サイエンス

多くの人が誤解している「脳に関する3つの科学的神話」とは?


21世紀は自動運転車の登場や火星探査の進展、新たな伝染病に対する迅速なワクチン開発など、多くの科学分野で目覚ましい進歩が見られた一方、依然として「時代遅れの科学的神話」も残っているとのこと。そこで、多くの人々が抱いている「脳に関する3つの科学的神話」について、「バレット博士の脳科学教室 7 1/2章」などの著作で知られるノースイースタン大学の心理学教授、リサ・フェルドマン・バレット氏が解説しています。

That Is Not How Your Brain Works - Issue 111: Spotlight - Nautilus
https://nautil.us/issue/111/spotlight/that-is-not-how-your-brain-works

◆神話1:人間の脳は特定の機能を持つパーツの組み合わせでできている
脳は機能ごとに「視覚を担当するパーツ」「記憶を担当するパーツ」「感情を担当するパーツ」といった各部に分けられ、これらが組み合わさって脳が作られているという考えがあります。最初にこの見方が登場したのは19世紀、頭骨の形状から性格や心的特性を推定できるとする骨相学の普及と共に広がり、骨相学が衰退した後も一般大衆の間に残り続けました。

現代科学においては、脳は特定の機能を持つパーツの組み合わせではなく、神経細胞(ニューロン)の大規模なネットワークであることが判明しています。ほとんどのニューロンは単一ではなく複数の機能を持っており、たとえば前帯状皮質と呼ばれる部位は記憶・感情・意思決定・痛み・道徳判断・想像力・注意力・共感などに関与しているとバレット氏は指摘。

他にも、一次視覚野と呼ばれる部位は視覚と密接に結びついていますが、同時に聴覚や触覚、動きに関する情報を伝えることも知られています。視覚のある人に数日間目隠しをして点字を教えた実験では、視覚皮質のニューロンが触覚情報の伝達に専念することもわかったとのこと。また、脳の片側の一時視覚野を損傷したからといって、直ちに対応する目が見えなくなるというわけでもないとバレット氏は述べています。


脳がパーツから構成されているという神話に関する最も顕著な例が、人間の脳は本能をつかさどる「は虫類的脳」、感情をつかさどる「哺乳類的脳」、人間特有の論理的・倫理的思考をつかさどる「人間的脳」の3層に分かれているとする「三位一体脳説」です。人間を人間たらしめているのは最も一番上にある大脳新皮質であり、古代の動物から受け継いだ感情や本能をつかさどる脳を制御できるとするこの考えは、脳を検査するツールが顕微鏡だった時代に生まれたとのこと。

しかし、近年の分子遺伝学的研究から三位一体脳説は否定されており、脳は層として進化するわけではなく、全ての哺乳類の脳は同じ種類のニューロンと単一の製造過程を経て作られていることがわかっています。動物の脳はそれぞれの環境に適応したものを持っているだけであり、特定の種の脳が他の種よりも進化しているわけではないとバレット氏は指摘しています。


「特定の機能を担当するパーツの組み合わせで脳ができている」という神話が廃れない理由の1つに、脳スキャンを用いた研究が高価であるため、多くの研究では「最も強い脳活動のみを検出できるスキャンが用いられる」という点が挙げられます。こうした手法で行われた研究からは、脳が平常時は静かであり、特定の状況でのみ一部分が活動するかのような錯覚を持ちやすいものの、実際には脳全体が常に活動しているとのこと。また、動物実験ではほんの数個のニューロンにしか焦点を当てないこともあるそうで、これも脳全体のネットワークが注目されにくい理由の1つだとのことです。

人間の脳が3層に分かれているという「三位一体脳説」はなぜ長い間信じられていたのか - GIGAZINE


◆神話2:脳は世界の出来事に反応する
多くの人が抱いている間違いの1つに、「脳は基本的にオフの状態であり、何か特定のイベントに直面して刺激を受け取ると、必要な部位がオンになって活動を始める」という考えがあります。これは一見すると正しいように思えますが、バレット氏は「脳は刺激と応答によって働きません。全てのニューロンは常にさまざまな速度で発火しています」と述べ、刺激によってオンやオフを切り替えているのではないと指摘しています。

常時発火しているニューロンが何をしているのかと言えば、それは「予測」だとのこと。脳は常に自分の記憶、自分が置かれている状況、体の状態といった利用可能な情報を使って「次の瞬間に何が起きるのか」を予測しており、予測が正しければ出来事に対してすぐに体を動かしたり、物を見たり、音を聞いたりできます。予測が間違っていた場合は自分自身に修正を加え、次の予測に役立てているそうです。

過去の経験や知識から世界を予測し、自分を修正し続けることは、不確実性の高い世界で刺激と反応のみに基づいて生きるよりも、はるかに効率的な方法といえます。たとえば野球選手や卓球選手は、実際にボールを見てバットやラケットを動かしているのではなく、経験に基づいてボールの位置を予測することでバットやラケットを動かし、適切な位置にボールを当てています。もし、人間が単に刺激に反応するだけの動物であり、脳に予測と修正を行う能力がなければ、人々はスポーツをプレイできないとバレット氏は述べています。


◆神話3:体の病気と精神の病気は明確に別のものである
人々に信じられている第3の神話が、「心血管疾患といった体の病気と、うつ病などの精神の病気には明確な境界線がある」というもの。今日でも多くの人々が体と心を区別していますが、近年の神経科学者らによる発見は、体を制御する脳のネットワークが精神にも深く関与しており、両者がはっきり分けられないものであることを示しています。たとえば脳の前帯状皮質は記憶・感情・意思決定・痛み・道徳判断・想像力・注意力・共感といった心理的機能に加え、臓器やホルモン、免疫システムを通じて体を健康に保つ役割も担っています。

また、心血管疾患や脳疾患を持つ人はうつ病になりやすいとも言われるように、体の物理的な変化が精神に影響を及ぼすことも知られています。一部の研究者は、うつ病または心血管疾患がもう一方の病気を引き起こすのではないかと考えているほか、両者に共通の原因がある可能性も指摘されているとのこと。

「心と体の関係を考える時、心は脳の中に存在しており、体とは別であるという神話で満足するのは魅力的です。しかし一皮むけば、脳はあなたの体のシステムを調節している一方で、あなたの心を作りだしています。つまり、体の調節はそれ自体があなたの心の一部なのです」とバレット氏は述べました。

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in サイエンス, Posted by log1h_ik

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