「平穏世代の韋駄天達」松尾拓プロデューサーインタビュー、圧倒的スピード感の「超闇鍋エンタメ作品」はどう生まれたのか?
2021年7月から放送されているアニメ「平穏世代の韋駄天達」は、原作が「異種族レビュアーズ」「貞操逆転世界」などの突き抜けたアイデアの作品で知られる天原、作画担当が「小林さんちのメイドラゴン」「ピーチボーイリバーサイド」など複数のアニメ化作品を持つクール教信者、アニメーション制作は「呪術廻戦」「ドロヘドロ」「どろろ」などを手がけてきたMAPPAが担当する、まさに「禁断のびっくり箱」な作品です。
いったいどうやってこの作品のアニメ化を実現させたのか、松尾拓プロデューサーにいろいろな質問をぶつけてきました。
TVアニメ「平穏世代の韋駄天達」公式サイト
https://idaten-anime.com/
GIGAZINE(以下、G):
本作は、公式サイトのイントロダクションのページに「時代の最先端を行く天才原作者タッグ×いま最も熱いスタジオ・MAPPA×ノイタミナ」とあるのが決して誇張ではないと感じるすごい組み合わせです。もともと、松尾プロデューサーは新都社の連載版でこの作品の存在を知ったとのことですね。
フジテレビ・松尾拓プロデューサー(以下、松尾):
はい。5年ほど前に、ウェブで公開されていたものを見かけました。
G:
2016年ぐらいだと、ちょうど連載が止まる前後ぐらいでしょうか。
松尾:
そうですね。連載が止まったところだったと思います。
G:
この作品をアニメ化するにあたっての決め手というのはどういった部分だったのでしょうか。
松尾:
プロデューサーによって、それぞれ企画するアニメで表現したいこと、やりたいことというのがあると思います。たとえば「泣ける作品がやりたい」とか「かわいい女の子が出てくるものがいい」とかですね。僕の場合は、「アニメにしたときに気持ちいい映像になるか」ということと、「キャラクターが魅力的かどうか」ということの2点が大事だと考えています。『韋駄天』に関しては、両方がものすごく詰まっていたので、絶対にアニメ化したいと思っていました。
G:
松尾さんが考える「気持ちいい映像」というのは、どういった映像ですか?
松尾:
一言でいえば「荒事」です。実写では絶対できないようなもの、と言いますか。人によっていろいろ好みがある中で、僕は、とにかくアクションがすごく好きなんです。それこそ「脳汁がドバドバ出るようなアクション」がいいなと。
G:
ああー、わかります(笑)
松尾:
原作を読んだとき「この作品には荒々しい魅力が詰まっている」と感じて、「そのまま丁寧に映像化する」というより「スタジオならではの解釈を加えてもらって、荒々しくジャンプアップさせた映像化をして欲しい」と思いました。そういう意味で、絶対にMAPPAさんにお願いしたいと思っていました。
G:
考えていたとおり、MAPPAさんが受けてくれたと。
松尾:
まさにそうなります。
G:
この2021年夏は、原作の作画を担当しているクール教信者さんが手がける作品として、他に「小林さんちのメイドラゴン」「ピーチボーイリバーサイド」も放送されることになりました。これは、なにか3本一緒に合わせていこうみたいな狙いはあったのですか?
松尾:
いえいえ、僕にそんな力はないです(笑)。たまたまです。
G:
3本重なっているというのは、どういうタイミングで知りましたか?
松尾:
白泉社の編集担当の方からご連絡いただいて「同じクールに、クール教信者さんの別の作品も入るっぽいんですけれど、気にされますか?」と聞かれたので「いえ、全然気にはしませんよ」と。むしろ、僕がどうこういうことではないだろうと思ったので、そのように答えたら、どうやら他に2本あるらしいということがわかり「すごいじゃん!」と。
G:
いやー、すごいことですよね。
松尾:
深夜アニメのカルチャーができてから、同じ原作者の先生の作品が同クールに3本放送されるのはどうやら初めてらしいということを、ファンの方たちが盛り上がっているのを見て知りました。僕としては、お祭りみたいで面白いなと思っています。
G:
(笑)
松尾:
そもそも、作品を3つ作り出せるというだけですごいのに、それがアニメ化されるなんてもっとすごいことで、さらに、同じクールに放送されるんですからとんでもない。1日に100万円を3回拾うような話ですよね。それぐらい、原作者さんにとって1番ノっているいいタイミングに乗っかることができたのは、作品としても運がいいなと感じています。
G:
もし狙っていたらすごいことだなと思っていたんですが、偶然でもすごいことですよね(笑)。今、クール教信者さんは連載中作品が6つぐらいあり、スピンオフでも監修などに入っていると原作者対談で語っておられたのですが、本作、アニメ化においては天原さんとクール教信者さんには、どれぐらい監修してもらっているのでしょうか。
松尾:
それぞれ、シナリオや絵コンテ、色彩設定、美術ボードやキャラクター設定など、全部しっかりと監修してもらっています。
G:
監修において、意外な修正を受けることはありましたか?
