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政府支給の安価なノートPCがアルゼンチンのヒップホップ文化を花開かせた


デジタル化が進む近年では子どもたちへのIT教育に注力する国や自治体が増えており、生徒にノートPCやタブレット端末を与える取り組みが進んでいます。こうした取り組みは子どもたちのIT知識を育むことが目的かもしれませんが、2010年代に「公立の小中学生へ安価なノートPC(ネットブック)を支給する」という取り組みを行ったアルゼンチンでは、ノートPCを手にした子どもたちによって「ヒップホップ文化」が花開いたとのことです。

In Argentina, cheap government-issued netbooks sparked a musical renaissance - Rest of World
https://restofworld.org/2021/argentina-netbooks-music/

アルゼンチン政府は2011年に「Conectar Igualdad」というプログラムを開始し、公立の小中学校を通じて数百万台ものネットブックを子どもたちに配布してきました。このプログラムは、金銭的な事情でPCなどを購入できない家庭の子どもにもテクノロジーに触れる機会を提供し、格差を減らすことが目的だったとのこと。アルゼンチンの保護貿易主義的な政策により、このプロジェクトで配布されたネットブックは国内企業のBoris Garfunkel e Hijosが製造しました。

by Administración Nacional de la Seguridad Social

アルゼンチン教育省のゼネラルマネージャーを務めるLaura Marés Serra氏は、「多くの場合、これは人々の家に届く最初のデバイスでした。そのため、学生だけでなく家族全員がネットブックを利用することを意味していました」と、海外メディアのRest of Worldに語っています。Conectar Igualdadにより、2011年から2015年までの間に400万人の子どもたちがコンピューターを受け取ったとのこと。

Conectar Igualdadで支給されたネットブックは大きさわずか10インチ(25センチメートル)で、1.66Ghzのプロセッサーや1~2GBのRAM、解像度が30万ピクセルのカメラが搭載されていました。当時としても高性能とは言えないスペックのネットブックでしたが、当時の子どもたちにとっては初めて手にした自分のコンピューターでした。そして、多くの子どもたちがネットブックを手にしたことをきっかけにして音楽制作を始め、アルゼンチンで「ヒップホップ文化」が花開くことになったとRest of Worldは述べています。


ブエノスアイレスのスラム街として知られるラ・ボカに住んでいたMateo Palacios Corazzina氏も、当時12歳だった2014年の時に初めてネットブックを手に入れたことで音楽制作を始めた人物です。「私が最初にしたのはAudacity(無料の音声編集ソフト)のインストールでした」とCorazzina氏は述べており、すぐにネットブックに内蔵されたマイクでラップの録音を始めたとのこと。

そしてCorazzina氏は、同じ年にレッドブルが開催したオンラインオーディションにネットブックで撮影・録音したビデオを送り、ラテンアメリカで人気を博するラッパー「Trueno」としてのキャリアを歩み出しました。Truenoが2020年12月にYouTubeで公開したMVは、記事作成時点で5000万回以上も再生されています。

Trueno - ÑERI (Video Oficial) - YouTube


移民が多い地域で育ったTruenoは、「機会がほとんどない、あるいは機会があってもくだらない問題に巻き込まれる場所で育つのは大変です。私の小学生時代の同級生の多くはどこかへ逃亡したり、刑務所に入ったりしています。私たちは疎外感に満ちた地域の出身です。しかし、そこには大勢の家族、多くの移民文化、豊富な芸術も存在します。そして音楽は疎外感を避けるための大きなツールでした」と、Rest of Worldに語りました。


Truenoと同じくネットブックの支給をきっかけにインターネットとのつながりを得たElian Valenzuela氏は、子どもの頃にパジャマを着たままで何時間もビデオを見ていたことから、母親に「¡Qué elegante!(なんてエレガントなの!)」と皮肉を言われたことがあるとのこと。この出来事から、Valenzuela氏はラッパーとしての名前を「L-Gante」にしたそうです。

記事作成時点で1億7000万回以上も再生された「L-Gante RKT」という曲は、政府支給のネットブックと10ドル(約1100円)で購入したマイクで作られたとのこと。L-Ganteは2021年のインタビューで、「音楽に興味があって同じような目標を持っている子どもたちにとって、成功するためにたくさんのキットは必要ありません」と語っています。

L-GANTE RKT - L-GANTE FT PAPU DJ (Videoclip Oficial) - YouTube


しかし、処理能力が低いネットブックで音楽を制作するには、ソフトウェアの使い方を工夫する必要があったそうで、子どもたちはリサンプリングなどを駆使してデータを圧縮するなどの方法を用いていたとのこと。また、ネットブックは使いすぎるとロックがかかるソフトウェアも組み込まれていたため、子どもたちはロックがかかる基準を調査したり、なじみのコンピューターショップでロックを解除してもらったりするケースもあったそうです。

必要最低限のスペックとほぼ無料で入手できるソフトウェアしか使えなかったものの、子どもたちはオンラインのチュートリアルやYouTubeを参考に音楽を制作し、貧弱な回線で音声ファイルやビデオをアップロードしました。ネットブックの支給から数年が経過した2017年頃には、アルゼンチン全土でヒップホップ文化が広がり、その多くはネットブックの恩恵を受けていたとのこと。アルゼンチンの文化省もこの動きを認め、全国的なヒップホップコンテストを主催しています。

アルゼンチンのラ・プラタ国立大学で社会学を研究するSebastián Benítez Larghi氏は、「労働者階級には常に文化的創造の伝統がありました」と述べ、都市部を中心に広がったヒップホップ文化はそれを証明するものだとRest of Worldに語っています。Conectar Igualdadは2018年に終了しましたが、翌年に政権交代が起きたことで「Juana Manso Federal Plan」というより大きなプロジェクトの一環として、ネットブックの支給プロジェクトが復活しました。教育省のMarés Serra氏は、「今のところ全ての学年をカバーする資金がありませんが、私たちは学生たちがコンピューターを持つモデルに回帰しました」とコメント。

また、ネットブックをきっかけにヒップホップ文化が隆盛したことを考慮して、子どもたちがコンピューターを通じて何かを好きになることを奨励しているとのこと。2020年に発生した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックでは、オンラインバナーで「ネットブックのロックを解除する方法」を教育省自ら周知するなど、以前とは関わり方にも変化が現れています。

Truenoは古いネットブックから新たなコンピューターに切り替え、音楽制作に最適なテクニックを学ぼうとしているそうです。しかし、自らのルーツを忘れたわけではないとのことで、「十分なリソースがない人のためのコンピューターは、研究や仕事、芸術などに力を与えるための重要なツールだと思います」とRest of Worldに語りました。

by Administración Nacional de la Seguridad Social

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in ハードウェア,   動画,   アート, Posted by log1h_ik

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