アニメ『PLUTO』に「完成させなきゃ死ねない」という思いで取り組んだという丸山正雄エグゼクティブプロデューサーにインタビュー
浦沢直樹さんの漫画を原作としたアニメ『PLUTO』の配信が、2023年10月26日(木)16時からNetflixで始まりました。本作のアニメ化実現に大きな役割を果たしたのが、日本アニメ界の重鎮として知られる、アニメーション制作会社MAPPA会長の丸山正雄さん。エグゼクティブプロデューサーとして、本作の企画から関わったという丸山さんに、いろいろなお話を伺ってきました。
PLUTO | Netflix (ネットフリックス) 公式サイト
https://www.netflix.com/jp/title/81281344
丸山さんには2016年、劇場版「牙狼〈GARO〉-DIVINE FLAME-」公開時にインタビューを実施しています。
「アニメ版牙狼は50年のアニメ人生で一番やりたかった作品」、丸山正雄さんインタビュー - GIGAZINE
『PLUTO』作者・浦沢直樹さんへのインタビューも実施しました。
漫画家・浦沢直樹インタビュー、アニメ『PLUTO』には「この未来社会が描きたかった」が盛り込まれている - GIGAZINE
GIGAZINE(以下、G):
本日はよろしくお願いします。
丸山正雄さん(以下、丸山):
よろしくお願いします、丸山です。『PLUTO』、ご覧になりましたか?
G:
はい。8時間みっちりのお話に圧倒されました。
丸山:
ははは(笑)
G:
さっそくお話をうかがっていきますが、丸山さんといえば虫プロで『鉄腕アトム』のころからアニメーションに携わっている生き字引です。一方で、浦沢直樹さんの作品として『YAWARA!!』や『マスターキートン』、『MONSTER』などを手がけておられて、こうして『PLUTO』に携われられるのはとても自然に思えました。浦沢さんの場合、『地上最大のロボット』に5歳で出会ってすごい衝撃を受けた作品だったとのことですが、丸山さんにとって『地上最大のロボット』は、そして『PLUTO』はどういった作品という印象でしょうか。
丸山:
うーん、これはね、あまり言わない方がいいのかもしれないですけど(笑)
G:
(笑)
丸山:
僕は『鉄腕アトム』のときはまだ入ったばっかりで、アニメーションというものをまったく知らずにちょっとお手伝いしたくらいで、虫プロでは『W3』とか『悟空の大冒険』とか、いわゆる傍流というか、主流ではないものを担当していたんです。20代でアトムを見て思ったのは、あまりにも健康的で元気な子だなということなんです。あくまでテレビアニメ版を見てですが、なんか「いい子すぎて、好きじゃないな」と思っていたんです。
G:
おおー。
丸山:
それから20年、30年を経て、改めて漫画版を読んだら、アトムというのは生みの親である天馬博士によってサーカスに売られた子なんですね。元気で、ひたすら世界正義のために悪いやつをやっつけているというだけではないということがわかって「すごいな、アトムすごいな!」って思ったんです。
G:
なるほど。
丸山:
アトムはあんまり好きじゃないと思っていたんですけど、40代、50代になって、裏というか、深いものがあるんだということに気づかされたんですね。そのあたり、この「浦沢アトム」もそのようにできていて、最初ちょっと声を入れたときに、1回、浦沢さんに怒られたんです。
G:
怒られた?
