サイエンス

海はナノチューブで相互接続されたバクテリアで満ちあふれていることが明らかになりつつある

by Sci. Adv. 10, eadj1539 (2024)

これまで単独で波間を漂っていると考えられてきた単細胞生物が、時には種を超えたネットワークを形成し、1つの多細胞生物に匹敵するような関係を構築していることが、微生物学者たちによる長年の研究によりわかり始めていると、科学系ニュースサイトのQuanta Magazineが伝えています。

The Ocean Teems With Networks of Interconnected Bacteria | Quanta Magazine
https://www.quantamagazine.org/the-ocean-teems-with-networks-of-interconnected-bacteria-20250106/


海洋シアノバクテリアの一種であるプロクロロコッカス属の細菌は、大気の酸素の10~20%を作り出しているとされている、地球上で最も一般的な光合成生物のひとつです。

科学者たちはかつて、プロクロロコッカスは孤独な漂流者だと考えてきましたが、スペインにあるコルドバ大学を中心とした研究チームは2024年5月の論文で、この単細胞生物がナノチューブを介したネットワークを形成していると発表しました。

論文の著者のひとりであるマリア・デル・カルメン・ムニョス=マリーン氏が顕微鏡でプロクロロコッカスを見ると、プロクロロコッカス同士だけでなく、同じ環境によくいる別種のシアノバクテリアであるシネココッカスもネットワークにつながっており、各細胞から3本~4本、時には10本の橋が伸びているのが見えたとのこと。

色素を用いた一連のテストにより、ムニョス=マリーン氏らのチームはこれらの橋が「バクテリア・ナノチューブ(bacterial nanotube)」であることを確認しました。バクテリア・ナノチューブは、細胞膜でできた構造体により2つ以上の細胞間で栄養分などを共有するもので、シアノバクテリアでバクテリア・ナノチューブが確認されたのはこれが初めてです。


細胞同士が物理的なネットワークを形成しているという発見は、果たしてこれらのシアノバクテリアを単細胞生物と分類すべきかという、極めて根本的な問いを投げかけています。

以前から、バクテリアたちはバイオフィルムと呼ばれる構造を形成したり、DNAを交換するためにタンパク質でできた毛のようなものを作ったりすることが知られており、バクテリア・ナノチューブはバクテリアが活発な社会を築いていることを示す発見のうちの1つです。

このバクテリア・ナノチューブの存在が初めて明らかにされたのは、2011年のことでした。エルサレム・ヘブライ大学のシガル・ベン・イェフダ氏とギャネンドラ・P・ デュベイ氏は論文に、枯草菌がナノチューブでつながった画像を掲載し、枯草菌同士が抗生物質耐性遺伝子を共有していることや、ナノチューブが時には黄色ブドウ球菌や大腸菌など別種の細胞ともつながっていることを示しました。


ナノチューブで接続された細胞は内部の空間を共有しており、連絡路で連結した別々の家というよりは、同じ家の別室のようでした。

この発見は当時の生物学者たちを驚かせ、単細胞生物というものに抱いているイメージを再考するよう促しました。その後、多くの研究によりバクテリア・ナノチューブを持つものは枯草菌だけではないことが明らかになっていきました。


しかし、ムニョス=マリーン氏らはプロクロロコッカスやシネココッカスがバクテリア・ナノチューブでつながっているのを見た時、何かの間違いだと思ったとのこと。

なぜなら、これらのシアノバクテリアは外洋という激しい環境に生息しており、ナノチューブを作っても水の流れで簡単に壊れてしまうはずだからです。また、シアノバクテリアは光合成を行うため、生きるのに必要なもののほとんどは太陽から得ており、わざわざネットワークを作ってものをやりとりするというのは考えにくいことでした。

論文の共著者のホセ・マヌエル・ガルシア=フェルナンデス氏は「画像に写ったチューブが生理学的なものであり、人工物ではないことを確認するのに多くの時間を費やしました。そうして得られた結果は、海洋シアノバクテリア研究の分野では非常に衝撃的で、私たちは驚きながらもこのことを完全に確かめたいと思いました」と話しました。

そこで、研究チームは最初の観察に用いた透過型電子顕微鏡法だけではなく、蛍光顕微鏡や走査型電子顕微鏡、生きた細胞を高速で移動させながら画像化するフローサイトメーターなどを使って改めて観測しました。

そして、サンプル中の細胞の約5%がナノチューブでつながっていることや、チューブがタンパク質ではなく膜脂質でできていることなどを確認しました。もし、タンパク質でできていれば、それはべん毛の可能性がありましたが、テストの結果やはりチューブだったことがはっきりしました。

ガルシア=フェルナンデス氏は「2000年代初頭まで、学者が海の植物プランクトンについて語るときは、孤独な細胞を思い浮かべていました。しかし、今日ではこれらのバクテリアが孤独ではないことを考慮しなければならなくなりました」と話しました。

コルドバ大学の研究チーム。左からホセ・アントニオ・ゴンサレス=レイエス氏、ヘスス・ディエス氏、マリア・デル・カルメン・ムニョス=マリーン氏、エリサ・アングロ=カノバス氏、ホセ・マヌエル・ガルシア=フェルナンデス氏。


広大な海を漂うシアノバクテリアが手を取り合っている理由はまだ解明されていませんが、ムニョス=マリーン氏らの研究に直接携わっていないドイツ・オスナブリュック大学の微生物生態学者のクリスチャン・コスト氏は、シアノバクテリアのゲノムが異様なほど小さいことを指摘しています。

コスト氏によると、プロクロロコッカスのゲノムは既知の自由生活性の光合成生物としては最小で、遺伝子数はわずか1700程度しかないとのこと。シネココッカスも同様です。

ゲノムサイズが小さければ、バクテリアはかさばる遺伝子から解放されて身軽になりますが、多様な栄養素や代謝物を自前で調達することはできなくなります。そのため、ゲノムがスリム化されたバクテリアは、生産物を融通し合う生き物と相互依存的なコミュニティを築く傾向があります。

コスト氏は、「このようなコミュニティの形成は、すべての代謝物を自分だけで生産しようとするバクテリアよりはるかに効率的です。しかし、問題はどうやって代謝物を交換するかです」と話しました。

その解決策の候補となるのが、ナノチューブです。細胞同士が緊密に接続されたネットワークを使えば、栄養素が海に流れ出したり、誰かに奪われたりする心配はありません。


コスト氏は、海のシアノバクテリアがネットワークを作っていることを示した論文は興味深いと述べた上で、さらなる研究が必要なことも指摘しています。特に大きな未解決の問題は、自然界のプロクロロコッカスとシネココッカスが何を共有しているかです。

これらのシアノバクテリアは太陽光からエネルギーを得ますが、窒素やリンなどの栄養素は外部から取り込まなければならないため、研究者らはこれらの栄養の流れを追跡する実験に着手しています。

また、バクテリアたちがどのような条件でナノチューブを形成するかという謎も残されており、ムニョス=マリーン氏らはネットワークの形成に必要なバクテリアの密度に関心を寄せています。

ガルシア=フェルナンデス氏は、四半世紀の間に海洋シアノバクテリア同士のコミュケーションに関する研究が大きく変化したことを振り返って、「異なる種類の生物の間に物理的なコミュケーションが存在するという事実は、海洋における細胞の働きに関する多くの考え方を変えるものだと思います」と話しました。

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