サイエンス

本当は仕事を辞めたいのに経済的理由で退職できない高齢者はメンタルヘルスや健康状態が悪化する


「定年を迎えたら退職してのんびり暮らしたい」と思っている人は多いかもしれませんが、中には年金が少なかったり借金があったりして、定年後も働き続けなくてはいけないという人もいます。新たな研究では、仕事を辞めたいのに経済的理由で退職できない高齢者は、メンタルヘルスや健康状態が悪化することが示されました。

Working out of necessity: how job lock shapes health for older workers | The Gerontologist | Oxford Academic
https://academic.oup.com/gerontologist/article/66/9/gnag159/8739924

When retirement feels out of reach: The health toll of working out of necessity
https://www.scienceofmoney.org/when-retirement-feels-out-of-reach-the-health-toll-of-working-out-of-necessity-984/

少子高齢化が進行している日本では多くの企業で定年年齢が引き上げられており、65歳を超えて働き続ける人も増えています。もちろん、仕事にやりがいがあったり仕事が好きだったりして、自分の意思で定年後も働くケースもあります。しかし中には、「貯金がなかったり年金支給額が少なかったりするせいで、定年後も働かざるを得ない」という人もいます。

アメリカでも高齢者の労働人口は増えており、60歳以上の就業者の割合は2000年から2020年にかけてほぼ倍増したとのこと。経済政策の現場では、高齢者の労働参加率の向上は好ましい兆候として捉えられることが多いものの、より長く働き続けることが高齢者にとって本当に有益なのかは不確かです。


そこでハーバード大学とシカゴ大学の研究者らは、「本当は仕事を辞めたいのに経済的プレッシャーや健康保険の都合で退職できない」という状態が、長期的な身体的健康やメンタルヘルスに及ぼす影響について調査しました。

研究チームは、高齢のアメリカ人を対象とした全国調査・Health and Retirement Study(健康と退職についての研究)のデータを利用しました。対象となったのは、2008年または2010年に心理社会的質問票に回答し、その後6年間にわたって追跡調査を受けた50歳以上の労働者5217人です。

被験者らは「あなたは今、仕事を完全に辞めたいと思っているものの、お金/健康保険が必要だからという理由で働き続けるつもりですか?」という質問に回答。お金か健康保険、いずれかの問いに対して「はい」と答えた場合、その人は「仕事に縛られている」状態だと判断されました。


注目するべき結果として、労働者の77%が質問に対して「はい」と回答しており、仕事に縛られている状態であることがわかりました。仕事に縛られている労働者には「比較的年齢が若い」「女性が多い」「ヒスパニック系または黒人である可能性が高い」「世帯収入が低い」「資産が少ない」といった傾向がみられました。また、ベースラインの時点で健康状態が悪く、追跡調査の時点でも就労を続けている可能性が高かったと報告されています。

そして研究チームは、6年間の追跡調査中に収集された自己評価による健康状態や慢性疾患の診断、メンタルヘルスの症状や診断などを分析しました。すると、仕事に縛られている人はそうでない人と比べて自己評価による健康状態を「普通」または「悪い」と回答する確率が約47%高いことが判明。抑うつ症状が悪化する確率が50%、精神疾患の診断を受ける確率が34%、過体重または肥満となる確率が約22~29%高いことも明らかになりました。これらの関連性は、人口統計学的要因や経済状況、健康に関する行動を調整した後も維持されました。

さらに、分析対象をアメリカの社会保障給付が受けられる62歳以上の年齢に絞り込んだところ、仕事に縛られている人は心臓病のリスクが約25%高いという傾向がありました。これは、「62歳を超えると普通は定年退職するのに自分はできていない」という状況が、強力なストレス源となっている可能性を示唆しています。

追跡期間の6年間を通じて仕事を続けていた2500人のうち、仕事に縛られている人を自分の意思で働き続けた人と比べると、抑うつ症状が悪化する確率が約3倍、精神疾患の診断を受ける確率が約2倍、自己評価による健康状態を「普通」または「悪い」と回答する確率が約2倍高くなりました。

被験者が仕事を続ける理由について見てみると、「お金の問題」と「健康保険の問題」の両方が一貫してメンタルヘルスの悪化、自己評価による健康状態の悪化、そして体重の増加と関連していました。しかし、健康保険の問題は特異的に心臓病や糖尿病のリスク上昇と関連していることも判明。研究チームはこの結果について、慢性疾患を抱える労働者は雇用主が提供する健康保険に頼っており、そのせいで仕事に縛られてしまい、結果として健康を害している可能性があると指摘しました。


今回の研究では、調査時点で就業中の人のみが対象になったため、不安定な雇用状況にある人や健康上の理由で退職済みの人は反映されていません。また、健康状態については自己申告に基づいていた点や、観察研究であるため「仕事を辞められないこと」と健康状態の因果関係を証明したわけではない点に注意が必要です。

研究チームは今回の研究結果に基づき、高齢者の所得保障や社会保険の強化、手頃な価格の非雇用者向けの医療保険へのアクセス拡大、職場での配慮や賃金上昇などの構造的な対応策を提案しています。心理学系メディアのPsyPostは、「研究者たちは雇用に縛られることを個人の欠点ではなく、基本的な経済的安定が継続的な労働参加に強く結びつき、時には健康に深刻な悪影響を及ぼすシステムの結果として捉えています」と述べました。

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in サイエンス, Posted by log1h_ik

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