サイエンス

ロシアによるウクライナ侵攻が宇宙開発に与える影響とは?

by NASA's Marshall Space Flight Center

2022年2月24日から続くロシアのウクライナ侵攻は大地の上で生じている問題ですが、その余波が宇宙にまで波及する見込みです。ウクライナ侵攻が世界中の宇宙開発に与える影響について、IT系ニュースサイトのArs Technicaが解説しています。

The Russian invasion of Ukraine will have myriad impacts on spaceflight | Ars Technica
https://arstechnica.com/science/2022/02/the-russian-invasion-of-ukraine-will-have-myriad-impacts-on-spaceflight/

◆国際宇宙ステーション
Ars Technicaが「最も顕著な宇宙問題」と評しているのが、15カ国が協力して運営している国際宇宙ステーション(ISS)の問題です。国際宇宙ステーションの運営を手がける15カ国の中でも、姿勢制御に用いられるジャイロスコープや電力の大部分をまかなう太陽光発電パネルの運用を担当するアメリカと、高度を維持するためのスラスターと燃料を担当するロシアの2国は、ISS運営に不可欠な立場にありました。

しかし、今回のウクライナ侵攻を受けて状況が一転し、アメリカはロシアに対する経済制裁を開始。バイデン大統領は「同盟国とともにロシアのハイテク輸入の50%以上を断ち、ロシア軍の近代化継続能力に打撃を与える」「宇宙開発を含む航空宇宙産業を衰退させる」と発言しました。

米欧日、ハイテク規制で結束 対ロ制裁で「輸入半減」:時事ドットコム
https://www.jiji.com/jc/article?k=2022022500586

これに対してロシア宇宙機関のトップにあたるドミトリー・ロゴジン総裁は「ISSの落下を誰が防ぐのか」と警告を発し、NASAも「新たな輸出規制によっても、民生分野における宇宙での米ロ連携は継続可能だ」と応じましたが、今後の展開次第でアメリカ議会がISS運営からロシアを排斥するよう動き出す可能性も存在します。

実際に、共和党に所属するダン・クレイショー下院議員は「ISSの運営からロシア人をたたき出してウクライナ人を入れる時が来た」と述べ、ロシアの後釜としてイーロン・マスク氏が運営する民間宇宙企業のSpaceXを検討すると発言しており……


文脈的には異なりますが、イーロン・マスク氏自身もロゴジン総裁の「ISSの落下を誰が防ぐのか」発言にSpaceXのロゴ画像で応じるなど、やる気十分の姿勢を見せています。


これについてArs Technicaは「ロシアとアメリカが直接的に交戦しない限りはISSでの協力関係は最大で2030年まで続くというのが最も可能性の高い筋書きだが、いずれにせよ過去12カ月の政治的緊張を考えると、それ以降は関係が途絶するだろう」と分析しています。

◆ロケットエンジン
ロシアとウクライナはロケットエンジンにおいて高いシェアを誇っており、アメリカの国防衛星でさえSpaceX製の打ち上げロケット・ファルコン9の登場以前はロシア製のロケットエンジン・RD-180を搭載した打ち上げロケット・アトラスVを使ったものがほとんどでした。


アトラスVを製造するユナイテッド・ローンチ・アライアンスは2014年のクリミア危機によってRD-180の新規納入を取りやめるように議会から命令を受けており、「戦争がロケット開発に影響を及ぼす」という事態を招きました。そして、このような事態は今回のウクライナ侵攻においても現実のものになりつつあります。

2022年2月28日時点では「未確認情報」という扱いですが、ISSの補給にも用いられたアンタレスロケットの1段目を製造していたウクライナのユージュノエ設計局ユージュマシュが完全に破壊された可能性があるとのこと。アンタレスロケットを組み立てているアメリカのノースロップ・グラマンは2022年2月27日のシグナス補給船運用17号機打ち上げミッションに際して、今後予定されている2022年8月と2023年4月のミッションに必要なアンタレス用コンポーネントは確保していると発表していますが、NASAはシグナス補給船打ち上げミッションの頻度を増加させるという意向を示しており、ユージュノエ設計局とユージュマシュの大破という情報が正しければ、アンタレスロケットのエンジンを新たに調達せざるを得ない事態に陥ります。