松尾:
それがまったくなかったんです。今回のキャラクターデザインは、「アニメとして快感度高く気持ちよく動かせるデザイン」ということを最優先におき、天原さん・クール教信者さんおふたりの絵のいいとこどりをさせて頂いた、ちょっとふしぎな感覚の絵になっています。また、色彩設定も独特な感覚のものになっています。原作者の方によっては「こうはしないで欲しい」となる可能性も十分にあるものですが、天原さんもクール教信者さんも「餅は餅屋」というか「アニメスタッフがやりたいようにやるのが1番いいんじゃないか」という形でボールを渡していただいて、こちらはやりたいことをやらせてもらっているという感じです。
G:
おお。
松尾:
委ねていただいたということでより一層みんな気持ちよく一生懸命にやれていて、すごくいい渡し方をしていただいたなと思い感謝しています。
G:
まさに色彩はかなり独特で、輪郭が黒ではなく色つきだったり、第1話から、北の大氷河地帯に行ったらまったく異なる色の組み合わせになったりととても目立っていますが、これはどのように出てきたアイデアだったのでしょうか?
松尾:
これは城所監督の発案です。城所監督は本作がTVシリーズの初監督作品で、自分の中でいろいろやりたかったことをいろいろと詰め込んでくれています。城所監督も本作の荒々しさや荒事の魅力をすごく理解してくれていて、「それならこういう、ちょっとエッジの効いた色彩感覚にするのがいいんじゃないか」と考えてくれていたみたいです。
G:
ふむふむ。
松尾:
色に関しては、イラストレーターのスカイエマさんに描いていただいたイメージボードの色彩感覚を、決めシーン、歌舞伎でいうと「見得を切るシーン」でやっていて、それがうまいことバチバチにハマっている感じだなと思います。
G:
スカイエマさんは「コンセプトアート」として参加しておられますが、早いうちから色のことは考えられていたんですね。
『平穏世代の韋駄天達』第1話の氷河地帯のシーンの人物色案でポーラとイース リーを描いてみました。
— スカイエマ (@sky_emma) August 5, 2021
他にもあちこち、特別な場面の特色案を担当させていただいているのですが、絵 コンテを拝見すると『ここからエマ色』とか『エマカラー』とか書かれていて、 ひそかにウオオオと一人興奮しています。 pic.twitter.com/pVfVHsdYye
松尾:
はい、早いタイミングから作業にかかっていただきました。スカイエマさんにお願いするのも城所監督の発案なので、こういった部分は全体的に城所監督のクリエイティブだと思います。
G:
そもそも、監督を城所さんにというのは、どのように決まったのですか?
松尾:
今回、MAPPAでアニメーション制作を受けてくれるということになって、MAPPAの大塚さん(大塚学社長)と「監督は誰にお願いしようか」という話をしていたときに、大塚さんから、城所さんという面白い監督がいるよとアサインしていただいた形です。
G:
城所監督というのは、どういう方なのでしょうか。その色彩感覚のお話からすると、尖ったセンスの持ち主なのかなという感じなのですが。
松尾:
めちゃくちゃまともな常識人です(笑)。物静かでシャイで、こちらの話もしっかりといろいろ聞いてくれて。だから、こういうクリエイティブが上がってくるというのは、僕もプリプロの段階では全然想像も付きませんでした(笑)。
G:
それぐらいギャップがある方なんですか?第1話から見ていると、もちろんぶっ飛んだ原作ではあるのですが、それをこうして映像化するなんて監督も相当ぶっ飛んでいるのではないかと勝手に思っていました。
TVアニメ「平穏世代の韋駄天達」ノンクレジットオープニングムービー - YouTube
松尾:
いえいえ(笑) 作品を見ていたら、本人ももっともっと個性的な方を想像してもおかしくないですよね。もう、本当に物静かな好人物で、キャストさんにも結構いじられていたりするんですよ(笑)。
G:
リンとハヤトが疾風のように走っていくアニメ第1話の冒頭シーンは新都社連載時の第1話、そしてヤングアニマル連載の第1話を踏襲したもので「アニメーションだとこうなるのか」という納得感がありましたが、アバンには新しく、絵巻物風の演出が入っていました。これも城所監督の手によるものですか?
