1人での映画制作が主人公の一人旅に重なったという映画「Away」を作り上げたギンツ・ジルバロディス監督にインタビュー
2020年12月11日(金)から映画「Away」が公開されました。本作はアヌシー国際アニメーション映画祭のコントルシャン賞初代グランプリをはじめ、国際アニメ映画祭9冠を達成している注目作ですが、その特徴は「監督が1人で作り上げた、セリフなしの映画」という点。どのようにしてこれほどの作品を生み出したのか、実際にギンツ・ジルバロディス監督に話を聞いてみました。
映画『Away』公式サイト
https://away-movie.jp/
インタビューに応えてくれたギンツ・ジルバロディス監督
GIGAZINE(以下、G):
公式サイトによると「8歳からアニメをつくり始めた」とありますが、最初はどのようなアニメを作っていたのですか?
ギンツ・ジルバロディス監督(以下、ギンツ):
子どものころは本当にシンプルに、レゴやプラスチックでなにか作ったり、ノートの端にパラパラ漫画を描いたりしていました。それから、FLASHの初期のバージョンを使ったりしていました。15歳になっていよいよ本気を出したわけですが(笑)、そのころからショートフィルムとして、ちゃんとストーリーのあるものを作るようになりました。アニメは自由自在に、ファンタスティックな世界が描けます。実写にあるようないろいろな制限がないので、背景からキャラクターの微細な表情までコントロールでき、自分で何でも掌握しておきたい“コントロール・フリーク”の僕にはよく合うメディアなんです(笑)。
G:
「Away」は徹頭徹尾セリフなしの作品で、実際に旅や探検をしているような感覚になります。これは、監督が持っている旅のイメージなのでしょうか、それとも、なにか実体験から反映されたものがあるのでしょうか。
ギンツ:
セリフがないのは、削った分、カメラワークや音楽、音響でより豊かに表現できるからという意図が1つあります。
そして、自分の経験にインスパイアされた部分も確かにあります。「自分が旅をしているときってこういう感じだな」という感覚や、広大な大自然の中にぽつんと1人立ったときの自分を思い知らされる感覚というのもあります。それと、自分自身が作品作りをしている時の感覚も表れているように思います。1人で孤島をさまようというのは、1人で映画作りをしているのと重なります。だから、とても自分自身の個人的な映画だな、とも思います(笑)。いろいろな動物が出てきてみんな群れているけれど、少年は1人で旅を続けているんです。
G:
監督は、第6回新千歳空港国際アニメーション映画祭で“Making of Away”というトークイベントを行った際、1人ですべて作ったことについて質問されて「Small budget(低予算で作れる)」「Creative control(自分でコントロールができる)」「A way to Learn different skill(自分のやりたいようにスキルが増えていく)」と3つの理由を挙げていました。なにか、本作で新たに手がけたこと、得たスキルなどはありますか?
ギンツ:
1つは「自分で音楽をつけた」ということです。これまでやったことがなかったので、新たな経験でした。もう1つは、長編のストーリーを作ったことです。ショートフィルムと違って、観客を飽きさせないためには何が必要なのかということを学んだ気がします。とても挑戦的な課題でした。
G:
なるほど。
ギンツ:
それと、技術的なところでは、リアルタイムレンダリングを初めて使い、時間短縮を図ることができました。もしなかったら、こうして1人で長編を作り上げることは難しかっただろうと思います。あともう1つ、マーケティングと配給をどうするべきかということも学べたと思います。多くの人に見てもらうにはどうしたらいいかがようやく分かった気がするので、次の作品をやるときには、そのあたりも前もってやれるかなと思います。
ギンツ:
そういう意味では「いろいろな自信を得ることができた」というのが大きいです。自分の中で1番恐ろしいのは「もし他人と一緒に制作した場合、指示を求められたときにどう答えていいか分からないんじゃないか」ということでした。それを克服して、次の作品の準備ができたんじゃないかなという気がしています。僕は独学でやってきたので、本作が自分にとっての映画学校になったと感じました。やはり、学ぶのにベストな方法は自分があれこれやってみることですね。みなさんにも、ぜひこの方法を推奨したいです。
G:
作品公式サイトに「私に多大な刺激を与えてくれた場所、ここ日本で公開されることを本当にうれしく思っています」という監督のコメントが掲載されていました。前述のトークイベントでは、自らが影響を受けたアニメとして、スタジオジブリの作品や「未来少年コナン」、ゲームでは「風ノ旅ビト」「INSIDE」「ワンダと巨像」の名前が挙がっていましたが、監督にとって、日本作品のどういった点が刺激的ですか?
