サイエンス

抗精神病薬が標的にするニューロンが数十年にわたり誤解されていた可能性があるという研究結果


主に統合失調症などの症状を緩和するために用いられている抗精神病薬は、脳内の神経伝達物質であるドーパミンを遮断することで作用します。ところが、抗精神病薬が標的にしているドーパミン受容体が過去数十年にわたり誤解されてきた可能性があると新たな研究で示され、薬や治療法の開発に大きな変化がもたらされるかもしれないと報じられています。

Antipsychotic drug efficacy correlates with the modulation of D1 rather than D2 receptor-expressing striatal projection neurons | Nature Neuroscience
https://doi.org/10.1038/s41593-023-01390-9


Everyone Was Wrong About Antipsychotics | WIRED
https://www.wired.com/story/everyone-was-wrong-about-antipsychotics/

Schizophrenia Drugs May Have Been Off Target For Decades, Study Finds : ScienceAlert
https://www.sciencealert.com/schizophrenia-drugs-may-have-been-off-target-for-decades-study-finds

歴史的に重要な薬の多くはまったくの偶然によって発見されたものであり、1954年に承認された抗精神病薬のクロルプロマジンも、当初は鎮静剤として開発されたものが偶然にも精神疾患への効果が確認されたという経緯があります。ノースウェスタン大学の神経科学者であるジョーンズ・パーカー氏は、「これらの薬は偶然発見されたため、実際に脳の中で何をしているのかがわかっていないのです」と述べています。

神経科学者らは長年にわたり、抗精神病薬は脳の線条体の95%を占める有棘投射神経細胞(SPN)が持つドーパミン受容体に結合し、極端なドーパミン伝達を抑制すると考えてきました。ドーパミン受容体にはD1受容体D2受容体の2種類がありますが、1970年代に行われた子牛の脳抽出物に基づく実験で、強力な抗精神病薬がD2受容体に強く結合することが示されたため、数十年間にわたり新たな抗精神病薬の開発はD2受容体を念頭において設計・改良されてきたとのこと。

しかし、新たな抗精神病薬の開発は製薬会社による巨額の投資にもかかわらず困難な道のりであり、患者の約30%は抗精神病薬の効果を得られていないという問題もあります。そこでパーカー氏らの研究チームは、さまざまな抗精神病薬が実際に脳内でどのように機能するのかを調べるため、マウスを用いた実験を行いました。


研究チームはまず、マウスに中枢興奮作用を持つアンフェタミンを投与し、脳内のドーパミンを過剰に分泌させました。アンフェタミンを投与されたマウスは落ち着きがなくなり、より多く走るようになります。実際にマウスの脳に小さな内視鏡を埋め込んで調べたところ、アンフェタミン投与後のマウスではD1受容体の応答性が高くなり、D2受容体の応答性が低くなるというこれまでの知見に沿った結果が確認されました。

続いて、抗精神病薬としての効果が確認されているハロペリドールオランザピンクロザピン、そしてファイザーが開発したものの臨床試験で精神疾患症状を悪化させることが確認されたため認可されなかったMP-10という4種の薬物を投与し、マウスの脳内でどのように作用するのかを調査したとのこと。

その結果、ハロペリドールとオランザピンは予想通りD2受容体でアンフェタミンの効果を和らげたものの、クロザピンはD2受容体において有意な効果をもたらさないことが判明。さらに、抗精神病薬として効果がある3種の薬剤はいずれもD1受容体の活動を正常化させることが確認され、D2受容体ではなくD1受容体への作用が薬の効果に関与していることが示唆されました。一方、抗精神病薬としての効果がなかったMP-10はD2受容体の活動を正常化させたものの、D1受容体の異常な活動を悪化させてしまうことも確認されたとのことです。

さらにパーカー氏らが、アメリカ食品医薬品局(FDA)の承認に必要な最終臨床試験まで進んだ有望な新薬について調査したところ、やはりいずれの抗精神病薬もD1受容体を正常化することがわかりました。マウスの行動観察からも、効果がないことが知られているMP-10を除くすべての抗精神病薬で、アンフェタミンによる異常な動きを抑制するのに役立つことが示されました。


研究チームは、「これらの発見は、抗精神病薬の有効性についての新しい説明を提供します」と述べ、D2受容体ではなくD1受容体こそが抗精神病薬の主要な推進力である可能性があると指摘。今回の研究結果により、これまでとは違った抗精神病薬のアプローチが開発され、効果や副作用の面で優れた新薬の開発につながる可能性があるとのことです。

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in サイエンス, Posted by log1h_ik

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