松尾:
第1話は城所監督が絵コンテも全部切っているので、そういうことになります。絵巻にするというのは城所監督のコンテでバッチリ入っていて、巻物自体のデザインは雪駄さんがデザインしてくださっています。
「平穏世代の韋駄天達」1話アバンで絵巻物のイラストを描かせていただきました????????最後まで宜しくお願い致します!!!#平穏世代の韋駄天達 pic.twitter.com/IRuaA5bWY7
— 雪駄{平穏〜韋駄天達でお仕事 (@ANISOLUTION) July 23, 2021
G:
先ほど出てきた「ジャンプアップさせた映像化」を、見事に城所監督が実現させていった感じですね。
松尾:
はい、おっしゃる通りです!
G:
一方で、第1話はラストもかなり衝撃的でした。
松尾:
これは城所監督やシリーズ構成・脚本の瀬古さん、僕も含めて、一緒にシナリオ打ちをしていたとき、ラストはこうしようという話になったものですね。
G:
第2話ではその続きは描かれておらず「あれはどうなったんだ!?」と、その点も衝撃でした。わりとバトルアクションが続く展開だったので、この作品はそれだけではないぞというところを見せた感じなのでしょうか。
松尾:
まさにそういうところがあって、この作品が持っているいろいろな面を第1話でちゃんと出して、「この作品はこういうことが出てくるよ」と。単にバトルするだけではないようことを早めにお伝えした方がいいだろうなと思ってのところです。ラストシーン以外も描写でかなり攻めている部分がある作品ですが、僕らはあのラストシーンが「面白くてしょうがない 」と思って入れているわけではなく、ギルというキャラクターがこの後も作品に出てくる中で、あのシーンは描かなければいけないものだし、それをどこに置くか考えたときに、早いうちに見てもらうのが誠意だろうと考えたというのもあります。
G:
本作は主人公のハヤト役が朴璐美さん、イースリイ役が緒方恵美さん、ポーラ役が堀江由衣さん、リン役が岡村明美さん。さらにギルが伊藤静さん、オオバミがチョーさんなど、2021年夏に放送されている深夜アニメとは思えないキャストがそろっている印象があります。朴さんと緒方さんのインタビューによると、本作の役はオーディションで決まったわけではないということなのですが、わりと指名で決まっていった感じなのでしょうか。
松尾:
基本的には決め打ちで声をかけさせていただいたキャラクターが多かったと思います。ただ、アニメ化すると決定した時点で最初から決まっていたわけではなく、いわゆるシナリオ打ちをしてコンテを作ってという一連の流れの中で「キャストさんどうする会議」みたいなものを監督も含めてやっていきました。その中で「こういう手触りのキャスティングにしよう」という指針を決めてくれたのは、MAPPAの大塚さんだったという記憶があります。
G:
なるほど。
松尾;
キャストの決め方は、プロデューサーによっていろいろあると思うのですが、僕はほとんど口を出さないタイプです。数年前であれば、いろんな作品に出ている人気のキャストさんに声をかけてパッケージのイベントをやるという時代がありましたが、ちょっとそのトレンドではなくなってきたかなという感じはあります。それと、たとえば個性豊かなイケメンたちが勢揃いするようなものだったり、あるいはいろいろなかわいい女の子たちが出てくる作品であれば、男性キャスト、女性キャストとも声のかけ方というのがあると思いますし、お客さんもそれを求めていると思うのですが、本作は男女関係なく入り乱れてのノーモラルバトルみたいな感じですので(笑)、「あのキャラクターはこういうキャストでなければ」とプロデュース側から現場に縛りを出すことなく、現場がやる気を出せて作品とマッチするのが一番いいだろうという考えでした。僕も大塚さんも、基本的な考え方として「こうしないといけない」という制約やルールをなるべく現場に課したくないという共通認識がありました。
G:
おおー。
松尾:
この作品であれば荒々しい映像になるから、それならパワーのある声を持ったキャストさんにお願いするのが一番いいんじゃないかということで、今回の顔ぶれになりました。そのおかげで、視聴者の皆さんにも「この作品はちょっと違うらしい」という感覚が伝わっているようで、今回のキャストの方々に入っていただいてすごくうれしいなと思っています。
