インタビュー

「HUMAN LOST 人間失格」木﨑文智監督&冲方丁さんインタビュー、太宰治の小説からSFダークヒーローものがどのように生み出されたのか?


太宰治生誕110周年の2019年、代表作の1つである「人間失格」を原案としたアニメ映画「HUMAN LOST 人間失格」が公開されることになりました。「昭和111年、僕は人間を失格しました。」というキャッチコピーの時点で、原案とはかなり離れた作品であることがうかがえますが、この作品はどのようにして生み出されたのか、そしてどんな苦労を経て完成したのか、監督の木﨑文智さんと、ストーリー原案・脚本の冲方丁さんに話をうかがう機会があったので、疑問質問を束にしてぶつけてきました。

劇場アニメーション映画「HUMAN LOST 人間失格」公式サイト
https://human-lost.jp/

公式パンフレット用取材などで多忙な中、インタビューに応じてくれた木﨑監督と冲方さん。


◆「『人間失格』でSFダークヒーローものをやりたい」という企画立ち上げ
GIGAZINE(以下、G):
本作は、太宰治の生誕110周年に合わせるような形で公開されますが、2019年3月に公開されたティザービジュアルの時点でかなり原典と違うものであることがわかります。いったい、どこをどうしたらこういうストーリーになったのか、まったく想像がつかないのですが、冲方さんはどのようにしてストーリー原案を作り上げていったのですか?

ストーリー原案・脚本 冲方丁さん(以下、冲方):
最初に企画書を見せてもらうと「太宰治の『人間失格』でSFダークヒーローものがやりたい」と書いてあって。

G:
太宰でSFダークヒーローもの。

冲方:
ところがそこに「どうやってヒーローになるか」は書かれていなかったんです。まだ企画概要や方針ぐらいの内容でした。

G:
なかったんですか?

冲方:
「どうしたらそんなヒーローになるのか」というところはすぽっと抜けていて。「アンニュイな主人公が大暴れする」だったり「真っ暗闇の東京、輝く東京タワーを見上げるクリーチャー」というイメージはあったんですが、「なぜここにクリーチャーがいるのか、そもそも主人公は誰なのか」ということは未定でした。これ、どうやったらSFになるだろうと考えて……。SFのギミックというのは、ある個人の問題ではなくて、コミュニティとか人類の問題でなければいけないんです。「個人が失格した」といっても、SFに落とし込んでしまったら「ふーん」で終わってしまう。だから、タイトルの意味をひっくり返すしかない。そこで「人間失格」を「全人類が失格している」と考えました。


G:
おお!

冲方:
人類が自分たちの作った文明についていけなくなってしまった話にしようと考えたことで、ようやくSFらしくなって。そのあと、日本を舞台にするならどうしたらいいか、少子高齢化を逆手に取ったSF設定はないか、とか詰めていきました。話し合いをする中で「やっぱり主人公は大庭葉藏でしょう」ということになったので、じゃあ、大庭葉藏をどうするかですよね。そこで「最終的にコイツが切腹して変身したら、とくに海外の方が面白がってくれるのでは?」と。


G:
そういう考えに(笑)

冲方:
要するに「ダークヒーロー爆誕」の物語として、過程を描けばよかろうと。それってよくよく考えると太宰ではなく三島なんじゃないか、「これじゃ楯の会になってしまうぞ?」とか言いつつ、できあがっていきました。

G:
そのあたりの流れは、木﨑さんは決まってからオファーがあったのですか?その流れにも関わっていましたか?

木﨑文智監督(以下、木﨑):
企画書をもらったタイミングは同じでした。最初の「本企画を成立させるために、さて、どうしよう」という会議が、もう5年ぐらい前ですか?

冲方:
結構前でしたね。

木﨑:
スーパーバイザーの本広克行さんとも、そこから半年ぐらいの間に何度か顔を合わせて打ち合わせしました。今振り返ると「本広さんとの打ち合わせ、懐かしいなぁ」というぐらい前に感じますね。

G:
それが5年前ということは、作品はけっこう難産だったんでしょうか。

木﨑:
まさに難産ですね。大変でした。

G:
企画が曖昧模糊で定まらずという感じなのでしょうか。それとも、お互いの意見がぶつかりまくって進まず、でしょうか?

