女性研究者の減少は「性差別」だけではないという主張
By Wavebreakmedia
科学・技術・工学・数学(STEM)の分野において、女性研究者の減少が問題視されており、男女平等によってSTEM分野の女性研究者が減少するという調査結果も発表されています。なぜSTEM分野の女性研究者が減少の一途をたどっている原因について、自身も物理化学の女性研究者であるカレン・J・モレンツ氏が語っています。
Is it really just sexism? An alternative argument for why women leave STEM
https://medium.com/@kjmorenz/is-it-really-just-sexism-an-alternative-argument-for-why-women-leave-stem-cccdf066d8b1
2011年のアメリカ国立科学財団の報告によると、2008年に物理学の学士号を取得した女性は全体の20.3%、博士号を取得した女性は全体の18.6%しかいませんでした。化学では学士号を取得した女性が49.95%、博士号を取得した女性は36.1%と低い割合となっています。対照的に、生物学では、学士号の59.8%、博士号の50.6%が女性となっており、STEM分野と比較すると高い割合を示していました。
ヨーロッパにおける、学歴と男女格差についての(PDFファイル)調査で明らかになった、イタリアのトレント大学(UNITN)およびイタリア全土における大学での階級別の男女比を示したのが以下のグラフです。縦軸は割合(%)、横軸は階級を示しており、左から学士課程学生、博士課程学生、博士研究員、非常勤講師、講師、准教授、教授の順に並んでいます。学士課程の時点では男女比にあまり差がなく、女性の方がわずかに高い割合を示していますが、階級が上がるにつれて男性が占める割合が大きくなっており、准教授の時点で大きな差が開いていることが分かります。
また、人文科学、社会科学、教育の分野も含めた、カナダの大学における男女比の調査で作成されたグラフでも同じ現象が発生しています。以下のグラフでは縦軸が割合(%)、横軸が左から学士課程、修士課程学生、博士研究員、講師、准教授、教授となっています。博士研究員となった女性が非常勤講師や講師以上の役職に就かず、大学を去って行く現象は「leaky pipeline(漏れやすいパイプライン)」と呼ばれています。
モレンツ氏は「女性が大学を去っていく原因は性差別であると広く信じられていますが、そうではありません」と語っています。実際、2016年の調査では、STEM分野に関わる女性の約60%が何らかの性差別を経験したことがあると報告されています。しかし、2018年にノーベル物理学賞を受賞したドナ・ストリックランド教授や、カナダで先端機能材料研究を行う化学者のオイゲニア・クマチェバ教授などの女性研究者は「性差別は障害にはならなかった」と語っています。
モレンツ氏自身も、「博士号を取得した時点で、ほとんどの女性はいくつもの性差別を乗り越えていると言えます。博士号を取得しているということは、性差別に限らず、圧倒的な困難に直面したとしても、非常に頑固な意思を持って切り抜けてきた人間であることを証明しています」と述べ、性差別が女性研究者減少の主な原因ではないことを主張しています。
By seventyfourimages
女性がどのような理由で研究職を辞めるのかを、モレンツ氏が独自に聞き込み調査したところ、一番多かった理由は「仕事と家庭の両立」というものでした。2016年に行われた、STEM分野の女性減少に関する調査によると、STEM分野の研究職に就いた女性は、結婚や出産が遅くなるか、独身のままでいることが多い傾向にあると示されており、もし子どもがいたとしても、非STEM分野の研究職に就いた女性よりも子どもが少ない傾向にあります。なお、STEM分野の男性は、非STEM分野の男性と比較しても、女性に見られるような違いはありません。
さらに、女性の生殖能力が低下し始め、出産時に発生する合併症などのリスクが母子ともに上昇し始めるとされる30代前半に、約56%の女性がSTEM分野の研究から大量に離職しているという(PDFファイル)調査結果が明らかになっています。STEM分野を離れた女性のうち、約50%は非営利団体や政府機関で働くようになり、約30%は家族との時間を作りやすい非STEM分野の仕事に転職し、約20%は専業主婦になっています。
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「ほとんどの学者や政策立案者は、若い女性にSTEMに興味を持ってもらい、職場での性差別解消に取り組むことで、STEM分野における女性の減少を改善できると考えています。しかし、女性が研究職を辞める主な理由は性差別ではなく、統計でも『仕事と家庭の両立』が問題であることが示されています。それにも関わらず、具体的な対策は講じられないまま、完全に無視されています。なぜなら、権力者は『女性が妊娠して育児休暇を取る』ことを恐れて女性を雇用しない傾向が強いからです」とモレンツ氏は語っています。
また、モレンツ氏は「はっきり言って、性差別が問題ではないと言っているのではありません。私が言いたいのは、多くの人々の長年にわたる継続的な努力のおかげで、性差別の問題は、少なくとも大学院レベルでは、STEM分野における女性にとって最大の障害ではなくなりました。だからといって、性差別の問題を考えなくてもいいというわけではありませんが、『STEM分野でのキャリアを維持しながら家庭を築きたい女性をどう適切に支援するか』という問題にもっと目を向けるべきです」とも述べており、研究者の女性を支援するシステムの必要性を訴えました。
実際に、子どもを持つ女性がSTEM分野で働けるよう支援するプロジェクトとして、無料の育児施設の提供や、女性が子供の世話をしながら研究室の管理ができるよう、助手や技術者を提供して支援するプログラムなどが、アメリカのダナ・ファーバー癌研究所などで実施されています。
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「私個人としては、研究職を目指す女性にとって理想的な状況が整ってきていると思っています。私たちが、家庭を持つ選択をしたSTEM分野の女性を支援することで、より多くの博士号を持つ女性が、より高度な資格を必要とするアカデミックな職に就くことを奨励しています。私たちの社会全体は、高度に訓練された知的な女性たちのスキルから恩恵を受け、現代の課題に対する革新的な解決策を利用できるようになるでしょう」とモレンツ氏は語っています。
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