G:
制約やルールをなるべく現場に課さないというのは、たとえば演出や作画でも「こうはしないでね」みたいなことは言わずに任せるという感じなのでしょうか。
松尾:
そこはちょっと悩ましい部分で(笑)。僕は企画プロデューサーである一方、放送局としての立場もありますので、「テレビで放送できないギリギリのライン」というのはあるんですね。例えば……乳首は出せないとか。
G:
(笑)
松尾:
もちろんそれだけではありませんけど(笑)。先ほど話題に出た第1話のラストシーンにしても、削ってしまうことはすごく簡単なんです。「危ないからカットします」というのは安全策ですよね。賛否両論あるとは思いますが、僕は、クリエイティブな仕事はなるべく現場がやりたいことを最大限やれるように調整したいと考えています。もちろん、コンテを出してもらったものができない可能性はありますが、ただ、まずはやりたいものを描いて教えてくださいというスタンスで城所監督と話をしていきました。
G:
コンテで「これはさすがに厳しいです」みたいなものは、どれぐらい出てくるものなのですか?
松尾:
結構ありました。監督とはセリフや演出について、かなりやりとりをさせてもらいました。視聴者の皆さんは「これ大丈夫なのか?」と思っている部分があるかもしれませんが、これでも僕と監督がやりとりをして落とし込んだ結果です(笑)
G:
言われてみればそれはそうですね。NGだったところを調整して、OKのラインのものを放送しているわけで(笑)
松尾:
そうなんです。OKのラインというのも結構、無理めな調整をしていますが、こうした荒々しい作品の企画を立てておいて、厳しい部分を全部安全策で削っていくのでは、企画プロデューサーの立場としては成立していないですよね。「激辛料理を作るのに、唐辛子は辛いからやめておきましょう」なんて。だから、できるだけやれるように環境を整えて進めていったつもりです。
G:
プロデューサーとしての力の見せ所というか、作品成立のギリギリを支えているという感じですね。
松尾:
いろいろな立場でそれぞれの考えがあると思うので、これがベストだったと言えるかはわかりませんが、なるべく現場のモチベーションを保てる形で進められたのではないかと思います。天原さんやクール教信者さんが「ここまでやるとは」と思ってくれていたらうれしいです。
G:
本作は、公式Twitterも熱量がすごいのが特徴の1つだと思います。これ、松尾さんが担当していると小耳に挟んだのですが。
松尾:
僕が担当しているというとヘンですが、作品の公式Twitterとしてやるべき案内、情報を伝える部分については宣伝チームにツイートしてもらっているのですが、普通じゃない作品なので(笑)、多少荒くれていても面白いかなと思って、ちょっと怒られるかもしれないというギリギリのラインで、視聴者の方々や関係者に絡んでみようかと思ってやっています。
G:
松尾さんはアニメイトタイムズでの「富豪刑事 Balance:UNLIMITED」のときのインタビューで、「情報解禁や放送開始直前は夜も眠れないほどでしたし、情報解禁直後は1週間ぐらい、ずっと1日10時間くらいエゴサーチをしていましたね(笑)」と語っておられたので、SNSに長けているというか、慣れているのかなと思うのですが、いかがでしょうか。
松尾:
自分の企画が世の中でどのように見てもらえているのかは、見るなと言われても見ちゃうもので、Twitterはもう1日中見ていますね。Twitterはお互いにコミュニケーションし合うカルチャーだとも思うので、不快にならない程度に絡んでいって、それが面白く見えることで、1人でも多くの人たちに『平穏世代の韋駄天達』という作品に興味を持ってもらえるなら、やる意味があるかなと思っています。ギリギリのラインを攻めていますが、今のところはまだ怒られていないので大丈夫かなと(笑)
G:
(笑)
松尾:
普通の公式Tiwtterと同じように、告知に関しては何月何日何時にこういう内容をツイートしますというスケジュールを組んで確認してやっていますけれど、それ以外のところでは、僕がゲリラ的に運用させてもらっています。
G:
「お互いにコミュニケーションするカルチャー」だからこそ、作品についてのツイートを見ていくと、ポジティブなものだけではなくネガティブなものも目に入ってくると思います。それでも1日中チェックし続けられるのは、なにか受け流す術みたいなものがあるのでしょうか。
