サイエンス

「働きアリが跡目争いに勝利して女王アリになると寿命が5倍に延びる」という不思議なアリの謎が明らかに

by L. Shyamal

多くのアリでは生まれた時点で女王アリと働きアリが分かれていますが、インドに生息するHarpengathos saltator(インドクワガタアリ)という種は「先代の女王アリが死ぬと働きアリ同士で抗争が勃発し、勝利した個体が女王アリになる」という習性を持っています。こうして女王アリに就任した個体は、もともとは働きアリであったにもかかわらずその他の働きアリの5倍も長生きするとのことで、「女王アリになると寿命が延びる理由」についてニューヨーク大学の研究チームが報告しています。

Insulin signaling in the long-lived reproductive caste of ants | Science
https://doi.org/10.1126/science.abm8767


Anti-insulin protein linked to longevity and | EurekAlert!
https://www.eurekalert.org/news-releases/962705

These ant queens live 500% longer than workers. Now we know why. | Live Science
https://www.livescience.com/secret-to-pseudoqueen-ant-longevity

インドクワガタアリのコロニーでは、先代の女王アリが死ぬと働きアリたち同士で最長40日にも及ぶ激しい争いが勃発し、勝者となった個体が次期女王アリに昇格します。一般的な働きアリは約8カ月ほどの寿命ですが、働きアリから女王アリに昇格した「gamergates(ゲーマーゲート、代理女王)」の寿命は約3年3カ月ほどだとのことで、実に500%近くも寿命が延びるそうです。


代理女王はたくさんの卵を出産するために大量の食物を消費しなければならないため、細胞がエネルギーとなる糖を取り込むのをサポートするインスリンの分泌量が増えます。しかし、インスリンが引き起こす連鎖反応の中には老化プロセスに寄与するものがあり、インスリン分泌量の増加は老化を加速させることが知られているとのこと。たとえば、インスリンによって活性化されるAktシグナル伝達経路は多くの細胞機能に関連すると共に、加齢や加齢性疾患にも結びついています。

そのため、働きアリが代理女王に就任するとインスリン分泌量が増加し、理論的には老化が加速して通常の働きアリより早く死ぬはずです。ところが、現実には代理女王の寿命は働きアリより500%も長く、存在するはずのトレードオフが無視されているとのことで、ニューヨーク大学の生物学者であるClaude Desplan氏は「これらのアリでは正反対のことが起きています」と述べています。また、代理女王がすでに女王が存在する別のコロニーに移されると、今度は女王アリから働きアリに降格し、寿命も通常の働きアリと同様になるとのこと。

「一体なぜ、インドクワガタアリの女王アリ(代理女王)はインスリン分泌量の増加にもかかわらず長寿を達成できるのか?」という疑問を解明するため、Desplan氏らの研究チームはインドクワガタアリの働きアリ・代理女王・元代理女王(代理女王から働きアリに降格した個体)の脳や卵巣、脂肪などの組織を採取して分析を行いました。分析にはRNAシーケンシングを利用し、各組織でどのようなタンパク質が作られているのかを調べたそうです。

by Bert Hölldobler

分析の結果、代理女王の脳内では働きアリや元代理女王と比較してはるかに多くのインスリンが産生され、卵黄の前駆体であるビテロゲニンと脂肪が活発に産生され始めていることが判明。これらの物質は卵子の生産を加速させるために卵巣へ運ばれるほか、一部の脂肪は女王アリと代理女王のみが分泌するフェロモン産生にも使われていました。このフェロモンが巣の中から消えると、働きアリが次期女王アリの座を巡って戦うとのこと。

さらに、代理女王がより多くのインスリンを分泌するようになると、MAPKシグナル伝達経路というプロセスを通じて卵巣の成長が促されます。同時に卵巣は「Imp-L2」というタンパク質を作り始め、これが老化を加速させるAktシグナル伝達経路を遮断することが判明しました。

論文の上級著者であるDanny Reinberg氏は、「2つの主要なインスリンシグナル伝達経路(MAPKシグナル伝達経路とAktシグナル伝達経路)は、生殖能力と寿命を差動的に調節しているように見えます。一方ではシグナル増加によって代理女王の生殖を助け、他方でシグナルが減少して長寿をもたらします」と述べています。

研究チームは今後、Imp-L2が老化関連のプロセスのみをブロックし、生殖関連の経路をブロックしない方法について調べる予定です。また、ショウジョウバエを含むその他の昆虫や哺乳類においても、インスリン遮断タンパク質の影響を調べるとしていますが、Desplan氏は「何が起きているのか正確にはわかりません」「ハエとアリは似ていません」と述べ、Imp-L2の老化を防ぐ利点が他の動物にも引き継がれるかどうかは予測しにくいと指摘しました。

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in サイエンス,   生き物, Posted by log1h_ik

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