婚約や結婚の指輪を左手の薬指にはめる根拠の一つとされる「Vena amoris(愛情の静脈)」とは一体何か?
「婚約指輪は左手の薬指にはめる」というのは西洋文化の伝統的な儀礼ですが、日本でも一般的です。左手の薬指という位置の由来としてしばしば挙げられる古代エジプトの「Vena amoris(愛情の静脈)」という信仰について、英語版のWikipediaで詳しい解説を見ることができます。
Engagement ring - Wikipedia
https://en.wikipedia.org/wiki/Engagement_ring
Vena amoris - Wikipedia
https://en.wikipedia.org/wiki/Vena_amoris
リクルートが発行している結婚情報誌のゼクシィは「婚約指輪・結婚指輪はどの指に着ける?」という記事の中で、「左手薬指に着けるのは、古代ギリシャ時代に『左手の薬指には心臓につながる太い血管(愛情の静脈)がある』と信じられていたため。心臓は愛の象徴とされており、そこから左手薬指に着ける習慣が一般化したといわれています」と記載しています。また、キリスト教では右手薬指が「正義」を意味し幸福をもたらすと言われていることから、右手薬指に結婚指輪をする宗派もあるそうです。指輪は左手の薬指に限らずそれぞれどの指につけるかで意味があると言われており、ゼクシィはその一例を以下のように示しています。
「愛情の静脈」について、日本語のWikipediaに解説ページはありませんが、英語版Wikipediaの「Engagement ring」の項目には婚約指輪のなりたちについて説明があるほか、ラテン語で「愛情の静脈」を意味する「Vena amoris」というページが存在しています。
「Engagement ring」のページによると、婚約指輪を発明したのは古代エジプト人であり、その伝統を取り入れたのは古代ギリシャもしくは古代ローマの時代までさかのぼることができるとのこと。この伝統を広めたのは16世紀から17世紀にかけて活躍した法学者のヘンリー・スウィンバーンが亡くなる直前まで執筆していて死後に発見され出版された「配偶者、または結婚契約に関する論文」です。
論文によると、古代ローマの歴史を分析した結果、婚約指輪は「心臓につながる静脈(愛情の静脈)」があると当時信じられていた「左手の薬指」にはめるという伝統があったとのこと。スウィンバーンは「愛情の静脈がある指に指輪をはめることは、手を差し出すように、その静脈が伸びている心も差し出すことを意味する」と記述しました。スウィンバーンはこの信仰について古代の文献を引用し、エジプトとのつながりを主張しています。
スウィンバーンが引用した古代の文献に関連していると見られているのは、5世紀の後期ローマ帝国で活躍したマクロビウスが古代ローマの祭りであるサトゥルナリアの討論の記録として残した「サトゥルナリア祭の七つの書」です。本の中では、薬指と心臓のつながりについて言及した一節があり、「心臓に起源を持ち、そこから左手の小指の隣の指まで伸び、その指の残りの神経と絡み合って終わる特定の神経があります。これが、昔の人々がその指に指輪をはめて、まるで王冠で敬意を表すかのようにするのが良いと考えた理由です」というように、静脈ではなく「神経」と関連して述べられています。
もうひとつの古い記述は、「古代世界の最後の学者」とも呼ばれる7世紀の大司教であるセビリアのイシドールスが書いたとされる「教会の役職について」の中にあります。そこでは「男性は親指から薬指に指輪をはめるようになりました。これは、薬指に心臓につながる静脈があり、古代人が注目し尊重する価値があると考えていたためです」と、「心臓につながる静脈」についての記述があります。
「すべての血管が心臓に流れている」ということが科学的に認められたのはイギリスの医師であるウィリアム・ハーヴェイが証明した17世紀になってからであり、それまでは「心臓につながる静脈」すなわち「愛情の静脈」が信じられていました。そのため、指輪を左手の薬指にはめるという伝統のほか、「左手の薬指をつまむことで病気が緩和される」という考えも一部地域で浸透していました。
スウィンバーンの論文や、スウィンバーンが参考にしたとされる「サトゥルナリア祭の七つの書」や「教会の役職について」もあくまで一説であり、薬指に指輪をはめる起源としては、互いに矛盾する情報源が数多くあります。右手に結婚指輪をはめる文化もあり、そのような文化圏でも指輪をはめる位置と「愛情の静脈」の歴史的なつながりが主張されています。いずれにしても、婚約指輪をはめる場所については、「心臓に直接つながる位置」という信念が古代からずっと残り続けているものだと考えられています。
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