創作

なぜ古代ギリシャ・ローマの彫刻の色彩を再現するとダメに見えてしまうのか?


古代ギリシャや古代ローマの彫刻は、今でも塗料の痕跡が残っているものが存在しているように、よく目にするような白い大理石像ではなくカラフルに仕上げられていたことが分かっています。しかし、そのような古代の彫刻の色彩を再現した場合、「ひどい色彩」と批判されてしまうことがあります。なぜ古代の彫刻の色彩を再現するとひどく劣化した芸術作品に見えてしまうのかについて、哲学者のラルフ・S・ワイル氏が論じています。

Were classical statues painted horribly? - Works in Progress Magazine
https://worksinprogress.co/issue/were-classical-statues-painted-horribly/


以下は、バチカン美術館に所蔵されている「プリマポルタのアウグストゥス」。古代ローマ帝国初代皇帝のアウグストゥスをモデルにした中でも特に有名なものです。プリマポルタのアウグストゥスはかなり保存状態がよくほぼ完璧な形で発見されたほか、表面に絵の具の痕跡が残っていることから、もともとは彩色されていたことがわかっています。

by Justin Benttinen

「古代彫像は白くなかった」ことを実証した、古代ギリシャ・ローマ彫刻の「彩色(ポリクロミー)」研究で世界的に有名な考古学者であるヴィンツェンツ・ブリンクマン氏は、古代彫刻の色彩を再現しようとする巡回展プロジェクト「Gods in Color」を主導しました。以下は、ワイル氏が引用したプリマポルタのアウグストゥスの復元図です。


また以下は、Gods in Colorで実験的な色彩復元図として公開されたアイギーナ島のアパイアー神殿から出土した射手像の色彩復元図。

by Aquaplaning

これらの色彩復元図はいずれも、「ひどく劣化したように映るひどい出来栄え」とワイル氏は指摘しています。その上で「なぜ古代の彫刻の色彩を再現したらひどい出来栄えに見えるのか」という疑問についてワイル氏は検討しています。

色彩復元図がひどい出来栄えに見える理由としてしばしば言われるのが「現代の好みが古代ギリシャや古代ローマ人とは異なる」というものです。彫刻品が発見される際には基本的に塗料が剥がれ、劣化しにくい大理石のみが残っているため、大理石の彫刻にはモノクロームの美学を感じがちです。その上で現代とは違う好みの色使いがほどこされているため、色彩が復元された時の不快感の原因になっている可能性があります。ワイル氏はこれを、芸術家のデイヴィッド・バチェラー氏が出版した「クロモフォビア」という書籍を引用して「色恐怖症」と表現しています。

しかし、「色の好みが変わった」という説明には2つの奇妙な点があるとワイル氏は指摘しています。まず、古代の彫刻がどのようなものであったのか示す絵画が存在しており、その絵画では彫刻の色彩に復元図のような違和感はありません。例えば、マルス像を描いた以下の絵では、装飾に赤系の色が使われているものの、大部分で白い大理石の色が残されています。同じように、絵画やモザイク画における人物描写も、彫刻の色彩復元のように違和感のある色彩であることは多くないため、「昔はこの色彩が好まれていた」という説は疑わしい可能性があります。

by Carole Raddato

2点目に、色彩復元図の違和感が強いという現象は、古代ギリシャや古代ローマに特有の現象だという点があります。中世、ルネサンス、スペイン・バロック、ドイツ・バロックといった古典期以降のヨーロッパの多色彩彫刻や、エジプト王朝時代や中世ネパールといった前古典期および非西洋文化圏の多色彩彫刻に関しては、古代ギリシャや古代ローマの色彩復元図に比べて、ひどい色彩だと考えられることはほとんどありません。そのため「当時の色彩感覚を共有していないから色彩復元図が醜く見えるという考えには、疑問が残ります」とワイル氏は説明しました。

色彩復元図の違和感の原因について、ワイル氏は「ただ1つの説明があります。単純に、復元図の塗装が非常に下手だということです」と述べています。復元図を制作した専門家は、彫刻に残った塗料の残留物を科学的に分析することで当時の塗料を正確に再現していますが、残留しているのはほんの微量であり、完成した外観はまったく異なる可能性があります。コペンハーゲンのニュー・カールスバーグ美術館で古代ポリクロミーに関するプロジェクトを率いるセシリー・ブロンズ氏は、「Gods in Color」の復元図を称賛しつつも、「復元図について一般の人々に説明するのが難しい場合があります。これは正確な複製ではなく、当時の姿を正確に知ることはできないからです」と指摘しています。

また、残留物の分析から使用されている塗料が正確に分かったとしても、「現代の専門家が古代の彫刻の素晴らしさを再現する形で彩色するのは不可能」という指摘がされることもあります。しかし、彫刻の色彩を再現するプロジェクト自体はさまざまに存在しており、それらの多くは美しく見えるものであるため、「Gods in Color」など一部の復元図に問題があるのだとワイル氏は述べました。


ただし、ひどい出来栄えに見える復元図を作成したプロジェクトが、出来栄えを理由に非難されるべきではないともワイル氏は語っています。「Gods in Color」を主導したブリンクマン氏は、「古代の彫刻に彩色が施されていた」という事実を広く知らせるという目的を十分に達成しており、それには高い芸術的・学問的価値があります。

ソーシャルニュースサイトのHacker Newsではワイル氏の分析が注目され、「なぜ古代ギリシャ・ローマの彫刻の色彩を再現するとダメに見えてしまうのか」が検討されています。あるユーザーは、「古代のシチューのレシピを学者が再現しようとしたところひどい味になりましたが、同じレシピに料理人が挑戦したところ、はるかに優れた料理を生み出した例があります。同じように、学者が残留物を分析した上で、芸術家に『この塗料でどのように彫刻の色彩を再現するか』と依頼するだけで、見た目は非常に良くなるのではないか」という意見があります。また、歴史的な風景画に精通している大手研究大学の美術教授を名乗るユーザーは、彩色の手順として「比較的彩度の高い中間色から初め、影やハイライトを入れる」と説明し、「残留した塗料は最終的な色として使われていたものでしょうか?」と指摘しています。

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in 創作, Posted by log1e_dh

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