東ドイツの社会主義政策が西ドイツの母親の「労働習慣」に影響を与えたとの指摘
第二次世界大戦で敗戦国となったドイツは、戦後にドイツ民主共和国(東ドイツ)とドイツ連邦共和国(西ドイツ)に分割されましたが、1989年のベルリンの壁崩壊を経て1990年に再統一されました。社会主義国家だった東ドイツと資本主義国だった西ドイツの統一は多くの混乱と変化を引き起こしたことが知られており、新たな研究では「東ドイツ文化の影響で西ドイツ出身の母親の『労働習慣』が大きく変化した」と報告されました。
Wind of Change? Cultural Determinants of Maternal Labor Supply
(PDFファイル)https://cream-migration.org/publ_uploads/CDP_20_20.pdf
Women in work: how East Germany's socialist past has influenced West German mothers
https://theconversation.com/women-in-work-how-east-germanys-socialist-past-has-influenced-west-german-mothers-147588
東西ドイツの再統一に当たっては、東ドイツが西ドイツに編入されるという形を取ったため、新たなドイツは西ドイツの政治・経済・法制度を採用しました。統一を前にした初期の議論においては、社会主義国であった東ドイツを民主主義国家に変える方法や、計画経済を自由市場経済に変える方法など、主に制度面に焦点が当てられていたとのこと。その一方で、40年以上の分裂が文化や社会規範、個人の経済行動に与えた影響について考える人は少なかったそうです。
記事作成時点ではドイツの再統一から30年近くが経過していますが、依然として東西ドイツの分裂による影響は残り続けています。たとえば、比較的裕福な旧西ドイツ地域では環境政策を推進する「緑の党」への投票率が高く、比較的貧しい旧東ドイツ地域では極右政党の「ドイツのための選択肢」への投票率が高いことなどが知られています。
近年はドイツ再統一による文化的影響の研究も進んでいますが、その多くは「西ドイツの影響を受けて東ドイツ出身の女性の平均初婚年齢や出産年齢が上がった」など、西ドイツが東ドイツに与えた影響に関するものであり、東ドイツが西ドイツに与えた影響についての研究は少ないそうです。そこでドイツの研究チームは、新たな研究で「東ドイツと西ドイツにおける『働く女性の習慣』の変化」に焦点を当て、東ドイツの文化が西ドイツ出身の人々に及ぼした影響を調べたとのこと。
by fdecomite
社会主義国家であった東ドイツでは、たとえ母親であってもフルタイムで労働市場に貢献することが強く奨励されていました。そのため、1989年の時点で東ドイツは女性の89%が働いており、当時の世界では最も女性労働者が多い国の一つだったそうです。一方、西ドイツでは伝統的な「夫が稼ぎ、妻が家事を行う」というモデルが広まっており、同時期における西ドイツの女性労働者は56%にとどまっていました。
東ドイツでは1949年に、女性に労働および男性と同一の賃金を得る憲法上の権利を与えており、働いていない母親は「schmarotzer(寄生虫)」と呼ばれるなど、専業主婦という存在が低く評価されていました。それと同時に、東ドイツでは寛大な産休・育休制度を世界に先駆けて導入しており、女性が出産しても働き続けられる体制を整えていたとのこと。
その一方で、西ドイツでは専業主婦に有利な税制や手厚い福利厚生制度などもあり、共働き家庭の増加が抑制されていました。学校が終わるのも早く保育所も少なかったため、子どもを持つ母親は子育てに専念することが求められ、むしろ働く母親を低く見る風潮もあったそうです。
東西ドイツは母親の労働について非常に対照的な文化を持っていましたが、再統一の後は移住や通勤によって社会相互作用が増加しました。しかし、東ドイツ出身の女性は西ドイツの文化に触れた後も、社会主義国家の平等主義的なジェンダー規範に従って行動し続けたそうです。その一方で、西ドイツ出身の母親は、再統一後にこうした東ドイツ文化の影響を強く受けたと研究チームは述べています。
研究チームは再統一から40年が経過した時点でも、旧東ドイツ地域と旧西ドイツ地域における母親の労働習慣には大きな違いが見られると指摘。たとえば、旧東ドイツ地域に住む女性の多くは子どもが生まれてから1年以内に職場へ復帰しますが、旧西ドイツ地域の母親は3年間の雇用保護期間をフルに使う人がはるかに多いそうです。また、母親の労働時間も、旧西ドイツ地域の母親の方が短い傾向があるとのこと。
職場復帰への時間差や労働時間の違いにより、母親が得る収入にも大きな差が生まれています。旧西ドイツ地域の母親は、出産後の収入が出産前の45%程度にとどまるのに対し、旧東ドイツ地域の母親は出産前の70%の賃金を得ているそうです。
興味深い点として研究チームが指摘しているのが、「東ドイツの文化が西ドイツの文化より根強く残っている」ということです。統一されてから旧西ドイツ地域に移住した東ドイツ出身の人々は、西ドイツの文化が強い環境で数年を過ごした後も子ども時代の価値観を保ち続けており、子どもは東ドイツの規範に沿って育てられるとのこと。これは母親の労働における選択でも同様で、東ドイツで育った女性が母親になった後の雇用を選択する際は、現時点で住んでいる場所の文化的状況より子ども時代の信念や価値観を優先する傾向があると、研究チームは述べています。
これとは対照的に、旧東ドイツ地域に移住した西ドイツ出身の母親は、自分が住んでいる東ドイツの文化的規範に影響され、出産後の労働について東ドイツ出身の同僚に合わせた選択を行うそうです。また、東ドイツ出身の女性が多く働く企業に勤めている西ドイツ出身の母親は、東ドイツ出身者が少ない企業に勤める母親より早く職場に復帰する傾向も見られたとのこと。
今回の研究は、再統一において東ドイツが西ドイツの制度を採用したにもかかわらず、母親の役割に関する東ドイツの文化が根強く残り、西ドイツ出身の人々に影響を与えたことを示すものです。近年では多くの国々が母親の雇用をサポートする政策を進めており、ドイツでも東ドイツと類似した産休・育休制度や子育て支援政策が導入されましたが、これがドイツ人女性の社会規範にどう影響するのかは、現時点では不明だと研究チームは述べました。
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