松尾:
そうですね……「毒にも薬にもならない」という言葉がありますが、誰からも賛否の声が上がらないような作品を作ることはできると思います。でも、誰からも「否」も出ないような作品が誰の心に残るんだろうかと僕は思っていて。たとえばタバコだったりコーラだったり、あるいはわさびだったり、クセになるものというのは苦手な人もいるものじゃないかなと思うんです。
G:
ああー、確かに。
松尾:
この作品は朝方や夕方、ファミリー層も見るような時間にやっている作品ではなく、深夜アニメなので、そう簡単にすべての視聴者に届くことも難しいだろうと思っています。いろいろ考え方があるでしょうけれど、僕としては、中毒性が高いものが熱量を高くするのではないかな、と。コアなお客さんにまず刺さることで、コアなお客さんたちが「面白い!」と熱狂し、その熱が結果的に広い層に伝播していくものなんじゃないかなと思うんです。キャンプファイヤーでも、最初から大きな薪に火をつけることは難しくて、まずは新聞紙を丸めたものに火をつけて、葉っぱや小枝に火を移して、そこからだんだん火を大きくしていきますよね。だから、毒にも薬にもならないコンテンツを作るよりは、誰かが熱狂できるようなコンテンツを熱量高く作っていく方がよいだろうと。そうなると、ネガティブな意見が出ること自体は仕方のないことじゃないかと思います。
G:
公式という点では、STORYのページで、放送済み話数について簡潔なあらすじが掲載されているのですが、下の方に「ネタバレ」として詳細なところまで書いたものが別途用意されているのは珍しいと思いました。「ネタバレ」はどのようにつけることになったのでしょうか?
松尾:
これは宣伝チームの渡邉さんたちと話をして、そっちの方が親切かなという話になった記憶があります。
宣伝担当・渡邉さん(以下、渡邉):
そうですね。放送が終わった話数について、後から見る人に対して欲しい情報をちゃんと最短情報で届けるということで「ネタバレ」ありのものをつけています。
G:
実際、最初から全部書かれていると「まだ見ていない話なのに……」となるし、一方で簡潔なものしかないと「確かこの話数にあんなことやこんなこともあったはずだったけど、違ったかな」ともなりますし、これはすごくありがたいです。
松尾:
そんな発明だとは思っていなかったですが、確かに、そういうものはなかったのかもしれませんね。
渡邉:
放送翌日18時に次の話数のあらすじと、放送済み話数のネタバレが追加されます。
G:
いろいろな公式サイトを見てきましたが、こうやって分けられているケースは非常に珍しくて、他にあったかどうか記憶にないぐらいです。
松尾:
これに関しては渡邉さんと加瀬さんのホスピタリティのたまものだと思います。本当にいろいろアイデアを出してくださって、パジー・エンタテインメントさんの宣伝には助けられています。ここは削らず書いておいてくださいね(笑)。
G:
プロデュース側も現場も宣伝も一体となって、うまく回っているということですね。今回、「平穏世代の韋駄天達」放送前にMANTANWEBのインタビューが掲載されていて、その中でMAPPAさんがすごい仕事をしたということに触れられているのですが、同時に、第1話の完パケ納品後に自主的にリテイクの申し出があったという話が掲載されていました。当然、本放送を見てもどこがリテイクされた部分なのかさっぱりわからず、「ギュード君のビームが明るすぎたのだろうか……」などと想像していたのですが、実際はどういった部分だったのでしょうか。
松尾:
オープニングだったんです。放送するにあたってはハーディングチェックという、フラッシュ点滅についての確認があるのですが、それを通すとまろやかになってしまう感じだったんです。もちろん、放送するためのチェックなので、それはある程度しょうがないところだろうと僕の立場では思ってしまうのですが、やっぱりテレビで見る人にもできるだけバチバチでいいものを見て欲しいからトライしてみたいという相談をMAPPAチームから納品後に受けたという形です。
G:
なんと。
松尾:
