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旧約聖書でアダムとイブが食べた「禁断の果実」はなぜリンゴで描かれることが多いのか?


旧約聖書の一節で、アダムとイブは神の命に背いて「禁断の果実」を口にしてしまったために、楽園を追放されてしまいました。この場面は人間の「原罪」が生まれた瞬間として多くの宗教画のテーマとなっており、そのほとんどで禁断の果実として「リンゴ」が描かれています。なぜ禁断の果実がリンゴで描かれるようになったのかについて、科学系メディアのLive Scienceが解説しています。

Was the 'forbidden fruit' in the Garden of Eden really an apple? | Live Science
https://www.livescience.com/what-was-forbidden-fruit-in-eden.html

アダムとイブの話は、旧約聖書の「創世記」に記されています。神は6日間かけて天と地を作り、7日目に休息を取りました。その後、土から最初の男であるアダムを作り、アダムのあばら骨から最初の女のイブを作りました。

神は自分が作った地上の楽園に、アダムとイブを住まわせました。その際に神は2人に対し、楽園の中央にある「命の木」と「知恵の木」に成る実を食べてはならないと言い聞かせました。しかし、ヘビがイブを誘惑し、楽園の中心にある知恵の木の実、つまり禁断の果実を食べるようにそそのかした結果、アダムとイブは禁じられた禁断の果実を口にしてしまいます。

それまで裸で過ごしていたアダムとイブですが、禁断の果実を食べたことで羞恥心を覚え、イチジクの葉を腰にまきつけます。それを見た神はアダムとイブが言いつけに背いて禁断の果実を食べたことを悟り、2人を楽園から追い出します。


多くの宗教画ではこの禁断の果実はリンゴの姿で描かれていますが、実は旧約聖書には「禁断の果実がリンゴだった」という記述はありません。日本聖書協会による口語訳の創世記には以下の通りに記述されていますが、「木の実」としか書かれておらず、具体的にどのような品種かは指定されていません。

さて主なる神が造られた野の生き物のうちで、へびが最も狡猾であった。へびは女に言った、「園にあるどの木からも取って食べるなと、ほんとうに神が言われたのですか」。
女はへびに言った、「わたしたちは園の木の実を食べることは許されていますが、
ただ園の中央にある木の実については、これを取って食べるな、これに触れるな、死んではいけないからと、神は言われました」。
へびは女に言った、「あなたがたは決して死ぬことはないでしょう。
それを食べると、あなたがたの目が開け、神のように善悪を知る者となることを、神は知っておられるのです」。
女がその木を見ると、それは食べるに良く、目には美しく、賢くなるには好ましいと思われたから、その実を取って食べ、また共にいた夫にも与えたので、彼も食べた。
すると、ふたりの目が開け、自分たちの裸であることがわかったので、いちじくの葉をつづり合わせて、腰に巻いた。


また、リンゴはもともと中央アジアの北コーカサス地方が原産であり、ヘブライ人が住んでいた中近東では育ちません。現代ヘブライ語でリンゴを意味する「תפוח(タプアハ)」は、古代ヘブライ語では果物全般を表わす言葉として用いられていました。しかし、イスラエル・バル=イラン大学脳科学科のラビ・アリ・ジヴォトフスキー教授は、創世記の冒頭ではヘブライ語で『果物』を意味する『פרי(ペリ)』は登場する一方で、『תפוח』は最古期のヘブライ語版旧約聖書のどこにも登場しないと指摘しています。

6世紀頃のユダヤ教のラビが記した書物には、「アダムとイブは禁断の果実を食べて裸を恥ずかしがった後、イチジクの葉を使って体を隠した」と旧約聖書に記されていることから、禁断の果実はイチジクであるという解釈が残っています。また、中東では馴染みの深いブドウや小麦、あるいはユダヤ人には馴染み深いかんきつ類のエトログだと主張する記述も多く残っています。


しかし長い歴史の中で、禁断の果実をリンゴとする解釈が主流となっていきました。このきっかけは、西暦382年に当時のローマ教皇ダマスス1世が旧約聖書をヘブライ語からラテン語に翻訳するように命じたことに始まると、スウェーデン・ウプサラ大学英文学科のロバート・アッペルバウム名誉教授は指摘しています。

アッペルバウム名誉教授によれば、当時の学者は旧約聖書を翻訳する上で、ヘブライ語の「פרי」をラテン語の「malum(malus)」としたとのこと。malumは「悪」という意味に加えて、「真ん中に種と芯があり、その周りに果肉がある果物」を意味する言葉で、具体的に「リンゴ」と翻訳されることもよくあります。当時の学者にとって「פרי」を「malum」としたのは、「果物」と「悪」のダブルミーニングを含ませた、非常にしゃれのきいた翻訳だったわけです。しかし、このラテン語の聖書を読んだときに「malum」が「リンゴ」と解釈されたことから、禁断の果実はリンゴの形で描かれることが主流となりました。

さらに、1667年に出版された、創世記をテーマにした叙事詩「失楽園」では、禁断の果実を指し示す言葉として「リンゴ」と明記されています。「失楽園」は聖書の正典ではなく、いわば創世記を基にした二次創作的作品ですが、この「失楽園」がきっかけとなり、「禁断の果実=リンゴ」説が世界中に広まったと言われています。

アルブレヒト・デューラーによる1504年制作の銅版画「アダムとイブ」では、イブが手に持つ禁断の果実はリンゴとイチジクの中間のような見た目です。


同じくデューラーが1507年に描いた油彩画の「アダムとイブ」では、イブが手に持っている禁断の果実は明らかにリンゴとして描かれています。


以下は、ルーカス・クラナッハが1525年に描いた「アダムとイヴ」という作品。イブがアダムに手渡しているのが禁断の果実ですが、確かにリンゴのような見た目をしています。


ヤン・ブリューゲルピーテル・ルーベンスが描いた「エデンの園と人間の堕落」は17世紀の作品で、ヘビにそそのかされたイブがアダムに禁断の果実を渡しているシーンが描かれていますが、この禁断の果実も見た目はリンゴになっています。


アッペルバウム名誉教授は「地上の楽園でアダムとイブが食べた禁断の果実が本当に私たちが考えているリンゴなのか、それとも単に真ん中に種が入った多肉質の果物なのかについては今もなお疑問の余地があります」と述べました。

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in アート,   Posted by log1i_yk

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