ミケランジェロの彫刻を「菌」に食べさせるプロジェクトとは?
菌は人体に害を及ぼすだけでなく、金を引き寄せたり、エネルギーを生み出したりといったさまざまな方法で利用されています。イタリアでは、ミケランジェロの彫刻を菌の「えさ」とすることで、美術品を復活させるというプロジェクトが行われました。
Send in the Bugs. The Michelangelos Need Cleaning. - The New York Times
https://www.nytimes.com/2021/05/30/arts/bacteria-cleaning-michelangelo-medici-restoration.html
西洋美術史のあらゆる分野に大きな影響を及ぼしたといわれるミケランジェロは、彫刻家および建築家として、その生涯で多くの作品を残しました。メディチ家礼拝堂内部にある新聖具室はミケランジェロの最高傑作と呼ばれる作品で、建設から数百年たっても多くの人々が訪れています。
しかし、建設が行われた16世紀の時点で、その石棺には汚れや変色が確認されていました。また石棺の上にある彫刻は何度もレプリカを作るために利用され、その都度残った残留物によって変色は大きくなっていったとのこと。1988年に行われた大規模な修繕作業では、残留物が取り除れたものの、金属製のブラシによって彫刻に傷が残ってしまったことが明らかになりました。また壁は長年の湿気や来訪者の手形で汚れ、時間の経過とともに状況は悪化していたそうです。
美術修復家であるダニエラ・マナ氏によると、石棺の汚れの1つは、暗殺されたアレッサンドロ・デ・メディチの死体が適切に内臓を取り出されないまま埋葬されたことに原因があるとのこと。数世紀もの間にアレッサンドロの体液は大理石に染みこみ、石棺に頑固な汚れを生み出しました。メディチ家礼拝堂全体がきれいになればなるほど、アレッサンドロと共に埋葬されたロレンツォ2世・デ・メディチの石棺の汚れは目立っていったそうです。
以下の右側に写っているのががロレンツォ2世・デ・メディチの石棺。ミケランジェロの「夕暮」「曙」という2つの彫刻で装飾されています。この画像は清掃を終えた後のものですが……
もともと、石棺は以下のように汚れていました。
このような汚れを、マナ氏やメディチ家礼拝堂博物館の元館長であるモニカ・ビエッティ氏らによるチームは、「菌」によって解決しました。
プロジェクトは2019年にスタート。まず2019年11月にメディチ家礼拝堂博物館はイタリア国立研究評議会を召集し、赤外分光法を使用して彫刻に方解石やケイ酸塩のほか、多くの有機的な付着物が確認されました。
この情報をもとに生物学者のアンナ・ローザ・スプロカティ氏が1000株以上のコレクションの中から「彫刻掃除」に適した菌を選択。スプロカティ氏は通常、流出した石油を分解するための菌や、重金属の毒性を減らすための菌を扱っているという人物です。
修復チームは選択した8つの菌株を使ってテストを実施。以下が祭壇の後ろで実施されたテスト用の「パレット」です。
まずスプロカティ氏がクリーニングを試みたのは、ジュリアーノ・デ・メディチの霊廟。この霊廟はミケランジェロの「昼」と「夜」という彫刻で装飾されています。2つの彫刻のうち1つは女性、もう1つは男性であり、チームはまず女性の彫刻の髪に「CONC11」と呼ばれる菌・シュードモナス・スタッツェリをまぶしました。そして鋳造用金型を取る際に接着剤やオイルがついた耳には、ナポリ近郊の皮なめし工場の廃棄物から分離されたロドコッカス属の菌「ZCONT」がつけられました。これらの菌はチームの予想どおり、彫刻についた汚れを食べてくれたとのこと。
しかし、人の注目を浴びる彫刻の「顔」についてはより慎重なアプローチが求められました。このため、顔についてはキャベツや白菜に発生するキサントモナス・カンペストリスという菌から生まれ、歯磨き粉や化粧水の安定剤として利用される多糖類のキサンタンガムで「パック」することになったそうです。
2020年2月に新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が流行したことでプロジェクトは中断を余儀なくされましたが、10月中旬にメディチ家礼拝堂が時間を短縮しつつ再オープンしたことで、再開。汚れが大きかったアレッサンドロの石棺も、遺体に由来するリン酸塩の汚れがセラチア菌「SH7」によって掃除され、美しい姿を取り戻したとのことです。
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