空気中の水素を直接電気に変換できる酵素をバクテリアから分離することに成功、小型で持続可能な発電装置の実現につながる可能性
地球の土壌に生息する一部の細菌は他に栄養源がない時、空気に含まれている微量の水素を分解し、電子をエネルギーとして取り出しています。オーストラリア・モナシュ大学の生物医学研究者であるRhys Grinter氏らの研究チームは、水素を分解する酵素を細菌から分離し、実際に空気中の水素を直接電流に変換することに成功したと報告しました。
Structural basis for bacterial energy extraction from atmospheric hydrogen | Nature
https://doi.org/10.1038/s41586-023-05781-7
Electricity from thin air: an enzyme from bacteria can extract energy from hydrogen in the atmosphere
https://theconversation.com/electricity-from-thin-air-an-enzyme-from-bacteria-can-extract-energy-from-hydrogen-in-the-atmosphere-200432
土壌細菌の中には水素をエネルギー源として利用できる種類が存在しており、驚くべきことに細菌は年間7000万トンもの水素を空気中から除去しているそうです。Grinter氏らの研究チームは、放線菌の一種であるMycobacterium smegmatis(スメグマ菌)の遺伝子を解析し、水素を分解してエネルギー源に変換する酵素であるヒドロゲナーゼを分離する研究を行いました。
水素(水素分子)は正の電荷を持った2個の陽子が2個の電子によって結合されており、研究チームが「Huc」と命名したスメグマ菌のヒドロゲナーゼは、この結合を切断して2個の陽子を分離することで電子を放出させます。水素の分解によって放出された自由電子は細菌の電子伝達系に流れ込み、細胞にエネルギーを提供するために利用されるとのこと。電流は自由電子の移動によって作られるため、Grinter氏は「これはHucが水素を直接電流に変換していることを意味します」と述べています。
しかし、大気中に占める水素の割合はわずか0.00005%に過ぎず、これほどの低濃度で存在する水素を消費することは、既知の触媒では困難だったとのこと。さらに、大気中に豊富に存在する酸素も、水素を消費する多くの触媒の活性を邪魔してしまうそうです。
Hucがどのようにしてこの課題を解決しているのかを調べるため、まずGrinter氏らの研究チームはスメグマ菌の遺伝子を改変してHucに特定の化学配列を追加し、スメグマ菌からHucを分離する作業に取り組みました。数年間にわたり実験を繰り返し、ついに研究チームはセ氏-80度~80度の範囲で安定した活性を持つ高品質なHucサンプルを分離することに成功しました。
分離したHucを使って実験したところ、Hucはスメグマ菌から分離された状態でも大気に含まれる微量水素を直接電流に変換し、電気回路に電力を供給できることが確認されました。研究チームは、「実際にHucは、ガス濃度を測定する高感度装置であるガスクロマトグラフ質量分析計で検出できないほど微量の水素を消費していました」「また、Hucは酸素にまったく阻害されないという、他の水素消費型触媒にはない特性も発見されました」「これは水素を消費する触媒として前例のない驚くべき成果です」と述べています。
以下の画像は、研究チームが低温電子顕微鏡法と分光法で特定したHucの原子構造モデルです。
by Rhys Grinter
研究チームは、Hucが天然の大気や水素燃料から持続的に電流を生成する「天然電池」のように機能し、太陽光発電の代替として小型かつ持続可能な空気発電装置の開発につながる可能性を秘めていると主張しています。
Hucを使用した「天然電池」は、空気中の水素から生成できるエネルギー量は決して多くはないものの、生体認証モニターや時計、LED、単純なコンピューターに十分な電力を供給できる可能性があります。また、人工的に製造した水素燃料を供給すれば、より大きなデバイスに電力を供給可能になるかもしれないとのこと。別のアプリケーションとしては、大気中に含まれる微量の水素から電流を生成できるHucの特性を生かし、非常に高精度な生体水素検出センサーとしての応用も見込まれています。
なお、記事作成時点ではまだ研究の初期段階であり、実用化にはHucの生産規模を現状のミリグラム単位からキログラム単位へとスケールアップするなど、いくつかの技術的課題を克服する必要があるとのことです。
研究チームは、「つまりこの研究は、土壌中のバクテリアがどのように自らを養うのかという基礎的な発見が、生命の化学を再考することにつながることを示しています。そして最終的には、未来に向けた技術開発につながるかもしれないのです」と述べました。
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