科学研究を取り巻く2つの深刻な問題とは?
科学技術の進歩は年々目まぐるしいスピードで発展を続けているように思えますが、さまざまな理由から科学界には今後の発展に影響しかねない2つの大きな問題が存在していることを、アメリカの慈善団体Arnold Venturesのヴァイスプレジデントであるスチュアート・バック氏が語っています。
Escaping science's paradox - Works in Progress
https://worksinprogress.co/issue/escaping-sciences-paradox/
バック氏によると、科学には「再現性」と「革新」という2つの深刻な問題があるとのこと。バック氏が語る再現性の問題は、「科学的発見の多くは再現性がなく、発表されている論文に沿って同じ研究や実験をしても結果が同じになるとは限らないこと」を指し、革新の問題は、「再現の問題によって科学的革新が起こるペースが遅くなっていること」を指しています。
再現性についてはさまざまな研究分野において問題視されており、2015年に総合学術雑誌のNatureが1576人の研究者に対して行った調査では「自分以外の科学者が発表した実験を再現するのに失敗したことがある」という研究者の割合は70%以上、「自分自身が行った実験を再現するのに失敗したことがある」という研究者は50%以上も存在していたことが報告されています。
科学の「再現性」が危機に瀕している - GIGAZINE
by Carlos Henrique
また、一部の製薬会社は、信頼できる学術誌に掲載された実験でさえ80%以上が再現不可であったと報告しました。さらに、世界中にある200以上の心理学研究室によって実施された「心理学における再現性プロジェクト」では、心理学雑誌に掲載された約100本の研究論文の再現に取り組んだものの、約40%しか確実に再現することができなかったとのこと。中には信頼性が低く、詐欺の可能性が示唆される研究も含まれていたとされています。
科学技術の革新についても多くの研究者から問題視されており、オンライン決済サービスStripeの創設者であるパトリック・コリソン氏と物理学者のマイケル・ニールセン氏も「過去100年の間に、科学に投資する時間とお金は大幅に増えましたが、重要なブレイクスルーの発生頻度は変わらず、ほぼ一定の速度で生み出されています。1ドル(約100円)または1人当たりの効率を考えれば、これは科学の効率性が著しく低下していることを示唆しています」と共著の記事で語っています。
「科学において重要な分野の研究は、再現性が高く革新的であると言えます。しかし近年、科学は再現性を失い、革新的ではなくなってきているのです」とバック氏はコメント。バック氏は再現性を向上させる方法として「他の研究者が精査・再実験がしやすいよう、データやプログラミングコードなどをオープンソースとして共有するべき」という案を挙げています。論文に記載されていない研究内容の詳細を共有することは、明らかな不正行為の発見にもつながるとバック氏は主張。
また、バック氏は実験や研究内容を事前登録するようなシステムを設けることで、実験の後で分析や結果を意図的に選別し、実験結果の意図的な誇張を減らすことができるとも述べています。事前登録制度は一部の臨床試験で実施されており、アメリカ国立衛生研究所の調査では、事前登録を義務づけたことで不正な報告が減少したためか、研究の成功率が劇的に低下したことが報告されています。
さらにバック氏は、近年発表される研究結果が肯定的で刺激的なものにばかり偏っているとも指摘。「癌を治す薬は、そうでない薬よりも刺激的です。夫婦間の幸福度を向上させるための調査は不幸に関する調査よりも優れています。これは、私たちが高カロリー食品を好むのと同じ傾向を連想させます。しかし、高カロリー食品への偏りが私たちの食生活を台無しにしているのと同じように、研究の肯定的な結果への偏りが科学全体を歪めているのです」とバック氏は語りました。
実際、スコットランドのエディンバラ大学にある科学技術革新研究所が行った調査では、主要な研究分野において発表された研究結果の70~90%以上が肯定的なものであることが報告されています。この原因として、バック氏は「研究者はよくない研究結果が得られた場合、結果を隠す傾向があります」と主張しました。「科学では、金融などと同じようにリスクとリターンのトレードオフがあります。リスクの低い研究は報酬も低い一方で、失敗などのリスクが高い研究は報酬が高くなるものです」とバック氏は述べています。
つまり、研究に成功するほど報酬を得られるシステムが存在するために、研究者は報酬のために困難な研究が成功していることを示し続けなければならないということです。バック氏は、研究者が一見画期的で予測可能な成功だけを示すような結果を出し続ける傾向は避けるべきであり、失敗した研究でも今後の発展のために結果を開示し共有すべきだと主張。「このままでは、あまり革新的ではない科学が、派手で再現性のない主張で説明され続けることになります」とバック氏は指摘しました。
「再現性と革新性を向上させることは、簡単なことではありません。科学における政策と資金提供システムは、無益な研究結果にも開示を要求するべきです。周囲に支持されない努力に対しても資金を提供することで、成功と失敗の両方を示す研究結果を同時に実現できるでしょう。そうすれば、社会全体が毎年科学に費やしている何十億ドルものお金から、より多くの価値を得る研究ができるようになるでしょう」とバック氏はコメントしています。
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