冲方:
難産どころか「とりあえずは受精させないと」ってところです(笑) 「人間失格」とSFを合体させて、新しい命を生まないと、という。

木﨑:
そうなんです。「人間失格」とはいってもオリジナルストーリーですから、原案があっても一から作るのはハードルが高いんです。そこで、脚本にしてもデザインにしても、いろいろなアイデア、意見が出てくるので、それを決めたり、新しいアイデアを出していく作業が、やはり重かったですね。

G:
ストーリー原案ということなので、そのあたりは冲方さんがもうまとめてアイデア出しをしたのかと思っていました。

冲方:
いやー、決めなければいけないことが山ほどありました。それこそ、服装も「『人間失格』なら大正っぽくするべきなのか?」というところからでした。最初はバンカラとか「はいからさんが通る」みたいなデザインもありましたから(笑)


G:
最終的なビジュアルからは考えられないですね(笑) このように決まったのはいつごろでしたか?

冲方:
結構終盤ですよね

木﨑:
そうですね

冲方:
一通り試し終わって結論を出した、みたいなところありますよね。

◆脚本作業で難航
木﨑:
アイデアを出しまくって、冲方さんが根幹になるプロットを作って、それからシナリオ第一稿、みたいな感じに上がったんですが、その間も「ここはこうしたほうがいいんじゃないか」という案が出てくるので、揉んでいきました。


冲方:
「人間失格」の解釈がそれぞれに違うんですよね。「葉藏は本当はこうなりたくはなかった、こうなりたかった」「渋田はこういう人間なんじゃないか」「美子は神秘性をもっと高めるべきだ」と、本読みの時にさまざまな意見が出てくるので「じゃあ、どうしたいですか!?」と、僕も若干キレ気味で(笑)


G:
みんなが好き勝手言うから(笑)

冲方:
「どっちかに決めろー!」と。

G:
そこからどう決まっていったんですか?

冲方:
いったん監督に振って、それを僕の方でまた受け取ったりという、餅をついてこねてついてこねて、です。何度もやりました。

木﨑:
いろんなアイデアがある中で、どれがベストなのか自分でもわからなくなる時期がありました。冲方さんによるとその時期、「監督は全然しゃべらない」という状態だったそうです。

G:
それは追い詰められてしまって、黙ってしまった?

木﨑:
どれをどうやってまとめればいいのかわからず、「持ち帰って自分の中でいろんなものを消化したい」という気持ちでした。僕はこんなにガチなSFをやるのは初めてで、正直、冲方さんの初稿を見た時には難しすぎて分からなかったんです。

冲方:
はっはっはっ(笑)

G:
難しく書いたというつもりはないんですよね?

冲方:
…………でも、かなりややこしい話になっているなとは思いました。そのときは、いろんなアイデアを全部入れていたので。「じゃあ、いっかい全部入れてみますので、どうなるか見てみましょう」って。

G:
それを読んで「わからないなー」と。

木﨑:
はい、「わからんなぁ」と。

冲方:
第三稿ぐらいまでは詰めすぎ感がありました。「こうしたいって言うけれど……」みたいな感じで。

G:
あれも入れたい、これも入れたい、と言われたんですね。

冲方:
「ちょっと黙ってて」と(笑)

木﨑:
そういう空気はありましたね。

G:
「そんなにいっぱい入るわけがないだろう!」って。

木﨑:
入るわけない!(笑)

G:
それはもう、難産ですね……。その果てに「もう入るわけない」というところから、どこかで要素を絞り込む作業が始まったと思うんですが、何を基準に残していったんですか?

冲方:
主人公との決着点ですね。ヒロインとの関係、敵との関係は、最終的に決着するのかしないのか。結論を出さずに引っ張るというケースもあり得たわけです。そこでまず決めたのが「結論は出す、ちゃんと終わらせる」ということでした。ヒロインとの話も敵との話も「成就する」。炎の向こうに消えて「アイツとはまた相まみえるだろう」みたいな、そういうのはやめようと。


G:
(笑)

冲方:
それは、どこに向かっていけばいいかわからなくなるから、やめようと。

木﨑:
そうでした。

冲方:
主人公がどの道に進むかということが決まれば、次は登場人物が何を最優先にどう行動するのか、それぞれのモチベーションをはっきりとさせていきました。「太宰をリメイクするならあれも入れたい、これも入れたい」という気持ちの優先度は下げざるをえませんでしたね。

G:
かなりバッサリいったんですか?