そのほか、欧州宇宙機関の低軌道用人工衛星打ち上げロケット・ヴェガと、その改良版のヴェガCもユージュマシュが製造するロケットエンジン・RD-843を採用していることから、影響はアメリカのみにとどまらない見通しです。

◆測位システム「ガリレオ」
人工衛星から発射される信号を用いて位置測定・航法・時刻配信を行う「全球測位衛星システム(GNSS)」はGPSが代表的ですが、あくまでGPSはアメリカ国防総省が運営しているシステムです。GPSは航法システムの代名詞ともいえる地位を占めていますが、そのGPS脱却を図るために、ヨーロッパの民間企業が主体となって構築したのが「ガリレオ」です。

2016年から運用を開始したガリレオは2022年2月時点で20基超の衛星が軌道上に存在しており、2022年4月6日にもフランス領ギアナから新たに2基が打ち上げられる予定。しかし、この4月6日のミッションに用いられる衛星はソユーズロケットで打ち上げられるとのことで、「NATO加盟国からロシア製ロケットで人工衛星を打ち上げ」という事情が世評に与える影響を鑑み、打ち上げが取りやめられる可能性も考えられる上に、仮に今回打ち上げに至ったとしても「ガリレオ用の人工衛星にソユーズロケットを使う」というのは長くは続かないだろうという見通しです。

◆火星探査計画「エクソマーズ」
ヨーロッパが20年以上にわたって推し進めてきた火星探査計画が「エクソマーズ」です。エクソマーズは欧州宇宙機関とNASAが主導してきた計画ですが、2012年に予算上の都合でNASAが脱退。NASAの後釜に座ったロシア連邦宇宙局の協力によって、2022年9月に火星探査車「ロザリンド・フランクリン」を送り出し、着陸に失敗した「スキアパレッリ」の雪辱を果たし、ヨーロッパ初となる火星探査を行う見通しでした。

By THE EUROPEAN SPACE AGENCY

いうまでもなく今回のウクライナ侵攻によってエクソマーズは影響を受ける見通しで、仮にエクソマーズにロシア製以外の打ち上げロケットを使った場合は、2年の遅延にくわえて数億ユーロ(数百億円)の損害が出るとのことです。

◆衛星通信「ワンウェブ」
ソフトバンクグループが19億ドル(約2200億円)出資して一時は株式の50%超を保有していた衛星通信企業が「ワンウェブ」です。ワンウェブは資金調達の失敗による2020年3月に連邦倒産法に基づいて会社更生手続きを申請しましたが、インドのコングロマリッド・Bharti Globalとイギリス政府が主導するコンソーシアムに買い取られて事業を継続しています。

そんなワンウェブは、全世界をカバーするために必要な人工衛星648基のうち約3分の2をすでに宇宙に送り込みましたが、これから3分の1を打ち上げるという状況。そしてこの3分の1は、ソユーズロケットによって打ち上げられる予定です。

◆サプライチェーン
宇宙船はアルミニウム合金が主に材料として用いられていますが、アルミニウムはロシアが世界第2位の生産国です。バイデン政権はロシアに対して厳しい制裁措置を発表しており、2022年2月時点ではその中にアルミニウムを供給しているロシア企業は含まれていませんが、今後の制裁強化によってこの種の産業が標的にされる可能性は十分あるとのこと。この種の産業はすでに新型コロナウイルスの世界的流行によって多大な影響を受けてきたため、もし制裁対象となったならばダメ押しになり得るとArs Technicaは解説しています。

なお、Ars Technicaは「ウクライナ侵攻によって政治情勢はダイナミックに変遷を遂げているため、宇宙開発が受ける影響は今後の状況次第で急変する可能性がある」と断っています。

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in サイエンス, Posted by darkhorse_log

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