭・口内炎・歯の変色・歯痛に関する治療が繰り返し強調されており、研究チームは読者が歯の問題に悩んでいた可能性があるとしています。
また、研究者によると、汗腺が作る抗菌タンパク質であるダームシジンや、皮膚の免疫応答と関わるタンパク質が複数のサンプルから見つかったとのこと。抗菌タンパク質は細菌や真菌の増殖を抑える働きを持つものです。こうした成分は下痢や皮膚のトラブルなどと関連する可能性があり、治療の手引きが困りごとに対する実用的な道具として使われていたことを示しています。
論文の共著者であるジルバーステイン氏は「今後は他の歴史的な本にも調査を広げたい」「個々の読者の同定も目指したい」と今後の展望をコメントしています。
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