インタビュー

「ウルフウォーカー」監督インタビュー、「ブレンダンとケルズの秘密」「ソング・オブ・ザ・シー 海のうた」に続くケルト三部作完結


ブレンダンとケルズの秘密」、「ソング・オブ・ザ・シー 海のうた」、「ブレッドウィナー」と世界に注目される作品を送り出してきたスタジオ、カートゥーン・サルーンの新作アニメ映画「ウルフウォーカー」が2020年10月30日(金)から公開されます。

今回、作品の共同監督を務めたトム・ムーア氏とロス・スチュアート氏にインタビューする機会が得られたので、本作をどのように作り込んでいったのか、話を伺いました。

映画『ウルフウォーカー』オフィシャルサイト
https://child-film.com/wolfwalkers/

GIGAZINE(以下、G):
監督の前作「ソング・オブ・ザ・シー 海のうた」のBlu-rayに収録されていたインタビュー映像で、次回作、つまり本作について「もう作り始めているよ」という発言がありました。映画公式サイトでは構想7年という情報もありましたが、もともとのアイデアはどういうものだったのですか?

トム・ムーア監督(以下、ムーア)
ロスと一緒に「ソング・オブ・ザ・シー 海のうた」の創作に関わっていたある日、ランチを食べながら「次はどうしようか」という雑談をしたんです。私たちが興味があったテーマは、古い伝説や歴史についてでした。そこで「私たちが育ったこのキルケニーという町を舞台にしてはどうだろうか」ということから、生物多様性が失われていってしまっているという問題や、いろいろな差異を超えての友情というのはあり得るんじゃないかといったテーマを思いついていったんです。

G:
なるほど。カートゥーン・サルーンではケルト三部作と表現される「ブレンダンとケルズの秘密」「ソング・オブ・ザ・シー 海のうた」「ウルフウォーカー」の3作品、さらにその間に「ブレッドウィナー」を制作しており、作品を重ねるたびに全体の質が向上していることを感じます。本作では、どういったところでレベルを上げていこうと考えたのでしょうか。あるいは、なにか違う基準の部分を変えているのでしょうか。


ムーア:
本作は「共同的に作った」という部分が異なっていて、進化しているのではないかと思います。今回はロスと共同で監督しましたが、彼と一緒にやったことで、私一人ではできないようなことができました。あらゆる観点に置いて、彼の参加はこの作品を良くしたと思います。例えばロスの独特な視点によって、ストーリー作りや背景画の品質のレベルが上がりました。また、シーンに応じて、線の描き方を変えることや、「ウルフビジョン」と呼んでいるオオカミから見た世界を、手描きアニメでありながらも3D的に造形していくといったことができました。過去にやりたいと思ったけどできなかったような技術的な試みが、今回の作品ではできたんじゃないかと感じています。

G:
ロスさんは「ブレンダンとケルズの秘密」の技術監督で、本作では共同監督を務めています。この「共同監督」では、なにか役割を分担して行ったのですか?

ムーア:
今回の「共同監督」は、まったく平等な共同作業でした。「ブレンダンとケルズの秘密」の場合は、ノラ・トゥーミーさんが副操縦士のような形で参加していて、私のアイデアをノラさんがサポートしてくれたという感じでした。本作の場合、私とロスの2人で小さなところから大きなところまでなるべく平等に分け合っていこうという思いで取り組みました。だから「私自身のアイデアへ参加してもらった」という形ではなく、ストーリー作りや、それぞれの判断をする場面においても平等性が特徴的なコラボレーションだったんじゃないでしょうか。

G:
なるほど。本作はお話の流れが途中からまったく想像できない方向にいくので驚いたのですが、脚本はどれぐらいの時間をかけて完成させたのですか?


ムーア:
脚本には一番多くの時間を使いました。

ロス・スチュアート監督(以下、スチュアート):
確かに、脚本には一番多くの時間を使いました。7年前にこのストーリーを思いつき、それからあらすじを何回か書き直して、1年間くらいかけて色んな構想を重ね、3年前にやっと脚本が完成しました。脚本家のウィル・コリンズさんと共にストーリーを作り上げる過程では、主人公の性別を変えるという大胆な変更もありました。見通しの効かないような物語を編み込んでいくこの作業は、私たちにとってまさに旅路のようなものでした。


