ヒーリング効果や認知機能を高める効果があるとされる「バイノーラルビート」は実際のところ認知タスクを妨げる可能性がある

左右の耳に微妙に周波数の異なる音を聞かせることで生じる音の「うねり」を用いるバイノーラルビートは、うねりによって生じた低周波の信号が脳波に作用することでヒーリング効果や認知能力を高める効果があると考えられています。しかし、ポーランドのアダム・ミツキェヴィチ大学の研究チームが、バイノーラルビートは実際には認知能力を高めるのではなく、逆に妨げる可能性があることを報告しています。

Reverse effect of home-use binaural beats brain stimulation | Scientific Reports
https://doi.org/10.1038/s41598-023-38313-4

Binaural Beats Could Actually Hinder Learning, Study Warns : ScienceAlert
https://www.sciencealert.com/binaural-beats-could-actually-hinder-learning-study-warns

バイノーラルビートは、例えば、右耳には440Hz、左耳には445Hzと微妙に高さの異なる音を聞かせることで、脳の中で音が合成されて差分の5Hzが生じ、瞑想状態などにみられる「θ(シータ)波」を誘発するといわれています。バイノーラルビートには、リラックス効果やヒーリング効果、認知能力を高める効果などがあるとされています。

ヒーリング効果があるとされる「バイノーラルビート」は実際の脳波にどんな影響を与えているのか？ - GIGAZINE

このような効果があるとされるバイノーラルビートですが、その効果を疑問視する声も多く、アダム・ミツキェヴィチ大学の認知神経科学者であるミハウ・クリシコフスキ氏らの研究チームもその一員です。

研究チームはバイノーラルビートを聴くことが、認知能力を高めるのか、それとも単なるプラセボ効果にすぎないのかについての調査を行いました。

研究チームはポーランドの成人920人を対象に、抽象的推論や能動的な集中力、ワーキングメモリーを測定する一連の調査をオンラインで行いました。

実験の際に対象者には、40分から1時間で実行可能な2つの知能テストのうち1つがランダムで割り当てられ、ヘッドホンを装着したままテストを受けることが求められました。ヘッドホンからは「バイノーラルビート」「クラシック音楽」「単一音」「全くの無音」の4条件で再生されました。同様に、一部の対象者には、集中力や記憶力、学習力を高めると考えられている15Hzのバイノーラルビートと、θ波が誘発され、ヒーリング効果を高めると考えられている5Hzのバイノーラルビートという、2種類の音声がそれぞれ再生されました。

さらに研究チームは、バイノーラルビートのプラセボ効果を確かめるために、対象者に対して「バイノーラルビートは脳機能を高める効果がある」「バイノーラルビートには脳機能の効果を高める効果はない」「バイノーラルビートについての説明なし」のうち1つを提示。

調査の結果、バイノーラルビートの周波数や対象者への説明の違いにかかわらず、テスト結果はすべて同様の結果を示しました。バイノーラルビートにはプラセボ効果も含めて、脳機能を刺激する効果はないどころか、認知タスクを妨げていることが判明。一方で、クラシック音楽や単一音など、他の音響刺激は対象者のパフォーマンスにほぼ影響を及ぼさなかったことが報告されています。

以下のグラフはバイノーラルビートを含めた、タスク遂行中に音声を聴いた際のテスト結果です。5Hz、15Hzのバイノーラルビートともに、テストのスコアを悪化させていることが確認できます。

クリシコフスキ氏はバイノーラルビートが認知機能を高める効果を生み出さなかった要因について「バイノーラルビートが何らかの形で脳波に干渉し、脳波の周波数を下げることで、脳活動が与えられたタスクとミスマッチを引き起こした可能性があります」と指摘しています。一例として、発生したθ波による眠気が集中をそいだ可能性が指摘されています。

また、クリシコフスキ氏は「特定の脳波の周波数を調整しようとすると、認知タスクを効果的に実行するために、幅広い周波数が関与する脳の正常なプロセスをバイノーラルビートが妨害する可能性があります」と推測しています。

研究チームは今後、学習を行うセッションにおいて、バイノーラルビートを聴いている対象者の脳波パターンを記録することを検討しています。今後の研究次第では、バイノーラルビートが認知プロセスに及ぼす影響について新たな発見が見つかる可能性があると考えられています。