ギンツ:
西洋のアニメは子ども向けのものが多いですが、日本のアニメは広い層に向けて作られています。最近は西洋でもそういった作品が出てきていますが、日本のアニメは特に子ども向け以外の作品の歴史が長いように思います。また、作品のメインストリームも、西洋はストーリーが似たり寄ったりですが、日本のアニメはエンタメ系、感情に訴えるもの、詩的なもの、雰囲気を味わえるものなど、いろいろ幅があります。加えて、ストーリーテリングをせかさないところも好きです。じっくりとその場にある風景を堪能する「間」が置かれる、そういう緩急を入れることで「動」が際立つというテンポも気に入っています。
スタジオジブリの作品を見ていると、ヨーロッパの文化や街からインスパイアされた部分があると感じます。そこに日本独自の視点が加わって作品となり、再びヨーロッパなど世界に羽ばたいているという、アイデアや文化の往来も面白いです。
こうやって考えると、世界とは小さなもので、それがストーリーや文化、コンセプトがつないでいるんだなと。特にアニメには、時代を問わない普遍性があると思います。
G:
本作が4章構成になっている理由について、監督は「資金の獲得のため」「集中するため」「途中で制作が潰えた時のセーフティネットとするため」の3つだと語っています。制作の中での最大の危機、あるいは最も困難だったことというのは何でしたか?
ギンツ:
自分の人生の中で1~2年を費やしていて、今更やめられなかったので(笑)、「つらい、もう無理」ということはなく、何が何でも完成させるという思いでした。危機みたいなものとしては、ファイルを紛失してしまって作り直すというケースがありました。しかし、改めて作るにあたり、当初はあれこれ試してリハーサルのような感じだったのが、いろいろな学びを得て「これは大事、こっちは大事じゃない」という選別ができるようになっていたので、よりいいものができあがりました。結果オーライです(笑)
それ以外で「困難だった」ということはそれほどなかったです。ただ、3Dだと技術的にいろいろと解決しなければならない問題が出てくるんですが、僕はそこに興味がなくて……音楽をつけたり、スカルプティングは楽しいんですけど、楽しくない部分に時間を使わなければいけなかったのは、ちょっとつらかったです。
あと、「0を1にする作業」のつらさもあります。白紙を目の前にして「さて、何を描くか」。アニメーションは可能性が無限大ですから、反対に、それが呪いになってしまう部分があります。「どこから始めようか、てんでわからない……」という状態になることもあります。でも、何かを描いて創造する、こんなにも達成感が得られることはないと思います。また、ストーリーを構築するときよりアニメーションにかける時間が多いわけですが、まず自分が何を語りたいのか、ストーリーをいいものにしておくのも大事でした。脚本がダメだと、あとでアニメーションで工夫してもダメですから。
G:
次から次へ予想のつかないシーンが連続しますが、本作には「絵コンテがない」と聞きました。自分の頭の中にすべてを置いていて、苦労はありませんか?
ギンツ:
そうですね……この制作スタイルが僕に合っているんだと思います(笑)。チームを編成しているわけではないので、ストーリーボードや絵コンテがなくても作れるんです。「僕はこうしたいんだ」と他の誰かに説明する必要がないですから。
ギンツ:
3Dアニメの面白いところ、自由でいいところは、なんでもさかのぼってやり直しが効くところです。「やっぱりカメラの位置はこっちにしよう」「アングルはこうしよう」というのが、手描きだとなかなかカンタンにはできませんが、3Dアニメなら背景や照明の調整も同時進行で行えます。それぞれの作業工程が他に影響するので「光をこう当てたいから、フレームはこうしよう、カメラの位置はここに変えよう」という場合でも、1人だから小回りが利くんです。チームを作っていたらこうはいかなかったと思います。
G:
最後の質問です。次回作の「Flow」は、どういった作品になるのでしょうか?
ギンツ:
以前公開した短編「Aqua」をベースにした、水が怖い猫のお話です。
Aqua on Vimeo
ギンツ:
ある日、大洪水で水浸しになってしまい、水の恐怖に打ち勝たなければならない。ボートに乗ることになるけれど、他の動物たちのことも怖い。なかなかうまくいかない……という葛藤を描きます。この作品はチームで作ることになるので、僕自身が経験することになるであろう「他の人たちと一緒にやるのは大変だ」という心情が投影されたものになるのではないかと思います(笑)。「Away」と同じくアニメで、アドベンチャーものでセリフはありません。ただ、スケールは大きくなって、絵も洗練されて面白いものになると思います。いま脚本とコンセプトアートを描いていて、完成は数年後になると思いますが、自分自身、楽しみにしています。
G:
「Away」の劇場公開とともに、楽しみです。本日はありがとうございました。
・関連記事
「ウルフウォーカー」監督インタビュー、「ブレンダンとケルズの秘密」「ソング・オブ・ザ・シー 海のうた」に続くケルト三部作完結 - GIGAZINE
映画「ミッシング・リンク」クリス・バトラー監督インタビュー、常に新たな要素に挑むスタジオ・ライカはどう最新作を生み出したのか - GIGAZINE
美しいパリをそのまま写実的に映画に取り込んだ「ディリリとパリの時間旅行」のミッシェル・オスロ監督インタビュー - GIGAZINE
「アリータ:バトル・エンジェル」プロデューサーのジョン・ランドー氏にインタビュー、制作経緯や技術の進歩など色々と聞いてみた - GIGAZINE
・関連コンテンツ