冲方:
最初にあった「やるならこういうセリフを入れたい」という要望は、「いらない、これもいらない」と削っていきました。

G:
編集作業みたいですね。

冲方:
「なんで僕が要望の取捨選択をしているんだろう、立場が逆なのでは?」と思いつつ(笑)、「このシーンはムダだから要らない」とか、そういう作業をホン読みの時点で厳密にやって、そのあと監督がコンテに起こす作業をする時にさらにブラッシュアップされています。

G:
お話を聞いていると、冲方さんの負担がかなり大きかったような印象ですが……。

冲方:
刈り込み作業自体は要所要所で行ったものなので、正直、大変だったのはスタートアップのほうですね。プロデューサー陣からのオーダーはあるんですけど、具体性はほぼ0からだったので。

G:
ほぼ0というと、ペラ1枚からスタートみたいな感じだったんですか?

冲方:
1枚、2枚ぐらいかな。企画書のかっこいい惹句をどう実現させようかと。

木﨑:
夢がありましたね。

G:
そういうタイプの企画だったんですね。もっとギッチリとやりたいことが詰まったところから始まったのかと思っていました。

冲方:
大カオスの中から生まれて、走りながら車を組み立てているような感じすらありましたよ(笑)

木﨑:
分解寸前のところで「早く!早く!」って感じでしたね(笑)

G:
ということは、脚本の直しは数え切れないぐらいあったのでしょうか?

冲方:
いろんな要素があって、直す時には基準を決めないとバリエーションが派生してしまうので、そこを決めていった感じです。たとえばヒロインが生きているバージョン、死ぬバージョン、葉藏が変身した時に理性が残っているバージョン、理性が飛んじゃうバージョンと、いろいろ考えられるので。

G:
順列組み合わせを全部やらないといけないのかというぐらいありますね。

冲方:
最終的に、一番重要だったのは美子との関係でした。葉藏は美子の見せてくれたものに感動はしているんですが、そのあと、会話がなくなってしまうので、もうちょっとロマンスとか、葉藏と美子の絆を深めるシーンを想定したプロットもありました。あの変更はなんででしたっけ?


木﨑:
わりとガチなSFの方向性だったのを、もうちょっとキャラクターの感情面を主にするような調整はあったように思います。

冲方:
美子のキャラクターが強気なキャラクターになりましたよね。当初は原作からの引用で、もっと従順で自己犠牲的なヒロインだったんですが、意志が強くないと見ていて面白くないんです。あとは堀木も、もうちょっと人間味のあるキャラクターだったのが、超越的なマッドサイエンティストになりましたね。


G:
冲方さんは制作発表時に「多くの日本人が心の底で無意識に継承する社会的ビジョンを鋭く切り抜いた作品になったと感じています」とコメントしておられたので、そういう方向からスタートしたかと思っていました。

冲方:
実際に、いろんなアイデアが出てくる中では「おっ?」と思うものもでてくるんです。たとえば、死がない世界だと、宗教は要らなくなってしまう。だから寺が廃墟になって暴走族のたまり場になっていますし、墓も作られません。そして、火葬場に集まった暴走族が火をたきつつ霊柩車で暴走する、と(笑)


G:
それでああいう発想になったんですね。すごいものを出してくるなぁと。

冲方:
「病気がない」「死がない」「じゃあ、どうなるんだろう?」と考えると、労災がないから労働者はすごく働かされるんじゃないか、とか、日本人は真面目だから1日19時間ぐらい働くんじゃないか、とか、いろいろ出てくるんです。

木﨑:
そりゃもうロスト化しちゃうって話ですよね。


G:
(笑)

冲方:
駅の広告もいろんなアイデアがありましたね。「年金復活」とか。「あ、年金は一回なくなってたんだ」って。

(一同笑)

◆富安健一郎さんを中心としたビジュアル構築
G:
映像にしていく作業の中では、いくつもあるビジュアル候補の中からこの方向に進んだわけですが、どういった選択の末にこの方向に定まったのですか?