MAPPAはスタジオの理念として「めんどくさいことをやる」がカルチャーになっていて、「クリエイターから言われたことはどんなことでもとにかく実現する方策を探る」だとか、「映像をもっとよくお客さんに見せるためにはどうするか、アニメーターが言わなくても制作部門も考える」だとか、自分たちで自分たちに負荷をかける会社なんです。だから、ものすごく信頼できるチームだとずっと感じていますし、僕のレベルで映像に不満があるなんてことはまったくなくて、むしろ僕がMAPPAの作ったものすごい映像に引っ張られています。
G:
リテイクの申し出があったときに「なるほど、あの部分をもっと徹底的にやるつもりなのか」とわかるものなのでしょうか。
松尾:
「オープニング、もう一度トライしたい」と言われて「え、そうなんですか?」と言ったぐらいにまったくわかりませんでした。僕は申し出を受けて、じゃあ再納品の段取りはこうしましょうと段取りを組んだだけで、実際のリテイクについては完全ノータッチでした。それで、いざ再納品されたものを見たらテレビ放送版でもさらに魅力が伝わるものになっていて、ただただ「本当にスゴイ……」とリスペクトしかありません。
G:
機会があるなら見比べたいですが……きっと、MAPPAさんはもう前のバージョンは見せてくれないですよね。
松尾:
見せてくれないですね(笑)。
G:
本作の原作漫画は、最初にも触れたのですがもともとウェブサイト・新都社で天原さんが連載していた漫画があって、それをもとにクール教信者さんが作画したものがヤングアニマルに連載されている、という形です。新都社連載分は2016年に更新が止まっていることもあり、今回、ヤングアニマルでの連載がもしその部分に追いついたらどうなるのかという点について、原作の天原さんは「展開が追いついたら続きを描く以外の選択肢がありませんので、ぜひ続きを描かせるべく読者の皆さんには応援をお願いしたいです!」と対談で語っていたのですが、アニメではどこまで描かれる予定なのでしょうか。
松尾:
記事に掲載することはできないのですが……(以下オフレコ情報)
G:
前半話数を見た上での感想としては「ええ!?……えええ!!?」としか言葉が出ないですね。驚きです。原作のテンポがいいからこそやれるという感じなのでしょうか。
松尾:
それもあると思います。「ノイタミナ」は枠自体の尺が他の枠に比べて短いので、クリエイターさんから「もうちょっと長くなりませんか」と言われることもありますが、本作についてはこのペースで進むことによる面白さがポジティブに働いていると思います。
G:
確かに、普通は1クールというと12話か13話ですが、「ノイタミナ」で13話はないですね。今回は何話構成なのでしょうか。
松尾:
全部で11話です。
G:
11話構成というのは、アニメを制作する上では「もうちょっと長ければ」と感じるぐらいの長さなのでしょうか。
松尾:
僕はノイタミナしかやっていなくて、何話構成が普通なのかがよくわかっていないのでなんとも言えないですが、原作ものなどでどうしてもあと1話必要だというときは調整することは不可能ではないです。
G:
天原さんは、本作の面白さの核について「韋駄天、人間、魔族の価値観の差です」と答えているのですが、これが後半にむけてさらにしっかり描かれていくことになるのでしょうか。
松尾:
はい。もっともっとインモラルというか、韋駄天たちが人間とは違う倫理観の持ち主であることがはっきり出て、すごく面白いと思います。
G:
外観は人間と同じで、戦闘力が高いヤツらなのかと思いきや、そういうレベルの話ではないですもんね。
松尾:
本当に、いろんな面白さが闇鍋みたいに入っている作品だと感じます。
G:
「ノイタミナ」という枠について、フジテレビの森彬俊プロデューサーに2018年にインタビューを行った際、「昔はアニメの枠の中で異端児と言われてたような枠なんですけれど(笑)、この近年で視聴者の方々のアニメを見る目が醸成され、作品の多様性が認められてきたこともあり、海外のアニメファンに向けたコンテンツ作りに挑戦できるという段に来たのではないかと思いました」と表現されていました。それから3年が経過して、ノイタミナという枠や、枠で放送される作品の位置づけはいかがでしょうか。
松尾:
