サイエンス

成人では役に立たないと思われていた臓器「胸腺」が摘出された人はその後の死亡リスクが3倍になるという研究結果


胸腺は胸骨の後ろにある「H」のような形をした臓器であり、小児期には免疫系の発達に重要な役割を果たしていますが、成人の体ではどのような機能を果たしているのかよくわかっていません。そのため、心臓手術の際に邪魔だからと摘出されることもありますが、胸腺を摘出した人とその他の人を比較した新たな研究では、胸腺を摘出した人はその後の死亡リスクが約3倍に増加することが判明しました。

Health Consequences of Thymus Removal in Adults | NEJM
https://doi.org/10.1056/NEJMoa2302892


Turns out lowly thymus may be saving your life – Harvard Gazette
https://news.harvard.edu/gazette/story/2023/08/turns-out-lowly-thymus-may-be-saving-your-life/

Doctors have long considered the thymus expendable. But could removing it be fatal? | Science | AAAS
https://www.science.org/content/article/doctors-have-long-considered-thymus-expendable-could-removing-it-be-fatal

'Useless' Organ That Doctors Often Remove May Actually Fight Cancer : ScienceAlert
https://www.sciencealert.com/useless-organ-that-doctors-often-remove-may-actually-fight-cancer

胸腺は免疫系に関与する臓器であり、未熟なリンパ球が病原菌を撃退できるT細胞になるまで成熟する場所です。ところが、胸腺は成長すると共に急速に老化して細胞の産生をほぼ停止し、思春期を過ぎると急速に萎縮して脂肪組織に置き換わってしまうとのこと。そのため、成人にとっては有用な臓器だとは考えられておらず、心臓手術の際にスペースを確保するために摘出されることもあります。

ところが近年では、「胸腺は成人後もT細胞全体の多様性に寄与するT細胞を産生し続け、成人の健康に大きな影響を与えているのではないか」という考えが広まりつつあります。そこでハーバード大学医学部のデヴィッド・スキャッデン教授らの研究チームは、マサチューセッツ総合病院で胸部の手術を受けた患者の医療記録を分析する研究を行いました。


対象となった1146人の胸腺摘出患者は、胸腺がんやT細胞による免疫疾患である重症筋無力症の治療などで胸腺摘出手術を受けており、対照群の患者は胸腺を摘出しないその他の胸部手術を受けていました。分析の結果、胸腺を摘出しなかった患者の術後5年間死亡率は2.8%だったのに対し、胸腺摘出手術を受けた患者の死亡率は約3倍の8.1%に上ることが判明しました。

また、胸腺を摘出した患者はがんになるリスクも2倍高く、胸腺のない患者のがんは胸腺を持っている患者のがんよりも攻撃性が高く、再発しやすい傾向がみられました。この傾向はがんや重症筋無力症の病歴がない人だけを対象にした場合でもみられ、胸腺の摘出自体が死亡率増加につながったことが示唆されています。


さらに研究チームは、胸腺の摘出が免疫系にどのような影響を与えるのかを調べるため、胸腺を摘出した22人の患者と胸腺を持っている19人の患者から採取した血漿(けっしょう)を分析しました。すると、胸腺が摘出された患者では新しく異なるタイプのT細胞が産生されていることを示す生物学的マーカーが少なく、T細胞の多様性が減少していることが判明したほか、炎症反応の原因となる炎症誘発性サイトカインが多いこともわかりました。

研究チームは、「これらの知見を総合すると、胸腺が成人期における新しいT細胞の産生に寄与しており、成人の健康維持に貢献していることが支持されます」と述べ、胸腺は成人になってからも重要な役割を持っている可能性が高いと結論付けました。


論文の筆頭著者でマサチューセッツ総合病院の研究者であるKameron Kooshesh氏は、「胸腺摘出手術を受けた患者の死亡率とがんの多さは、私にとって最大の驚きでした」「掘れば掘るほど発見がありました。その結果、胸腺の欠如が免疫機能の基本的な側面に影響を及ぼすことが示唆されました」とコメントしています。

スキャッデン氏は、「胸腺摘出によるリスクの大きさは、私たちが予想もしていないものでした」「胸腺が健康全般に影響を及ぼす主な理由は、がんの発生を防ぐためだと思われます」と述べ、胸腺を摘出する際のリスクにもっと目を向けるべきだと主張しました。

この記事のタイトルとURLをコピーする

・関連記事
肝臓はドナーから患者に受け継がれて100年以上生き続けることができる - GIGAZINE

「未知の臓器」が人間の喉の奥から発見される - GIGAZINE

人体には「進化の過程で役割を失って退化した器官」の名残がいくつも存在する - GIGAZINE

虫垂炎のイメージが根強い「虫垂」の知られざる機能とは? - GIGAZINE

「男の乳首」だけじゃない一見すると無駄な人体の部位10選 - GIGAZINE

細菌やウイルスに対して免疫系はどのように戦っているのか? - GIGAZINE

年を取るにつれガンになる確率が上がるのは免疫系の機能低下が起こるからだとする研究結果 - GIGAZINE

新型コロナやインフルエンザウイルスに感染しても多くの人が生き残る理由とは? - GIGAZINE

in サイエンス, Posted by log1h_ik

You can read the machine translated English article here.