「まだ母親の子宮の中にいる胎児」に脳の外科手術を行うことに世界で初めて成功
アメリカのボストン小児病院とブリガム・アンド・ウィメンズ病院の医師が、「母親の子宮内にいる胎児」に脳血管の外科手術を行うことに世界で初めて成功しました。過去にも、子宮内の胎児に心臓手術を行った事例などは報告されていますが、脳の外科手術を行って成功した事例は今回が初だとのことです。
Transuterine Ultrasound-Guided Fetal Embolization of Vein of Galen Malformation, Eliminating Postnatal Pathophysiology | Stroke
https://doi.org/10.1161/STROKEAHA.123.043421
In first in-utero brain surgery, doctors eliminated symptoms of dangerous condition | American Heart Association
https://newsroom.heart.org/news/in-first-in-utero-brain-surgery-doctors-eliminated-symptoms-of-dangerous-condition
Doctors perform 1st-of-its-kind brain surgery on a fetus in the womb | Live Science
https://www.livescience.com/health/fertility-pregnancy-birth/doctors-perform-1st-of-its-kind-brain-surgery-on-a-fetus-in-the-womb
Doctors performed brain surgery on a baby before she was born and now she's thriving | CNN
https://edition.cnn.com/2023/05/04/health/brain-surgery-in-utero/index.html
2022年、アメリカのルイジアナ州に住むケニヤッタ・コールマンさんは、夫であるデレクさんとの間に4人目の子どもを身ごもりました。すでにケニヤッタさんは妊娠に慣れていたこともあり、事前の遺伝子検査でも「低リスク」との結果が出ていましたが、2023年2月に行われた妊娠30週目の超音波検査で胎児に問題が発覚しました。
ケニヤッタさんは、「医師は赤ちゃんの脳が何かおかしいこと、そして心臓が肥大していることを教えてくれました」と語っています。さらなる検査の結果、赤ちゃんの脳にはガレン大静脈瘤という血管の問題があると判明したとのこと。
ガレン大静脈瘤は、脳から心臓に血液を送る静脈が正常に発達せず、動脈から高圧の血流が静脈に流れ込んでしまう病変です。高圧の血液が静脈と心臓に負荷を与えることによって、うっ血性心不全や肺高血圧症、脳組織の損傷や喪失、水頭症といった問題を引き起こすことがあります。
アメリカ心臓協会によると、ガレン大静脈瘤は最も一般的な先天性脳血管奇形であり、6万人に1人の割合で発生すると推定されているとのこと。治療法としては、赤ちゃんの出生後にカテーテル治療を行い、問題のある血管に小さな金属製のコイルを挿入して動脈と静脈の接続を遮断する手法があります。しかし、これで心不全の状態が逆転するとは限らず、出生の時点で重度の脳損傷が発生している可能性もあるそうです。
ボストン小児病院の放射線科医であり、ガレン大静脈瘤治療の専門家でもあるダレン・オーバック氏はCNNに対し、「この症状を持っている赤ちゃんの50~60%はすぐに重症化し、そうなった場合の死亡率は約40%です」とコメントしています。さらに、生き残った乳児の約半数も、深刻な神経学的・認知的問題を経験しているとのこと。
そこでボストン小児病院とブリガム・アンド・ウィメンズ病院は、新たに「子宮の中にいる胎児にガレン大静脈瘤の手術を行う」という臨床試験を実施しました。ケニヤッタさんもこの臨床試験に参加することを決め、超音波検査から1カ月後の3月15日に手術を受けました。
今回の臨床試験で行われた手術は、過去に子宮内の胎児に心臓手術を行った時の技術を使用したものです。医師らは胎児が最適な位置になったことを確認した後、胎児が動かないように少量の薬や鎮痛剤を注入しました。そして、母親の腹部を通してカテーテルを挿入し、血圧を下げるために小さな金属製コイルを血管に配置したとのこと。
手術の結果、すぐに胎児のスキャンで重要な部分の血圧が低下したことが確認されました。また、手術後にケニヤッタさんの子宮から羊水が少しずつ漏れ出したため、手術から2日後の3月17日に、妊娠34週でケニヤッタさんは娘のデンバー・コールマンさんを出産しました。
出生後のデンバーさんとコールマン夫妻の様子は、以下の動画で確認できます。
Boston doctors perform groundbreaking brain surgery on baby still in womb - YouTube
左に立っているのがデレクさんとケニヤッタさんの夫妻で、右に立っている医師が抱えているのが、子宮内で脳血管の手術を受けてから生まれたデンバーさんです。
デンバーさんは早産ではあったものの、生まれた後の状態は安定していました。新生児治療室で数週間にわたり経過観察が行われた後、デンバーさんは夫妻と共に自宅へ帰ったとのこと。ブリガム・アンド・ウィメンズ病院のルイーズ・ウィルキンス・ハウグ医師は、「出生直後は非常に安定しており、コイルを配置したり薬剤で心機能をサポートしたりする一般的な治療は必要ありませんでした」と述べています。
デンバーさんは生まれてから約2カ月が経過しても元気であり、心不全の薬を服用することもなく、神経学的検査にも異常は見られないとのこと。ケニヤッタさんは、レポーターの「赤ちゃんの目を見てどう思いましたか?」という質問に対し、「あなたは奇跡よ!」と思ったと答えました。
オーバック氏は、「最初の治療例では、一般的なガレン大静脈瘤を持つ赤ちゃんの出生後に見られる、激しい衰弱が見られないことに感動しました」「6週間が経過した時点でも、家に戻って薬も飲まず、普通に食事をして体重を増やしていることを報告できて喜ばしいです」「脳への悪影響の兆候はありません」と語りました。
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