サイエンス

「臓器の外側の環境を再現する特殊なゲル」を用いてすい臓がん腫瘍を培養する新手法が開発される


臓器を取り巻く環境を再現する特殊なゲルを用いることで、健康なすい臓細胞やすい臓がんの細胞からミニチュア臓器の「オルガノイド」を作り出す手法を、マサチューセッツ工科大学(MIT)などの研究チームが開発しました。新たな手法で作り出されたすい臓がん腫瘍のオルガノイドは、がんの治療薬開発やテストに役立つとのことです。

A microenvironment-inspired synthetic three-dimensional model for pancreatic ductal adenocarcinoma organoids | Nature Materials
https://www.nature.com/articles/s41563-021-01085-1

Engineers grow pancreatic “organoids” that mimic the real thing | MIT News | Massachusetts Institute of Technology
https://news.mit.edu/2021/pancreatic-organoids-cancer-0913


一般的に、がん腫瘍のオルガノイドを作成する従来の実験では、市販されている組織由来のゲルが用いられてきました。ところが、広く使用されている市販のゲルはタンパク質、糖とタンパク質の複合体であるプロテオグリカン、マウスの腫瘍に由来する成長因子などの複雑な混合物であり、ロットごとに組成の差がある上に望ましくない成分が入っている場合もあるとのこと。また、全ての種類の細胞を培養できるわけでもないそうです。

そこで、MITの生物工学および機械工学の教授であるリンダ・グリフィス氏らの研究チームは、ほとんどの臓器の表面を覆っている上皮細胞を培養できる合成ゲルの開発を始めました。

研究チームが開発したゲルは、生きている細胞と相互作用しないため医療用途でよく使用される高分子化合物・ポリエチレングリコール(PEG)をベースにしています。研究チームは、体内の臓器を取り巻く不溶性物質である細胞外マトリックスを生化学的・生物物理学的に分析することで、細胞の成長をサポートする特徴をゲルに組み込んだとのこと。

新たなゲルに組み込まれた重要な特徴の1つにリガンドと呼ばれる分子があります。細胞表面のタンパク質・インテグリンとリガンドが結合することで細胞とゲルがくっつき、オルガノイドを形成することができるため、研究チームはフィブロネクチンコラーゲンに由来する合成リガンドをゲルに組み込んだとのこと。こうして作られた合成ゲルは、腸組織を含むさまざまな上皮細胞を成長させることができたほか、生体組織の支持構造を構成する間質細胞も培養できたと研究チームは述べています。


新たな研究では、グリフィス氏らが開発したゲルが正常なすい臓のオルガノイドやすい臓がん腫瘍を培養できるかどうかを調べました。すい臓がんの細胞は体内から離れるとがん特有の性質を失ってしまうため、がん細胞やそれを支える環境を複製する方法ですい臓がん腫瘍を成長させるのは困難だったとのこと。

グリフィス氏の研究チームは新たなゲルを製造するプロトコルを開発し、イギリス・マンチェスターの研究機関であるCancer Research UK Manchester Instituteですい臓がんについて研究するクラウス・ヨルゲンセン氏と協力してテストを実施。その結果、マウスや人間のすい臓がん細胞腫瘍のオルガノイドを作成できることが示されました。

ヨルゲンセン氏は、「私たちがリンダから入手したプロトコルと試薬はうまく機能しました。これはシステムが堅牢で、実験室での実装がいかに簡単かを物語っていると思います」とコメント。これまでヨルゲンセン氏らが試みてきた別のアプローチは、あまりにも複雑過ぎるか生体組織に見られる微小な環境を再現できなかったとのこと。しかし、新たなゲルを用いて作成したすい臓がん腫瘍のオルガノイドでは、生きているマウスのすい臓腫瘍に見られるものと同じインテグリンが発現していたほか、マクロファージ線維芽細胞といった腫瘍の外側にある細胞も培養できたと述べています。

by NIH Image Gallery

研究チームは、特殊なゲルを用いた新たな手法が肺がんや大腸がん、その他のがん研究にも役立つ可能性があると信じています。がん腫瘍のオルガノイドや腫瘍周辺の環境を再現することにより、開発中のがん治療薬が腫瘍や周辺環境にどのような影響を及ぼすのかが分析しやすくなります。また、グリフィス氏は特殊なゲルを子宮内膜症の研究にも使用することを計画しているそうです。

新たなゲルの大きな利点として、完全に合成されているため、常に一貫した組成で製造できるという点が挙げられます。既に研究チームはこの技術に関する特許を申請しており、商業的にゲルを生産できる企業にライセンスを供与する過程にあるとのことです。

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in サイエンス, Posted by log1h_ik

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