木﨑:
コンセプトアート担当で、アーティストの富安健一郎さんが早い段階から入ってくれていて、「こんなのはどうでしょう?」とアイデアを出してもらいました。なので、基本の方向は富安さんのセンスがかなり色濃く出ていると思います。暴走族のバイクは前輪がなくて、ジェットエンジンが搭載されたぶっ飛んだデザインだったり、ドローンも三本足だったり……。


冲方:
富安さんは「なにかの部位が欠けている」ということにすごくこだわっていました。死なないしすぐに復活しちゃうという暴走族がどういうことをするか考えたら、手足を切り落として、またくっつけて、ウェーイとかやるだろうとか。

木﨑:
暴走族は右腕がメカになっていて、それを接続しないとエンジンがかからないシステムになっています。


冲方:
脚本段階だと、すぐに生えてきちゃう手足をみんなで切断するところから始まるという……(笑) 切り落とされた手足がバケツに突っ込まれている、みたいなことを考えたんですが、それはさすがに上映禁止になりそうだなということになって。

木﨑:
ちょっと自粛した方がいいんじゃないかと。あと、CGだと部位欠損というのは違うモデルが必要で、わりとハードルが高いようです。

冲方:
霊柩車に過剰にいろいろくっつけるとかいうアイデアもありましたね。エグゾーストパイプをくっつけたり。


G:
めちゃくちゃなアイデアが山盛りだったんですね(笑) このデザインの中で難関だったのはどういった部分ですか?

木﨑:
国民たちの健康を管理している機関である「S.H.E.L.L.」のデザインが一番難しかったんじゃないでしょうか。世界観を象徴する大事なものなので、結構いろいろなアイデアが出て、最終的には富安さんがまとめてくれました。


冲方:
カバーを掛けてある滅菌室のイメージですね。

G:
すごく納得です。

冲方:
少し膨らんだり凹んだりしています。


木﨑:
ふいごで空気を送り出しているという。

冲方:
自分たちだけきれいに滅菌されていて、そこから生まれる排ガスとか雑菌は全部外にばらまいている(笑)

G:
(笑)

木﨑:
富安さんが描いたイメージから設定を起こすんですけれど、その作業もすごく大変だったんです。3Dモデルでセットを作るんですが、鉄骨がどう組み上がっているのか、そういう細かいディテールを設定に起こしていくのはかなり難しくて、そのあたりはポリゴン・ピクチュアズのアーティストにお願いしました。これが一番大変だったかな……。

冲方:
でも、その成果はありますよ。あんなにも素晴らしく間違った日本を日本人が描いてしまっているという(笑) 室内に鳥居があったり、意味もなく五重塔があったり。

木﨑:
ちょっと狂ったような感じを出したいなということで(笑) 海外に持っていくという話があったので「日本人って発想がイカレてるんじゃないか?」と思われるようなジャパニーズクレイジー感を出そうということは、会議の時から話に出ていました。


G:
今回、ビジュアルはすべてがぶっ飛んでいるような印象を受けます。ここに至るには、もうひたすら1つずつ積み上げていくしかない?

木﨑:
いやもう、ひたすら積み重ねでした。

冲方:
賽の河原でしたね。

G:
賽の河原!

冲方:
積んでは「あっ……」(笑)

G:
他作品と比べて作業量はかなりあった方ですか?

木﨑:
そういう意味ではかなり大変な作品でした。オリジナルというだけでも相当大変ではあるんですが、中身に関しては細かい部分を含めて、ポリゴン・ピクチュアズのアーティストさんの力が大きいかなと思います。

G:
ポリゴン・ピクチュアズの方に作ってもらう時は、監督から「こういうのが欲しい」と発注する形ですか?

木﨑:
もともとのコンセプトアートがあればそれを渡してやってもらたり、デザインがあるものはそれをベースにモデルにしてもらいました。足りない部分に関してはこちらで作っていました。「SketchUp」という3Dモデリングソフトでセットを作って、細かい設定として必要なものをモデルとして渡して、打ち合わせして、時には加筆して発注しました。僕は今回の作品での収穫として「3Dソフトを使えるようになった」というのがあるんです。

G:
ええ!? SktchUpで作ってというのは、完全にバリバリ使っている人の話でしたよ(笑)

木﨑:
いやいや、あくまで簡易的なモデルです。僕はもともと、完全に手描きの人間ですから。今回、ポリゴンさんとやらせてもらうということで、CGをやるならモデルとか触れないとダメだろうと思って、いろんな人に聞いたら「SketchUp」がいいということでやってみたら、意外とやれたんです。だんだん楽しくなってきちゃって、普段は3時間ぐらい仕事をしていたら「疲れた……」ってなるんですが、延々と8時間ぐらい触っていたりして。

