サイエンス

患部に薬剤を投与したり炎症を感知したりできる「スマート縫合糸」が開発される


古代ローマで開発された牛や羊の腸から作られる天然素材の糸「カットグット」は、「手術の際の縫合糸として用いると吸収され、抜糸の必要がない」という特徴を有することから、合成縫合糸が主流となった現代の医療分野でも一部で使用されています。そんなカットグットに触発されて、薬剤の投与や炎症を感知するセンサーを持った細胞を埋め込むことができる「スマート縫合糸」をマサチューセッツ工科大学の研究チームが開発しました。

A multifunctional decellularized gut suture platform: Matter
https://doi.org/10.1016/j.matt.2023.04.015


"Smart" Sutures Could Aid Drug Delivery and Surgical Healing | Technology Networks
https://www.technologynetworks.com/biopharma/news/smart-sutures-could-aid-drug-delivery-and-surgical-healing-373393


Engineers design sutures that can deliver drugs or sense inflammation | MIT News | Massachusetts Institute of Technology
https://news.mit.edu/2023/engineers-design-sutures-drug-delivery-inflammation-0516

古代ローマで開発されたカットグットは草食動物の腸から作られていましたが、現代で使用されるカットグットは一般的に牛や羊、ヤギ由来の生成コラーゲンから製造されています。マサチューセッツ工科大学の研究チームは現代のカットグットを改良し、消化管の縫合に使えて丈夫で吸水性があるだけでなく、炎症の完治や薬剤の投与などの高度な機能を備えた「スマート縫合糸」の開発に着手しました。


研究チームは、小腸や大腸などの消化管に炎症が生じる「クローン病」の手術後の経過を改善する高度な縫合糸の開発を目標に設定。特に、「切除した腸を縫合した際に所定の位置に保持する」「正常に治癒が進まず炎症が発生した場合に検知する」という2つの機能に焦点が当てられました。

研究チームはブタの組織を処理して細胞を取り除いた「De-gut」と呼ばれる材料から縫合糸の開発を進めました。研究チームによると、「De-gut」に乾燥やねじりを加えて形成した縫合糸は従来の標準的なカットグットに匹敵する強度があるとのこと。また、「De-gut」は組織からブタの細胞を除去しているため、患者の消化管に存在する免疫細胞が縫合糸を異物と認識して攻撃する「拒絶反応」の発生リスクが低減されています。


縫合糸の強度や拒絶反応の問題をクリアした研究チームは次に、縫合糸に高度な機能を持たせることを目指し、消化管での炎症の感知や薬剤分子の送達、生きた細胞の運搬などが可能な微粒子を埋め込んだヒドロゲルのコーティングを縫合糸に施しました。

炎症に関連する酵素である「マトリックスメタロプロテアーゼ(MMP)」をヒドロゲルに埋め込むことで、MMPが放出したペプチドが患者の尿から検出された場合、「縫合部位で炎症が発生している」と判断できます。

またヒドロゲルに抗炎症薬デキサメタゾンアダリムマブをコーティングすることで、速度を制御しつつ患部となる消化管に薬剤を投与することが可能です。


研究チームは開発したスマート縫合糸に「蛍光マーカーでタグ付けした幹細胞」を埋め込み、マウスへの移植実験を実施。その結果、幹細胞は少なくとも7日間以上生存し、血球の成長を促進する成長因子である血管内皮細胞増殖因子(VEGF)を産生することができました。この実験結果から、スマート縫合糸は薬物療法だけでなく、幹細胞治療などの細胞療法にも利用できる可能性が示唆されています。

研究チームのジョヴァンニ・トラヴェルソ氏は「私たちが開発した縫合糸は、センサーを搭載して消化管で発生した炎症の感知や治療を行うことができるハイドロゲルコーティングで覆われた縫合糸です。驚くべきことに、このコーティングを行った縫合糸では、長期間細胞を生存させる能力も持っています」と述べています。

研究チームは今回開発したスマート縫合糸のさらなるテストを行い、大量生産プロセスの構築に取り組んでいます。また、今回の開発目標であった消化管以外の部位でもこの縫合糸を用いることができる可能性や、抗生物質や化学療法など、他の種類の薬剤の投与にも応用できる可能性も調査されています。ライス大学のバイオエンジニアであるオミド・ヴェイセ准教授は「研究チームによって開発されたスマート縫合糸は、低分子や生物製剤を含む幅広い治療法に応用できる可能性があります。研究チームはこの縫合糸の多様性を実証する素晴らしい研究を行いました」と称賛しています。

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in サイエンス, Posted by log1r_ut

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