アンデス山脈に住む人々はヒ素の多い水を飲めるように進化してきた

アルゼンチンのアンデス山脈高地の住民が、致死レベルのヒ素を含む飲料水に適応するための独特な遺伝的能力を進化させてきたことが最新の研究によって明らかになりました。この地域の住民は数千年にわたって、世界保健機関(WHO)の推奨限度である1リットル当たり10マイクログラムを大幅に上回る約200マイクログラムのヒ素水を生活のために飲んできたということです。
Human Adaptation to Arsenic-Rich Environments | Molecular Biology and Evolution | Oxford Academic
https://academic.oup.com/mbe/article/32/6/1544/1074042
Humans in The Andes Appear to Have Evolved a Strange Genetic Ability : ScienceAlert
https://www.sciencealert.com/humans-in-the-andes-appear-to-have-evolved-a-strange-genetic-ability
アルゼンチン北部のアンデス山脈に位置するプナ・デ・アタカマ台地には、標高約3800mにサン・アントニオ・デ・ロス・コブレスという町が存在します。この地域の火山岩盤からは自然に発生したヒ素が地下水に溶け出しており、長年にわたり地元の飲料水を汚染してきました。通常、これほど高濃度の毒性物質を含む水は人体に深刻な健康被害をもたらしますが、この地の住民は非常に特殊な進化を遂げていることが判明しました。

世界保健機関(WHO)が推奨する飲料水中のヒ素含有限度は1リットルあたり10マイクログラムです。しかし、2012年にろ過システムが導入されるまで、サン・アントニオ・デ・ロス・コブレスの飲料水にはその20倍に相当する約200マイクログラムのヒ素が含まれていました。場所によっては1リットルあたり800マイクログラムに達する地点も報告されています。
サン・アントニオ・デ・ロス・コブレスはかなり過酷な環境ですが、この地域には少なくとも7000年前、あるいは1万1000年前から人類は定住を続けていたと考えられています。16世紀年頃にはすでに集落の痕跡が確認されており、住民は数千年にわたってヒ素水を摂取し続けてきたと考えられています。致死レベルの毒素を摂取しなければいけないにもかかわらず、集団が存続してきた事実は科学者たちを長年悩ませてきました。
1995年に行われた調査により、アンデスの先住民族の女性たちが、ヒ素を代謝して体外へ排出する独自の能力を持っていることが尿サンプルの分析から明らかになりました。ヒ素が体内に入ると、酵素の働きによっていくつかの化学形態に変換されます。その過程で生成されるモノメチル化ヒ素(MMA)は極めて毒性が高い中間体ですが、その後の段階で生成されるジメチル化ヒ素(DMA)は毒性が低く、尿として容易に排出されます。

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サン・アントニオ・デ・ロス・コブレスの住民は、この毒性の強いMMAの生成を最小限に抑え、排出されやすいDMAをより多く作り出すという非常に効率的な代謝能力を備えていました。具体的には、尿中の中央値で7.5%と低く、一方でDMAは78%という高い数値を示しています。この代謝効率の高さが、ヒ素による発がんや皮膚病、出生異常、早期死亡といったリスクを軽減させていると考えられます。
研究チームはこの謎を遺伝子レベルで解明するため、現地の女性124人からDNAを採取し、全ゲノムにわたる430万箇所の単一塩基多型(SNPs)を調査しました。解析の結果、第10染色体上にあるAS3MT(ヒ素メチルトランスフェラーゼ)遺伝子の周辺に、ヒ素代謝に強く関与する遺伝的変異のクラスターを特定しました。AS3MTは、人体におけるヒ素メチル化を司る主要な遺伝子である可能性が極めて高いことが示唆されています。
この遺伝的変異の頻度を調査したところ、サン・アントニオ・デ・ロス・コブレスの集団と、地理的に近くヒ素曝露(ばくろ)が少ないペルーやコロンビアの集団との間で顕著な差が見つかりました。ヒ素を効率的に処理するための「保護的なハプロタイプ」を完全に保持している割合は、ペルーの集団で29.1%、東アジアの集団で26.8%であったのに対し、現地の住民では58.4%と圧倒的に高い頻度で出現しています。

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さらにゲノム解析の結果、この地域では特定の遺伝的変異が急速に広まった痕跡が確認されました。これは、ヒ素という環境ストレス要因に適応するために自然選択が働いた強力な証拠で、乳糖耐性やマラリア耐性といった既知の強力な適応事例と比較すると小さいものの、着実な進化の過程を示しています。
この適応メカニズムは、主に乳幼児の生存率や生殖の成功を通じて機能したと考えられています。ヒ素は胎盤を通過し、胎児の免疫系に悪影響を及ぼしたり、乳児の死亡率を高めたりすることが知られています。高ヒ素環境下において、毒素を素早く処理できる保護的な遺伝子を持つ個体が生存して子孫を残すため、非常に強力な選択的優位性を持っていたと推測されます。
今回の研究は、人類が毒性のある化学物質に対して遺伝的に適応したことを実証した初めてのケースといえます。研究チームは、この発見は人類が環境の変化や課題に対していかに柔軟に、かつゲノムレベルで迅速に応答できるかを示す重要な一例だとした上で、今回の知見が今後の公衆衛生の向上にどのように寄与できるかについてさらなる調査を進めていく予定だと述べました。
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in サイエンス, Posted by log1i_yk
You can read the machine translated English article People living in the Andes Mountains hav….