G:
めちゃくちゃハマってる!(笑)

木﨑:
楽しくなっちゃって(笑)


木﨑:
作ったものを持っていったら「え!?これ作ったんですか!」って言われるから「どうよ!」って(笑) 今回、シーンのセットモデルを作ってコンテをしたり、それをもとに打ち合わせをしたりしました。ポリゴン・ピクチュアズはCGの会社ですから、この形で進められて助かったと言われました。

◆大串映二さんのコンテによる激しいバトルアクション
G:
当初公開されたティザートレイラーが、静かで重たい雰囲気だったので、まさかこんなアクションてんこ盛り作品だとは思いませんでした。どういった絵コンテを切れば、この激しいバトルものが生まれるのですか?

木﨑:
今回、絵コンテは大串映二さんと2人で担当しました。大串さんはもともとポリゴン・ピクチュアズの3Dアニメーターで、「3Dの見せ方」や「得意なこと」を知っていているので、アクションシーンのあるところをお任せしたんです。先ほど「アクションてんこ盛り」と言ってもらったんですが、実は当初、アクションシーンは25分ぐらいに収めて欲しいと言われていたんです。

G:
えっ、そうなんですか?

木﨑:
CGってものすごく制約が多いんです。それで「これじゃ何もできないじゃん!」となってしまったので(笑)、大串さんにやってもらうのがベストだろうと思ってお任せしたら、大串さん大暴走のアクションが詰め込まれたコンテが上がってきまして……。実は、本編はあれでもコンテよりアクションシーンを削ったものなんです。

G:
あれで削っている……相当ですね(笑)

木﨑:
僕はコンテを見て「うわーい!なんでもできるじゃん!」と(笑) 元ポリゴンの大串さんがこれぐらいやっているからいけるんだろうと思っていたら、さすがにそこまでは無理だということで削っています。それでも僕自身、ここまでアクションのある作品になるとは思っていませんでした。

冲方:
制約でいうと、本読みの時から制約は山盛りでしたから。10人以上は出さないでくれ、とか。だから、こういう作品になったというのは木﨑イズムが爆発したに違いないと思っていたんです。ところが、実はいろいろな人が爆発していた(笑)


木﨑:
(笑) もちろん、発注時に打ち合わせはしたんですが、段取りやイメージ、その想像を超えるものを大串さんがやってくれました。アクションが良かったというのは、大串さんのクリエイティブによるところも大きいです。

G:
あの壮絶なアクションのコンテを見た時の印象はどうでしたか?「なるほど、こう来たか」という感じなのでしょうか、それとも「まさにそれやりたかったやつ!」という感じでしょうか。

木﨑:
不思議なもので、コンテをもらった時点だと「おっ、大変なことやってんなー」って冷静でした。でも、絵コンテだけだと読めない部分もあって、モデルを使ったアニメーションを見せてもらったら「すごいな!!」って(笑) 大串さんは長回しが好きで、CGならではの長尺カットをたくさん作っていたんです。ToonboomStoryboardで見せてもらったんですが、どこからどこまでが1カットなのかがわからず、あとでアニメーションディレクターの大竹さんに聞いてみたら「ここまで1カットですよ」「ええ!?」って驚いたぐらいです。大串さんが「CGならここまでやれるはずだ」というコンテを切ってきたからこそ、見ていてすごみを感じてもらえたんじゃないかなと。普段なら僕があまりやらないようなこともたくさんやってもらっています。

G:
あまりやらないようなことというのは、どういった部分ですか?

木﨑:
結構、俯瞰のショットが多かったと思うんです。あれは、作画だとあまりうまくいかないことが多くて。

G:
なぜうまくいかないんでしょう?

木﨑:
特に引き画だと情報量が増える分、難しくなっていきます。それが、大串さんは実写寄りのカメラワークで、俯瞰も多くて、レイアウトは地面やビル群が必ず見えるようなものにしていたりするんです。僕の立場だと、美術の負担とかを考えて避けてしまうんですが、大串さんは逃げない。容赦ない(笑) アニメーターはもちろん、美術スタッフもものすごく大変だったと思います。そこは、大串さんのこだわりが強く出ています。

G:
「こういうアニメってなかなかないよね」と思わされる原因は、そういった部分にあったんですね。これまでは避けていたけれど、本作では取り入れたものというのはどういったものがありますか?