丸山:
あまり元気のいいアトムにはしないでくれ、と。どこかにちょっと悲しい感じとか、そういう雰囲気が欲しいですということでした。ちょうど浦沢さんに見てもらったところがアトムの頑張っている場面だったというのはあって、もちろん、そういう風に作っているし、ちゃんとわかって作ってはいるんですけれど。
丸山:
でも、そういう意味では、僕と同じようにテレビアニメのアトムだけを知っていて、手塚さんの漫画のアトムを知らないと、微妙な違いを感じるかもしれません。テレビアニメでは、ロボットとして活躍するところを大きく取り上げているけれど、アトムは天馬博士から「自分の息子はこんな完璧じゃない」「ロボットは完璧だからつまらない」と思われている。でも、完璧だからこそ、すごいことだってあるんです。そういう複合的なことを、今回は浦沢さんも含めたプロジェクトで、ちゃんとできたんじゃないかなと思います。
『PLUTO』の天馬博士
G:
なるほど。本作に丸山さんはエグゼクティブプロデューサーとして参加しておられます。この役職はいわゆる「製作総指揮」ということで、「何かあったら自分が責任を取るから、好きにやってください」とお任せするというタイプの人も、実際の作業に積極的に携わる人もいて様々だと思います。丸山さんの場合は、どんな役回りを務められたのでしょうか。
丸山:
まずは何よりも企画です。『PLUTO』が始まったとき、単行本の後書きを書くように浦沢さんに言われたので、はずみで「これをアニメ化するんだったら、僕がやるしかない」と書いちゃった(笑)
G:
(笑)
丸山:
あとは、責任を取らなくちゃいけませんから(笑) もちろん、どうしてもやりたいという思いはあったんです。もう、連載が始まった時点で「やりたい」と。原作はあの鉄腕アトムの『地上最大のロボット』だということで、さすがに4巻ぐらいで終わるかなと思っていたら、どんどん続いて、6巻目になっても終わらないので……そうなると僕の気持ちとしては「こんなものはできません」と(笑)
G:
ええー(笑)
丸山:
こんなにもボリュームがあると、今の日本のアニメ界ではできませんと。「やるって言ったじゃないか」と言われますけど、それは4巻ぐらいを目安にした話で、こんなにも長くて、なおかつ全カットちゃんとしてないといけないというのは、もう僕じゃなくても、日本のアニメ界でお金のことや期間のことを組み込んだ上でチームを編成することは不可能ですと、再三お断りすることになりました。僕の年齢もそろそろなので、生きているとは限らないからできません、と。
G:
いやいや(笑)
丸山:
ただ、それでもどうしてもやらざるを得ないなとなって……今考えてみると、逆に『PLUTO』があったからまだ元気で生きているのかもしれない。もしかするとその前に75とか78とかで死んでいてもそんなに不思議じゃなかったですが、80になっても元気なのは、『PLUTO』を完成させなきゃ死ねないという思いだったような気が、今になるとしますねぇ。
G:
なるほど……。アスキーに掲載されていたインタビューでは、ロボットのデザインについて先行して作業していたら浦沢さんに怒られたというエピソードが語られていました。企画だけではなく、そういった実務の部分でも走り回っておられたんですね。
丸山:
そうですね。今回、僕は「企画をこうしたい」ということで、なんとか4巻分ぐらいに縮めたいと浦沢さんに伝えたんです。そうすると「やれるもんならやってごらん」と言われまして。
G:
(笑)
丸山:
最初の2年ぐらい、頑張りに頑張ってどこを落としていくか考えたんですけれど、結論として「これは無理だ」と。やる以上は全部ちゃんとやらないといけないぞと。そして、もし途中で僕が死んだとしても、後で誰かがちゃんとやってくれるようにコンセプトを組んでちゃんとやらなければいけない。内容がダイジェストになってしまうのはつまらないしやるべきではないということで、全部やるしかないという覚悟をしました。
G:
おお……。
丸山:
それで、ロボットものをやると考えたときに、浦沢さんが描いたロボットではなく今風のロボットデザインにしようと、結構有名なデザイナーに発注してできあがって、それを浦沢さんに見せたら、叱られました。
G:
叱られましたか。
丸山:
「これは手塚治虫のロボットを浦沢直樹流にアレンジしたものです」と。「僕が発注したものとどこが違うかというと、要するに、関節があるロボットになっていると。それは「ガンダム」以降の、いわゆるリアルロボットだということなんですね。「手塚ロボットというのは違うんだ。寸胴で、関節がなくて、そういうディテールはないんだ」と。アトムは人間型で、皮膚感覚もありますけれど、そういうロボットとお手伝いロボット、あの掃除とかをしているやつですね、何段階かはあるけれど、少なくとも、関節があって人間のように動くロボットはこの世界ではビジュアル的にありえないんだと。
G:
確かに、ロビタ的なロボットは関節なんてないですよね。
アルプスで山岳ガイドや遭難者救助を行う心優しいロボット・モンブラン
丸山:
それから、浦沢さんは『PLUTO』を描くにあたってすごく苦しい思いをしたので、アニメを作る以上は同じように苦しまなければいけない、と。それで、完成後に「十分しんどい思いをさせていただきました」と報告しました。
G:
(笑)
丸山:
無事、笑い話になったのでよかったかなと思います(笑)
G:
確かにこのボリュームは難しいですよね。今回はそこで「1話30分じゃなくても大丈夫」という、配信という候補が出てきたのが実現に向けて大きかったと。
丸山:
