なぜ「悪魔」は「角とひづめ」を持つ存在として描かれるのか?
ファンタジー作品やアニメ・ゲームなどで「悪魔」が登場する際に、しばしば「ヤギなどの角」と「ヤギのようなひづめ」を持った姿で描かれます。このような悪魔の描写がいつ流行して浸透していったのか、またその描写は何が由来なのかについて、歴史家の中でも意見が割れています。
Why does the devil have horns and hooves? | Live Science
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イタリアのメッシーナ大学で中世史教授を務めるマリーナ・モンテサーノ氏は、National Geographicに寄稿した記事の中で、「悪魔の姿は聖書に記載されていません」と述べています。モンテサーノ氏によると、悪魔はエデンの園でイブに知識の実を食べるように唆したヘビと同一視される描写はありますが、角やひづめに関する言及は存在しなかったとのこと。また、中世やルネッサンス期の宗教画において、悪魔が角やひづめを持って描かれるイメージは登場しないそうです。
例えば、イタリアのサンタポリナーレ・ヌオヴォ聖堂にある6世紀のモザイク画では、悪魔であるサタンが「青い天使」の姿で描かれています。また、悪魔と向かい合う聖アウグスティヌスを描いた15世紀の絵画では、悪魔は「コウモリのような翼を持つドラゴンのような生物」として描かれています。
そのため、一部の歴史家は「羊飼いと羊の群れを監視するギリシア神話の神・パーンを、初期のキリスト教の作家たちは『悪魔』と名付けた」と考えています。パーンは「半獣神」とも呼ばれ、四つの足と山羊のような角を持っており、ギリシア神話に登場する半人半獣の精霊・サテュロスと同一視されることもあります。しかし、パーンはギリシアの神々であるパンテオンにおいて重要な存在ではなく、パーンを悪魔と分類するためには、悪魔の最たる存在であるサタンがサテュロスに似ている理由が説明されていません。
また、他の歴史家は、「ヤギと冥界は古くから結び付いている」という点を悪魔がヤギのような特徴を持つ理由と示唆しています。旧約聖書「レビ記」の中で、「ユダヤ人の罪で呪われたヤギが、贖罪(しょくざい)の日であるヨム・キプルに、アザゼルのいる荒野へ追い出される『スケープゴート』という儀式」があり、これが悪魔・アザゼルとヤギとが直接関連付けられた可能性があります。
その他、ヘブライ大学の歴史家であるアレクサンダー・クリク氏は、2013年に発表した研究で「角とひづめを持つ悪魔の描写は初期のユダヤ文学に起源があり、ユダヤ教の時代と紀元前の間にギリシア語で書かれた『バルクの黙示録』に見られます」と主張しました。バルクの黙示録には、バベルの塔の最下層を建設した「驢馬の後ろ足を持った悪魔のような種族」について言及しており、この一節はサテュロスのような悪魔の概念が当時のユダヤ人の思想に存在していたことを示しているとクリク氏は指摘しています。
一方で、ブリストル大学の歴史家であるロナルド・ハットン氏は、角のある悪魔の描写はクリク氏が指摘する時代よりずっと後の、19世紀に始まったものだと示唆しています。ハットン氏によると、パーンと悪魔が関連付けられるようになったのが、ヨーロッパで支配的なキリスト教の信念に新しい異教が挑戦しようとした19世紀ごろのイメージであり、ここからヤギのような角とひづめをもったパーンの見た目が、悪魔の外見として浸透していったとのこと。
ハットン氏は「ヤギの角と足、ヤギひげという現代における悪魔の定番イメージへの移行は19世紀のもので、ますます価値が高まっている『田舎の神』としてのパーンに対する現代の文学的・芸術的崇拝に由来しているようです」と語っています。
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