「宿主の寿命を数倍以上に延ばす寄生虫」はどのようにしてアリの寿命を操っているのか?
by Herman
西ヨーロッパに生息するムネボソアリ属のTemnothorax nylanderiというアリは、サナダムシの一種であるAnomotaenia brevisという寄生虫に感染すると働きアリとしての仕事を辞めてしまい、その他の働きアリと比較して寿命が数倍以上に延びることが知られています。ドイツの研究チームが、そんな「宿主の寿命を延ばす寄生虫」がどのようにアリの寿命を操っているのかについての新たな論文を、生物学系プレプリントサーバーのbioRxivに投稿しました。
Long live the host! Proteomic analysis reveals possible strategies for parasitic manipulation of its social host | bioRxiv
https://doi.org/10.1101/2022.12.23.521666
There's a Parasite That Triples Ants' Lifespans... And It Actually Sounds Pretty Great : ScienceAlert
https://www.sciencealert.com/theres-a-parasite-that-triples-ants-lifespans-and-it-actually-sounds-pretty-great
Anomotaenia brevisというサナダムシはキツツキを終宿主とする寄生虫であり、サナダムシの卵を含んだキツツキのフンを食べたアリを中間宿主としています。ムネボソアリは女王アリを頂点とするコロニーを形成して暮らしており、働きアリは女王アリの世話をして一生を終えますが、サナダムシに寄生された働きアリは仕事を辞めてほとんどコロニーを離れなくなってしまうとのこと。
寄生されたアリは働かないだけでなく、まるで女王アリのように他の働きアリに世話をしてもらうようになります。3年にわたりコロニーを観察し続けた研究では、他の働きアリが通常数カ月で死んでしまうのに対し、サナダムシに寄生されたアリは半数以上が3年以上も生き続けたことがわかりました。「サナダムシに寄生されたアリの寿命が延びる」という研究結果については、以下の記事を読むとよくわかります。
なんと「宿主の寿命を伸ばす寄生虫」が存在する、その異様な寄生とは? - GIGAZINE
ドイツ・マインツ大学の生物学教授であるスザンネ・フォイツィク氏らの研究チームは、サナダムシがアリの寿命を延ばしているメカニズムを調べるためにアリの血リンパを分析しました。血管系が閉じていない解放血管系を持つ軟体動物や節足動物では、血液・リンパ液・組織液の区別がないため、これらの体液がまとめて血リンパと呼ばれています。
分析の結果、サナダムシに寄生されたアリの血リンパには、「サナダムシ由来のタンパク質」が多く含まれていることが判明しました。サナダムシ由来のタンパク質には、アリの見た目を若々しく保つのに役立っていると思われる2つの抗酸化物質が含まれていましたが、役割や種類が特定できないタンパク質も多かったそうです。
また、サナダムシに寄生されたアリでは、アリ自体によって産生される「vitellogenin-like A」というタンパク質の量も多いことがわかりました。vitellogenin-like Aはアリの社会における分業と生殖に関連しているため、寄生されたアリの体内でこのタンパク質の量が増えることで他の働きアリをだまし、女王アリのように世話をさせていると研究チームは考えています。
サナダムシがvitellogenin-like Aの遺伝子発現を積極的に操作しているのか、それとも寄生による偶発的な作用でvitellogenin-like Aの産生量が増えているのかは不明です。フォイツィク氏は、「社会性昆虫のカーストは通常、遺伝子の違いではなく遺伝子発現の差によって制御されています。そのため、既存の制御経路を乗っ取って個体をより女王らしく見せることは、寄生虫にとってエレガントな戦略かもしれません」と述べました。
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