培養幹細胞から「発生2週間後のヒト胚のほぼ完全なモデル」を作成することに成功、謎の多い発生初期の研究に役立つ可能性
近年はヒトの臓器や器官を培養した幹細胞から作り出す研究が進んでおり、発生初期のヒトの胚を人工的に合成する試みも行われています。新たに、イスラエル・ワイツマン科学研究所のジェイコブ・ハンナ教授らの研究チームが、培養した幹細胞から発生1週間後のヒト胚のモデルを作成し、発生2週間後の段階まで培養することに成功したと報告しました。
Complete human day 14 post-implantation embryo models from naïve ES cells | Nature
https://www.nature.com/articles/s41586-023-06604-5
Human Embryo Models Grown from Stem Cells - Life Sciences | Weizmann Wonder Wander - News, Features and Discoveries
https://wis-wander.weizmann.ac.il/life-sciences/human-embryo-models-grown-stem-cells
‘Complete’ models of human embryos created from stem cells in lab | Stem cells | The Guardian
https://www.theguardian.com/science/2023/sep/06/complete-models-of-human-embryos-created-from-stem-cells-in-lab
幹細胞を用いて人工的に臓器や器官を作り出す研究は、近年急速に進展しています。ハンナ氏らの研究チームは、体を構成するほぼすべての細胞に分化できる多能性幹細胞を再プログラムして、さらに未分化な「ナイーブ型ヒト幹細胞」と呼ばれる状態に戻す方法を開発しました。
研究チームはこのナイーブ型ヒト幹細胞を化学処理することにより、胚に成長することを意図した細胞群や、胎盤や卵黄嚢、胚体外中胚葉などに成長することを意図した細胞群を作り出しました。そしてこれらの細胞群を最適化した条件で混合すると、細胞は塊を形成し、そのうちの約1%が完全な胚様構造に配置されたとのこと。
この作りたてのモデル胚は発生1週間後のヒト胚に相当する構造を持っており、子宮外で8日間正常に発達し、発生2週間後のヒト胚に相当する発生段階に達しました。研究チームによると、発生1週間後に相当する段階のモデル胚は約120個の細胞で構成され、その大きさは0.01mmほどでしたが、発生2週間後相当の段階では約2500個の細胞が集まり、大きさは0.5mmほどまで成長していたそうです。
ハンナ氏は、「胚は定義上、自己駆動型です。何をすべきかを指示する必要はなく、内部的にエンコードされた可能性を解き放つだけです。最初に適切な種類の細胞を混ぜることが重要です。これは、発生上の制限のないナイーブ幹細胞からのみ由来します」と述べています。
このモデル胚は胎盤や卵黄嚢といった同じ年齢のヒト胚と同じ構造的特徴を持っており、構造や支持構造が正しい位置にあるだけでなく、サイズや形状も適切だったそうです。また、妊娠検査の判断基準になるホルモンを作る細胞まで存在し、実際に妊娠検査キットはモデル胚からの分泌物を検出し、陽性(妊娠している)と判定したと研究チームは報告しています。
ヒト胚は発生から3~4週間で体の器官を含む構造化された胚になりますが、発生初期のヒト胚は倫理的および技術的な問題から、研究することが困難です。ハンナ氏は、「妊娠の大きなドラマは最初の1カ月にあり、残り8カ月は主に成長段階です。しかし、その最初の1カ月はまだ大部分がブラックボックスになっています」と述べています。今回作成されたモデルは、初期のヒト胚が胎児へと成長するために必要なプロセスをエミュレートしたものであり、謎に包まれた発生初期のヒト胚の研究に役立つことが期待されています。
ハンナ氏は、「妊娠の失敗の多くは発生初期の数週間で起こり、それは多くの場合、女性が妊娠していることに気付く前です。発生初期はまた、多くの先天性欠損症が発生するときでもありますが、それらはずっと後に発見される傾向があります。私たちのモデルは、この初期段階で適切な発達を保証する生化学的および機械的信号と、発達がなぜうまくいかないかを明らかにするために使用できます」と述べました。
実際に今回の実験では、ヒト胚発生から10日後に相当する段階で胚が正しく胎盤形成細胞に包まれていないと、卵黄嚢などの内部構造が適切に発達しないこともわかっています。
イギリスのバブラハム研究所でヒト胚について研究しており、今回の研究には関与していないピーター・ラグ・ガン博士も、今回の研究は確かに重要なものであると認めています。その上で、胎盤の前駆物質である栄養膜は適切に組織化されていないなど、「完全なヒト胚」を再現したものではない点には注意が必要だと指摘。また、子宮内膜に着床するために必要な段階を迂回(うかい)しているため、モデル胚を子宮に移植したとしても発達できないとのことです。
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