サイエンス

「喫煙者は新型コロナにかかりにくい」という論文が撤回される、タバコ業界とのつながりを明示しなかったため


「喫煙者は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)と診断される可能性が23%低い」と主張していた論文が、撤回されていたことが分かりました。この論文は、2020年7月30日に呼吸器学を専門とする査読付き医学雑誌「European Respiratory Journal」に掲載されましたが、後に著者5人のうち2人がタバコ業界と関わりを持っていたことが発覚したため、2021年3月4日に編集者側が撤回を発表しました。なお、著者らは今回の撤回に同意していないとのことです。

Retraction notice for: “Characteristics and risk factors for COVID-19 diagnosis and adverse outcomes in Mexico: an analysis of 89,756 laboratory-confirmed COVID-19 cases.” Theodoros V. Giannouchos, Roberto A. Sussman, José M. Mier, Konstantinos Poulas an… | European Respiratory Society
https://erj.ersjournals.com/content/57/3/2002144

Study That Said Smokers Get COVID Less Often Retracted for Big Tobacco Ties
https://www.vice.com/en/article/3aqz99/study-that-said-smokers-get-covid-less-often-retracted-for-big-tobacco-ties

今回、医学雑誌から撤回されたのは、メキシコの肺がん専門医であるJosé Manuel Mier Odriozola氏らが2020年7月に発表した論文です。この論文の中でMier氏らは、メキシコにおけるCOVID-19の症例8万9756例を分析した結果から、「タバコを吸っている人はCOVID-19と診断される可能性が23%低い」と主張していました。この研究は、イギリスの朝刊紙であるデイリー・メールなどを始めとするメディアで広く報じられました

多くの研究者はMier氏らとは対照的に、喫煙はCOVID-19からの防御を提供しないとの立場を取っており、中には「COVID-19から肺を守る上ではタバコをやめるのが最善策」「新型コロナウイルスパンデミックに備えるなら100%禁煙すべき」と唱える専門家もいます。このため、2020年7月には「COVID-19を契機にタバコをやめる人が急増している」と報告されました。

新型コロナウイルスによって「喫煙者の6人に1人が禁煙した」という報告 - GIGAZINE


ただし、Mier氏らの論文が撤回されたのは、研究内容が原因ではありません。European Respiratory Journalが発表した撤回声明によると、Mier氏は長年にわたりタバコ業界のコンサルタントとして活躍していたとのこと。また共著者の1人であるギリシャ・パトラス大学の免疫学者・Konstantinos Poulas氏は、タバコ産業が出資する「タバコのない世界のための財団(Foundation for a Smoke-Free World:FSFW)」と資金的なつながりを持つギリシャのNGO・NOSMOKEの主任研究員とのこと。両人はいずれも、European Respiratory Journalに論文を提出する際に、上記の経歴を明らかにしていませんでした。

NOSMOKEは禁煙の推進団体のような団体名ですが、IT系ニュースサイトMotherboardによると、同団体は電子タバコの開発やその安全性についての研究のために、タバコ業界から資金援助を受けているとのことです。


こうした事実が明らかになったことについて、European Respiratory Journalは、「論文の著者のうち2人が、原稿提出時に潜在的な利益相反関係があることを開示していなかったことが判明しました。新たな情報をもとに原稿の内容を慎重に吟味し、発行元である欧州呼吸器学会と協議した結果、これらの事実が原稿提出時に開示されていたならば、編集部は論文の掲載を検討しなかっただろうという点で強い意見の一致をみました」と述べました。

学術論文の出版規範を制定する出版規範委員会(Committee on Publication Ethics:COPE)のガイドラインによると、潜在的な利益相反関係があることを開示しなかったというだけで論文が撤回されるのは、通常はないとのこと。しかし、編集部は公表されなかった関係の性質や、論文のテーマがCOVID-19にまつわるデリケートな内容であることなどから、今回の撤回に踏み切ったと説明しています。


また編集部は、「2人の著者がタバコ業界に関する利益相反関係を開示していなかったことを除き、科学的な不正行為の疑いはないと認識しています」として、「喫煙者はCOVID-19のリスクが低い」とするMier氏らの研究そのものに不正はなかったとの見方を示しました。

パトラス大学の免疫学者で、タバコ業界とのつながりが指摘されていない論文の共著者であるKonstantinos Farsalinos氏は、「今回の撤回決定は不当で根拠がないものと考えています」と、Motherboardに対してコメントしました。

また、共著者の1人であるアメリカ・ユタ大学のTheodoros Giannouchos氏は、「私たちの研究は、決して喫煙を奨励するものではありませんでした。ニコチンがなんらかのポジティブな効果を発揮するかどうかは、現在のところ不明ですが、喫煙が(COVID-19に対する)防御手段にならないことは間違いないので、パンデミックの間は禁煙を奨励すべきと考えています」とコメントしました。

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in サイエンス, Posted by log1l_ks

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