アニメを世に出すには1話30分のシリーズにするか、2時間なり、頑張って4時間なりの劇場映画にするかです。でも、この作品のボリューム感というか、大きな流れというものを、そういう30分枠に囚われたり、2時間や4時間という尺に収めたりして、どこか落としたりすることなく、そのままやりたいと。このまんまやりたいと思ったんです。原作のままなら、アニメにする意味があるのかというのはすごく悩みました。要するに、原作の絵こそが世界観そのままであっていいんじゃないかと。アニメにして、原作よりもつまらない絵でボリュームだけあるのは、いけないんじゃないかということですね。
G:
うーむ。
丸山:
そこは一番悩んだところなんですけれど、もともと浦沢さんから「『マスターキートン』も『MONSTER』もやっているんだから、今回はそれ以上じゃないとダメですよ」ということを最初からテーマとして与えられていて。
G:
厳しい(笑)
丸山:
いまどき、それらの作品のとき以上の時間とお金をくれるというのはあり得ない話ですから、従って、これはやれませんと言ったんですけれど、運良く今回のプロジェクトが成立したので、ギリギリ頑張れるまで頑張ろうと。そういう意味で、頑張りすぎたところもあるかなと思いつつ(笑)、頑張って作り終えたことで、「まだ生きてる」という実感がすごくあります。
G:
30秒の短いオープニングで本編に入っていくスタイルは、テレビアニメではなかなかできないものだなと思いました。
丸山:
オープニングというのは全体がわかる映像になっているケースがありますが、本作はミステリーな部分がありますから、最初から後半部分の映像が出てきてしまうのは嫌だなと思ったんです。でも、作品の形として、冒頭部分にインパクトのあるものが欲しいので、浦沢さんの原画を使わせてもらって、それをアニメの絵としてではなく、うまくアレンジして映像として流すというプランを出しました。
G:
作中ではいくつか印象的な歌が出ていて、これは浦沢さんによる作曲で、浦沢さんにお話をうかがったところ「この曲は浦沢さんが一番知っているから、教えてよ」と言われたものだったと。丸山さんは、浦沢さんの中に具体的な曲があることは最初からご存じだったんですか。
丸山:
浦沢さんはマンガ家であり、音楽家でもあられる方ですから、自分でマンガを描いているときに、いろいろな音のイメージを持ってお書きになっているので、「ここはどんな曲調ですか、たとえばこういうものですか」と聞くとわかるかなと。ただ、「そうです」とか「違います」かなと思ったら、浦沢さんはデモを作って持ってきたんです。
G:
(笑) さすがにデモ音源が出てきたのは予想外でしたか。
丸山:
いやー……多少は予想していました(笑) そこに甘えさせてもらいました。最終的には演奏のためにアレンジすることになりますが、いろんな意味で原作のイメージというのは非常に大事なので。具体的に第1話の楽曲でいうと「ギターでこういう感じ」だとか、最後に子どもたちが歌うところも、全部デモをいただいた上で多少アレンジして使っています。
G:
何か今回、現場に直接こういうアドバイスをしたとか、あるいは現場から助けを求められたりというのはありましたか?
丸山:
スタジオではもう毎回のことですよ(笑)
G:
本作については、Netflixが「できるまで待つ」と言ってくれたとのことで、スケジュールはちょっと楽できたのかなと、外からは思ったのですが、その分、他で悩みが出るものなのでしょうか。
丸山:
最初に時間をかけすぎましたね。最初の5年が。あれが、できれば2年で終わっていれば、最後のところでもうちょっとゆとりを持てたかもしれません。「こういうものをやりたい」と固めるまでの試行錯誤がいっぱいあったことは、最終的に完成させることができた要因になっていますが、終わってから振り返っての反省点としては、あれを2年で終わらせていたら、もっとすごいものができたんじゃないかという欲望というか……時間があるとやっぱりじっくりやりすぎてしまうところがあって、ある種、思い切ってやってしまうというやり方もあるんです。
G:
ふーむ。
丸山:
今回は最初から丁寧にやりましたが、ちょっと丁寧すぎたところがあったので、もっと縮めて一気にやる部分があった方が全体がまとまったかもしれない……というのは、終わったから言えることですね。そのときは、やっぱり「5年は必要だ」と思ってやっていたわけで、別に遊んでいたから5年かかったわけでもなんでもないですから。じっくりとやる時間があったというのは、いい意味でも悪い意味でも「いいこと」だけとは限らないですね。
G:
なるほど。スケジュール調整の難しさについては、いろいろな作品で伺うことが多いですね。
丸山:
時間の配分の問題ですよね。最初の5年かけた部分というのは、作品制作でいえば1日にもならないわけです。でも、それがあったからこそトータルで完成している。ただ、他の作品に比べれば、この作品を作るための時間と労力は、浦沢さんのいう「ものを作る苦しみ」を十分に味わうものだったと思います。これがすんなりとできるものではないということは、8時間見た人には理解してもらえると思います。
G:
配信作品で全8話に区切られていますけど、映画を何本か見たような気分でしたからね……。
丸山:
30分で区切らず、1本1時間のものが作品として成立することはなかなかないですからね。なおかつ、それが8話ある。今後も、こういうケースは作り方も含めて、あまり出てこないんじゃないかなと思います。僕自身も、体力的に今後は一切できません。
G:
丸山さんは仕事のポリシーとして「とにかく間に合わせる」ということを挙げておられて、その意味で「アニメの完全なバージョンなんてできないんじゃないかと思っている」ということをおっしゃられています。本作は、かなり完全体に近づいたアニメといえるのではないでしょうか?
