サイエンス

なぜ「月の裏側に電波望遠鏡を設置するミッション」が天文学にとって重要なのか?


2026年に、月の裏側に設置される電波望遠鏡「Lunar Surface Electromagnetics Experiment-Night(LuSEE-Night)」の打ち上げが予定されています。なぜ月の裏側に電波望遠鏡を設置するのか、このミッションがどのような成果をもたらすと期待されているのかについて、アメリカ電気電子学会(IEEE)が運営するウェブメディアのIEEE Spectrumがまとめています。

Lunar Radio Telescope to Unlock Cosmic Mysteries - IEEE Spectrum
https://spectrum.ieee.org/lunar-radio-telescope


1979年、当時まだ大学院を卒業したばかりの天文学者だったジャック・バーンズ氏は、天の川銀河のはるか遠方にある電波ジェットとクエーサーの研究のため、ニューメキシコ州の高地砂漠にある観測施設・超大型干渉電波望遠鏡群に赴きました。電波望遠鏡は空や空気が澄んでおり、電子機器による電波干渉が少ない高地や砂漠地帯などに建設される傾向があります。しかし、当時の超大型干渉電波望遠鏡群でさえも電波干渉が完全にはなくならず、地球の保護大気や電離層が電磁スペクトルの多くの部分をブロックするといった問題がありました。

そんな中でバーンズ氏は、NASAの惑星科学者だったウェンデル・メンデル氏から「月に電波望遠鏡を設置するのはどうだろう?」と言われたとのこと。当時は真剣に考えることもなかったバーンズ氏でしたが、1984年には将来の月面天文台に関する会議で講演を依頼され、宇宙電波望遠鏡への考え方が変化していきました。その後バーンズ氏は40年にわたりNASAやエネルギー省などに勤め、電波望遠鏡に関する500本以上の査読済み論文を提出する傍らで、月面に電波望遠鏡を設置するプロジェクトを推進してきました。


そして2026年、ついに月面の裏側に設置される電波望遠鏡「LuSEE-Night」が打ち上げられる計画です。記事作成時点で73歳になり、コロラド大学ボルダー校の名誉教授であるバーンズ氏は、「長年経った今でも私たちに野心が欠けていないことがわかるでしょう」「私たちは月の土に足を踏み入れ、これまで観測したことのない場所でこれらの電波望遠鏡を使って、何ができるのかを理解しようとしています」と語っています。

LuSEE-NightはSpaceXのロケットで打ち上げられた後、アメリカの民間宇宙企業・Firefly Aerospaceの着陸船である「Blue Ghost lunar lander」で月の裏側に着陸する予定となっています。Firefly AerospaceのBlue Ghostは2025年3月に民間で2例目となる月面着陸に成功しており、LuSEE-Nightの打ち上げを含むミッションが2回目となります。

by Firefly Aerospace

月の裏側に設置された電波望遠鏡は暗黒物質や暗黒エネルギー、中性子星、重力波といったものをより鮮明に観測することができ、宇宙科学における最大の謎のいくつかを解明する役に立つ可能性があります。たとえばバーンズ氏は、ビッグバンからわずか38万年後に始まった暗黒時代の手がかりが得られるのではないかと期待しています。また、カリフォルニア工科大学の天文学者でありLuSEE-Nightの共同研究者であるグレッグ・ハリナン氏は、太陽系外惑星の周囲における電磁気活動を観測するために月面の電波望遠鏡が必要だと考えています。

これらの謎を研究する際の課題として、非常に古かったり微弱だったりする電波は地球上の通信ネットワークや電力網、レーダーなどによって簡単にかき消されてしまうという点が挙げられます。また、初期宇宙の信号は非常に周波数が低く、地球の電離層によって大部分が遮断されてしまうため、地球上にある電波望遠鏡では観測が困難です。

そこで注目されているのが「月の裏側」です。月は常に地球へ同じ方向を向いているため、月の裏側は常に地球から放出される電波干渉から保護されています。また、太陽が月の地平線に沈んで14日間続く夜になると地球や太陽の電波がまったく届かないため、太陽系内部のどの場所よりも電磁的に暗い状態になります。ハリナン氏は、「非常に低い無線周波数まで到達すると、太陽風に関連するノイズが現れます。地球から10億km以内でこのノイズから逃れられる唯一の場所は、月の夜側です。太陽風が猛烈な勢いで吹き抜けると、ノイズから身を隠すことができる空洞ができます」と述べました。