僕と森が所属する部署であるアニメ制作部で手がけているシリーズは、毎週木曜日に放送されている「ノイタミナ」と毎週水曜日に放送されている「+Ultra」の2つです。僕はこの部署に7年間いるのですが「+Ultra」はやったことがなくて、だからなのか、「ノイタミナ」という枠にすごく愛着があるんです。「+Ultra」では海外のファンにも届けることを意図した挑戦的な作品を作っているわけですが、じゃあ「ノイタミナ」はどうかというと、続けてきた歴史のおかげでひとつのブランドになっていると思います。たとえば、週刊少年ジャンプといえば「努力・友情・勝利」だったり、月9ドラマといえば「恋愛」だったりするように、「ノイタミナ」という枠で放送されることで、「ノイタミナの○○」と作品に肩書きがつく感じですね。
G:
確かに「ノイタミナ」は枠名もアニメファンによく知られている存在だと思います。
松尾:
僕はノイタミナの枠の統括責任者ではないし、他にも「ノイタミナ」担当のプロデューサーはいるので、あくまでいち1プロデューサーとしての個人的な意見なのですが、「ノイタミナ」には、「ハチミツとクローバー」や「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」のような、青春ものや心が清いような作品というのがメインイメージとしてあると思います。でも、メインイメージがあるなら、そこから真逆に振り切った作品があってもいいんじゃないかとも思うんです。
G:
ほうほう。
松尾:
ジャンプでいえば「友情・努力・勝利」の作品がメインストリームでありつつ、「すごいよマサルさん」や「アウターゾーン」があったっていい。面白いことを大前提として、ブランドイメージから遠くて面白いものがその枠に入ったら、枠で受け入れられる幅、遊べるフィールドが広がるんじゃないかと思うんです。「平穏世代の韋駄天達」がノイタミナっぽい作品なのかそうじゃないのかはわかりませんが、「こういう枠だから、こういうものを企画・制作すべき」とは思わないようにしています。
G:
前半に出てきた「制約をできるだけかけない」を、現場に対してだけではなく、企画についても適用しているようなイメージですね。
松尾:
比較的、自由に考えるようにはしていて、「面白いか面白くないか」という、それだけを考えるのがいいじゃないだろうかと思っています。もちろん「面白くない企画」を企画したいプロデューサーなんていないですけれど……イメージに合わせることに注力しすぎて企画に熱量がない作品よりは、ぶっ飛んでいるけれど面白い作品の方をやるべきだと思います。MAPPAの大塚さんが『韋駄天』を受けると決めてくれたときに言っていたのは、「『韋駄天』はどうなるのか全くわからないところが一番の魅力だ」ということでした。
G:
(笑)
松尾:
それはヒット作品を生みまくっているヒットメーカースタジオの代表の立場だからこそ言えることだと思うし、コンテンツの仕事としての真理でもあるんじゃないかとも思うんです。
G:
原作を知っている人はどこまでアニメ化するつもりなのかとワクワクドキドキできるし、知らない人はこの後いったい何がどうなっていくのかとハラハラできる本作について、最後にプロデューサーの立場から、視聴者に向けてこれは伝えておきたいということがあれば教えてください。
松尾:
『平穏世代の韋駄天達』というタイトルから、韋駄天たちが主人公に見えていると思いますが、だんだん話が進むにつれて韋駄天たちが倫理観なく戦う姿が出てきます。そして、それがめちゃくちゃクセになると思います。常識をぶっ壊すようなアクションやバイオレンス、いろいろ道徳によくない要素を面白く詰め込んだ超闇鍋エンタメ作品だと思います。ダークホースとして熱量高くぶっちぎっていきますので、どうか、お酒でも飲みながら楽しんでください(笑)。
G:
ありがとうございます。飲みながらこの闇鍋作品を見たら、もう頭グルングルンになりそうですね(笑)。
松尾:
ぜひ、お子様は寝かしつけていただいて、それから見ていただくのがよいのではないかと思います。
G:
(笑)。今日は長い時間、ありがとうございました。
「平穏世代の韋駄天達」は毎週木曜24時55分からフジテレビの「ノイタミナ」枠ほかにて放送中。配信はFODとAmazon Prime Videoで行われています。
TVアニメ「平穏世代の韋駄天達」第3弾アニメーションPV - YouTube
©天原・クール教信者・白泉社/「平穏世代の韋駄天達」製作委員会
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