G:
先ほど、キルケニーを舞台にした作品を作ろうと最初に話をしたとうかがいましたが、本作では、どのあたりまでが実際にキルケニーで語り継がれている伝説で、どのあたりからが独自の創作部分にあたるのでしょうか。「ソング・オブ・ザ・シー 海のうた」の場合は、フクロウの魔女であるマカが感情を奪い取ってビンに封印するというの部分がオリジナルでしたが。

スチュアート:
オオカミ人間に関する部分は伝説に基づいています。キルケニーにはかつて聖パトリックの祝福または呪いによって、寝ている間にオオカミに変身する家族がいたという伝説があります。この伝説を中心に物語を作っていきました。しかし、ロビンやメーヴなどキャラクターの物語に関しては、この伝説とは別に作り上げました。


ムーア:
もとの伝説には「オオカミ人間が他の人間をかむことによってオオカミ人間が増える」というような要素はなかったんです。そこに、かみついた相手を同族にしてしまう、ドイツのウェアウルフの伝説の要素を取り込んだのが今回の作品の要になっています。

G:
本作では、登場人物の中に「明確な悪意を持っている者」が1人もいなくて、それぞれ、自分が考える誰かのための最善を選んだ結果、最悪の出来事に向かって突き進んでいくという感じが非常にリアルだなと感じました。過去作でも同じように「良かれと思ってやったことがまったく良くない結果につながった」という共通点がありましたが、これは意図して入れたものなのでしょうか。それとも、作品を作っていく上で、偶然そうなってしまったのでしょうか。

ムーア:
この質問をしてもらえて、とてもうれしく思います。一生懸命脚本を書き直しているプロセスで、そのあたりがとても微妙で難しかったんです。特に護国卿という人物の描き方です。護国卿はこの映画の中で唯一「悪人」と表現されるような立場の人物です。「なぜ彼がそういう行為を行っているのか」ということの説明がなかなかしきれなかったので、悪人に見えやすくなっているんです。でも私は、映画の中に登場する人物はみんなヒーローで、正しいと思っていることを貫いているんだということを考えてきました。どんなひどいことをする人にも理由があり、よっぽどのいわゆるサイコパスでない限り、みんなが自分の信じていることを貫いているんだ、と。その点は意識した部分です。

スチュアート:
まったく、とても面白い質問だと思います。護国卿はオリバー・クロムウェルをモデルにして描いています。クロムウェルという人物は「アイルランドを文明化する」という名のもとに多くの人を殺すというかなり暴力的なことをした人なんです。でも、もう一方の見方として、特にイギリス側から見ると、彼は民主的な国家を作った立役者とみなされていて、ロンドンの中心街に銅像が立っているぐらいの人物でもあるんです。だから、ある人にとって英雄である人は、他の人にとっては悪人である可能性もあるということであり、悪人であるかどうかというのは物の見方次第で、本人にしてみれば自分はヒーローだとか、あるいは他の人から見たらヒーローであるといったこともあり得るんです。現代の政治を見ても同じような問題が見え隠れすると思います。


G:
人間のキャラクターと比べると、野生の動物たちは非常にいきいきと動いているように感じます。絵を見るとリアルな造形ではなく、骨格はかなりデフォルメされているのに、なぜこれほど「リアルに動いている」というような感覚になるのか不思議なのですが、監督は動かすにあたって、どういった点に気を配っているのですか?

スチュアート:
当初から「対比を描きたい」という風に思っていました。街の人がある種の抑圧やしがらみがあって、おりの中に暮らしているような生き方をしているということが描かれる一方で、オオカミや野生の動物たちは直感的に、自由に、自分たちの思うがままに生きている。この2つの世界を対比するのに、キャラクターデザインから、アニメーションの動かし方までこだわりました。たとえば、自由な森の世界を描くためにまるで水のような流れを映し出すエネルギーや、水のような動きをデザインの中に意識し、技術を駆使しました。物理的な肉体としての動きの厳密さがオオカミたち一体一体にありながら、集団としてのオオカミが涙のしずくのような形をして伸び縮みをしていくというように、動かし方によってこの森の中で生きる生き物たちの自由、自分の思うがままにあるんだという解放感を描きました。

G:
「ソング・オブ・ザ・シー 海のうた」の日本公開時のインタビューで、ムーア監督が制作工程について「例えば絵コンテのあとのレイアウトで、私たちがクリーン・レイアウトと呼んでいる工程。背景とキャラクターを丁寧に描き込んだ、画面の完成版に近いものを200シーンぶん作りました。作画にとって必要な情報が全てそこにあるのです。それをみんなで共有することで全スタジオでぶれのない見取り図が手に入り、共有がスムーズになるメリットがあります」と言っていました。本作もクリーン・レイアウト工程を経て作られたのでしょうか。それとも、新たになにか変更は加えられたのでしょうか。