LuSEE-Nightには、小さなターンテーブル上に2本のダイポールアンテナがそれぞれ反対方向に設置されています。アンテナは高い伝導性と安定性を発揮しながら月の極端な温度変化にも耐えられるベリリウム銅合金製であり、各アンテナは最大6mの長さまで伸びるようになっています。

ターンテーブルは容積が1m3弱のサポート機器を埋め込んだ箱の上にあり、総重量は120kg以下に抑えられています。初期宇宙に発生した電波はほぼ等方的であり、アンテナの向きに関わらずどの方向でも同じように受信できます。一方、特定の銀河や星間ガス雲などから発信される電波は特定の方向から届く可能性が高いため、ターンテーブルを回転させることで古い電波と新しい電波を区別できるそうです。

by Space Sciences Laboratory/University of California

LuSEE-Nightの打ち上げを含むBlue Ghost Mission 2は、月の裏側の着陸地点に太陽が昇ってから着陸する予定です。着陸後、2週間かけて探査機の点検や写真撮影、Blue Ghostに搭載されたその他の機器による実験、太陽光発電パネルを用いたLuSEE-Nightバッテリーパックの充電などが行われます。そして太陽が沈んだ後、LuSEE-Nightの受信機と最低限のサポートシステムを除くすべての電源をオフにして、可能な限り電波干渉のない状態で観測します。

特にLuSEE-Nightのミッションにおいて重要なのが、月の裏側の極端な温度変化に耐えて観測を継続することです。LuSEE-Nightは日中の熱を遮断するため、機器の入ったケースの外側にマルチセルパラボラ型放熱パネルを設置しており、夜間の保温には大容量のバッテリー電源が用いられます。LuSEE-Nightの打ち上げ重量108kgのうち約38kgは、7160ワット時のリチウムイオン電池であり、その主な役目は夜間の熱生成です。バッテリーは日中に太陽光パネルで充電されますが、バッテリーの充電状態が8%を下回らないよう、重要機器である分光計ですら夜間は定期的に電源オフになるとのこと。IEEE Spectrumは、「装置全体を失って復旧できなくなるよりは、観測時間を少しでも失う方がマシなのです」と指摘しています。

LuSEE-Nightが成功を収めれば、より野心的な月面電波望遠鏡への関心も高まります。すでにバーンズ氏やハリナン氏らは、約200km2にわたって設置した10万基のダイポールアンテナで構成される電波望遠鏡アレイ「FarView」の初期資金を獲得しています。FarViewでは月の土壌から採取したアルミニウムが使用され、早ければ2030年代にも組み立てが開始される可能性があるとのこと。

月面を巨大電波望遠鏡にする「FarView」プロジェクトの展望とは? - GIGAZINE


バーンズ氏は10人のNASA長官や7人のアメリカ大統領の任期を通じ、月面天文台の設置に向けて粘り強く働きかけてきました。バーンズ氏はIEEE Spectrumに対し、月面天文台の実現まで予想以上に長い時間がかかったと認めつつ、明るい口調で「考えてみてください。私たちは実際に月面から宇宙論を研究できるのです」とコメントしました。

この記事のタイトルとURLをコピーする

・関連記事
月面電波望遠鏡「LuSEE-Night」がもうすぐ完成へ、高感度電波分光計で宇宙暗黒時代の電波を検出可能 - GIGAZINE

月面を巨大電波望遠鏡にする「FarView」プロジェクトの展望とは? - GIGAZINE

月の裏側は天文学の新たなフロンティアになるという主張 - GIGAZINE

月の裏側に電波望遠鏡を設置することにどんなメリットがあるのか? - GIGAZINE

NASAが「月面のクレーターを巨大電波望遠鏡に変える」プロジェクトを発表 - GIGAZINE

「月に天文台を作ること」が天文学の進歩にとって重要な理由をNASAの科学者が解説 - GIGAZINE

月に直径100メートルの「究極の巨大望遠鏡」を設置するというアイデア - GIGAZINE

in サイエンス, Posted by log1h_ik

You can read the machine translated English article Why is a mission to place a radio telesc….