丸山:
はい、それだけの時間もいただけたと思っています。ただ、「間に合わせるぞ」というのは本当の最後の1ヶ月の話なんです。たとえば、納品をずらしてあと2週間、そのまま頑張ったとして、いいものになるかというのは難しいものです。もう締め切りだからと、火事場の馬鹿力で「ここで何が何でも上げる」と全員の力を合わせて仕上げたなら、それでいいんじゃないか、と。絵コンテで一番大変なシーン、これをやったら必ず1ヶ月はかかるという場合、それを欠番にして仕上げることがあります。でも、できあがったときに「あのシーンがなかったからつまらないな」と思われないようにつくるのが当たり前です。絵コンテを作った僕らとしては「あのシーンがあれば……」と思いますけど、フィルムとして、そこがなくても十分に見られるものを作る。そしてスケジュールは落とさない、納期を守る。
G:
ふむ……。
丸山:
「納期を守る」というのは「手を抜いていく」ということではなく、お金と時間と人という、いろいろな制限がある中での話です。ギリギリまで頑張っている中で、さらに頑張らせるよりは、どういうものを作るかを考えてコントロールした方がいいですよと。「あと1週間延ばせばいいものになる」とかいわずに、そこで終わるために工夫しましょうと。いつも、そういう思いで、ものを作っています。
G:
丸山さんは本作を「最後の仕事として頑張りたい」という意気込みで取り組んでおられると聞きました。2020年には生前葬も済ませておられます。
81歳の誕生日を迎えらた丸山正雄さんの生前葬へ。とはいえまだまだお元気だしやりたい作品へ臨まれる意欲は変わらずです。会場には業界の関係者/レジェンド級の方々が集まり丸山さんの長年の功績が伺えます。ギサブローさんや森本さんにお会いできました。亡きオサムちゃんもなんか来てそうだよね。 pic.twitter.com/tArh7QROoR
— 手塚るみ子 (@musicrobita) June 19, 2022
G:
しかし実際にこうして作品を完成させてみて、「じゃあ、次は……」という欲や思いが湧いたりはしませんか?
丸山:
それについてはですね、作品は完成したものの、僕はまったく「まな板の上のコイ」でありまして(笑)
G:
(笑)
丸山:
この『PLUTO』を見て皆様がどう思うか。「よくやったぞ」と褒めてくれるか、「もう少し頑張るべきじゃないか」なのかはそれぞれで、僕はいま完全に首を晒して待っているところで、ことによってはすぐ首は飛んでいくという状態の、とっても不安な毎日を送っております。ウソでもいいから「よくやった」「よかったよ」と言って欲しいという希望を持っております。
G:
ああー、まだみんな見ていない状態だと。
丸山:
そうなんです。やっぱり作品の評判が気になるところで、もし「ダメ」って言われたら次はないと思うし、「よく頑張った」「よかったぞ」だったら「次も頑張りたい」と。今、一番不安なところで、いつでも誰でも僕の首をひょいっと引っこ抜いていける状態です。
G:
なるほど。少なくとも、私は8時間の大作をじっくりと味わって、最後は大変心打たれました。本作の映像化を、ありがとうございました。こうしてお時間をいただいてお話をうかがえてよかったです。
丸山:
よかった。ありがとうございました。
丸山さんが「最後の仕事かもしれない」という覚悟を持って作り上げた、Netflixシリーズ『PLUTO』全8話は2023年10月26日(木)16時から配信中です。
PLUTO | Netflix (ネットフリックス) 公式サイト
https://www.netflix.com/jp/title/81281344
『PLUTO』予告編 - Netflix - YouTube
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