ムーア:
前作の作業工程と、ほとんど違いはないですね。ディテールが細かかったり、テクニックのバラエティが膨らんだ部分はありましたが、「ソング・オブ・ザ・シー 海のうた」のときも、町はインクで、森や山はペンシルを使って、さらに水彩絵の具を両方に使っていくというような基本的なパターンがあって、本作でも同じように展開しています。また、キャラクターガイドに関しても、フランスやルクセンブルクのように同じ現場で作業することがないようなアーティストたちが共有できるようなものをきっちりと作り上げました。「ソング・オブ・ザ・シー 海のうた」で学んだことを積み上げて、今回の作品が生まれてきたということです。

G:
なるほど。

スチュアート:
前作にはない「ウルフウォーカー」の特徴としては、「ウルフビジョン」というオオカミの視点を描いているところです。このシーンだけは通常の仕事の流れと違っていたと思います。まるで一つの独立した短編映画を作るようにして、手作業で進めていきました。この作業には監督であり、アニメーターでもある天才、エイミン・マクナマラの貢献が大きかったです。ウルフビジョンのシーンはプリビズに手をかけました。

G:
同じく、前作の日本公開時のインタビューで、ムーア監督は「ヨーロッパで多くの批評家に『日本のアニメみたい』と比較されてきた」と語っていました。しかし実際に作品を見ると、カートゥーン・サルーン作品は日本のアニメともまた異なる個性を持った作品のように思えます。どのあたりが「日本のアニメみたい」と比較されたのかについて、どのようなお考えでしょうか。

ムーア:
日本のアニメの多くが長い間手描きアニメにこだわったというところかもしれません。西洋ではCGに移った後も日本では手描きが重視されてきたと思います。それから、西洋で一番有名な日本のアニメーションスタジオといえばスタジオジブリですが、私の作品に出てくる「環境問題」や「若い人の成長」というテーマが、スタジオジブリ作品と共通するところがあるからかもしれません。その点では、ピクサーやディズニーよりも、より日本のアニメに近いというのが、ヨーロッパの批評家たちの感覚だったんでしょうね。

G:
なるほど。本日はお話をありがとうございました。


映画「ウルフウォーカー」は2020年10月30日(金)から、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国ロードショーです。

『ウルフウォーカー』予告 10月30日(金)YEBISU GARDEN CINEMA他公開 - YouTube


字幕版と吹替版があり、吹替版ではハンター見習いの少女・ロビン役を、「パプリカ」を歌っていることで知られるFoorinのメンバーで映画「3月のライオン」川本モモ役などで知られる新津ちせさんが担当。

ロビン役・新津ちせさん:
神秘的な美と生命力にあふれているカートゥーン・サルーンの作品がどれも大好きなので、今とってもワクワクしています!
友情と約束を大切にし、人間とオオカミが共に生きる道をさがす、優しくてまっすぐなロビンの姿をぜひたくさんのかたに見てもらいたいです!
メーヴ役のリリコちゃんとは普段から仲良しなので、力をあわせてアフレコ頑張ります!


“ウルフウォーカー”メーヴ役は、新津さんと同じFoorinのメンバーで映画・舞台・ドラマなどで活躍する池下リリコさん。

メーヴ役・池下リリコさん:
思いやりがあり自由奔放で瞬間瞬間を大切に生きるメーヴが大好きです。
どんなことにも前向きに取り組んでいるメーヴを尊敬しています!
だから、メーヴを演じられることがとても嬉しいです‼️
私とロビン役のちせとは仲が良いので、一緒に頑張ります!
私は自然と人が仲良くできるようにという願いを込めて力強く伝えたいです‼️


ロビンの父親でウルフハンターのビル役は、CM・映画・ドラマなどで活躍中の俳優・井浦新さんが担当。

ビル役・井浦新さん:
カートゥーン・サルーンは歴史や文化の奥深さ、大自然の偉大さを感じられる作品たちに出会わせてくれます。
その世界観を楽しみながら、心を込めてビルを演じていきたいと思います。

© WolfWalkers 2020
配給:チャイルド・フィルム

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