木﨑:
群衆シーンや崩壊シーンなど、カロリーの高いシーンです。そのときの戦力にも寄るんですが、大変です。今回はCGということもあって……CGはCGで大変なのですが積極的にやっています。


◆木﨑監督のこと
G:
本作はCG作品ですが、さきほど木﨑さん自身が言っていたように、もともとは手描きのアニメーターですよね。子どもの頃からアニメーターを目指していたのですか?

木﨑:
アニメーターになりたいと考えたのは高校生の時ですね。


G:
なにかきっかけがあったんですか?

木﨑:
「マクロス」とか、あのあたりのアニメブームがあって……「ガンダム」「マクロス」、あと「ナウシカ」とかの世代なので、アニメーターを目指して東京アニメーター学院に行って、スタジオジャイアンツに就職して、そこからはアニメの仕事をずっとしているという形です。僕の世代って、層が厚いんですよ。

G:
そこからどのように監督になっていったのですか?

木﨑:
もともと演出家志望だったわけではなく、業界には、絵描きとして食っていければいいなと思っていました。たまたまコンテを描く機会があり、演出にも興味は出てきたものの、監督までやろうとは思っていなくて……それを引っ張り上げてくれた人がいて、一緒に戦う仲間もいてくれて、じゃあやろうかとなったのが「バジリスク~甲賀忍法帖~」でした。


G:
なるほど、かなり絵描き寄りなんですね。

木﨑:
監督業は全方向に気を使わねばならないので「絵だけを描いている方が楽しいし気が楽」という感じです。

G:
木﨑さんは「スタジオへらくれす」メンバーですが、今、へらくれすはどうなっているのでしょうか?2013年に、電話を廃止したと大塚健さんがツイートしていましたが。

木﨑:
実は自分も良く分かっていないんです。僕も15年ぐらい入っていないし。13年以上会っていないメンバーもいるくらいで。皆忙しすぎてコミニケーションもほぼ無いですので、もはやへらスタ所属って感じじゃないんですよね。毎年2回、夏と冬にへらスタ同人誌は出していて「原稿できた?」というメールは来るので「あっ、コミケの時期か」というのはあります。メンバーがみんな、それぞれに責任ある立場についているので、代表の渡部さんがたまに入っているぐらいじゃないかと思います。

◆ポリゴン・ピクチュアズのCG映画最新作としての「HUMAN LOST 人間失格」
G:
手描きのアニメーターとしてキャリアを積んだ木﨑さんがフルCG作品である本作を作り上げて、CGに対しての認識が以前と変わったみたいなところはありますか?

木﨑:
僕はもともと「シドニアの騎士」の原作ファンだったんです。それがアニメになるというので「ポリゴン・ピクチュアズ制作か、楽しみだな。……どんなもんだろう、やれるのかな?」と思って待っていたら「すごいじゃん、今はここまでやれるのか!」と。しかもTVシリーズで!


木﨑:
早い段階から、ポリゴンさんとは仕事をしてみたい、どんな感じで作っているんだろうかと思っていました。CGアニメ自体にも興味はあったので、今回、実際にやらせてもらって技術が常に進化していることを実感しましたし、本作が作った時点の最高のレベルでやってもらっているということも感じました。だから、今までのポリゴン・ピクチュアズ作品よりも進んだものになっていますし、これからの作品は「HUMAN LOST 人間失格」を踏まえてすごいものになっていくと思います。

G:
冲方さんは完成した本編を見ての印象はどうでしたか?

冲方:
おこがましい言い方になりますが「いよいよCGアニメーションが見られるものになったぞ」と。感情も表情もしっかり乗っていて、初見の方は、すべてがCGだとは思わない方もいるんじゃないですか?

木﨑:
確かに「ハイブリッドでしょう」と言われることがあります。

冲方:
僕自身「ここはさすがに手描きだろう」と思ったところがあるぐらいです。でも、全部CGなんですよね。明らかに全体のレベルが上がっていて、これは木﨑イズムが爆発しているなと思いました。


木﨑:
今回、CGを手がけるのが初ということもあって、ポリゴンのアーティストの方にお任せする部分がわりと大きかったんです。作業してもらうにあたって、彼らのアイデアもふんだんに入っています。かなり好きにやってもらえたんじゃないかな。

冲方:
「やりたい放題」感は各所に見られますよね。

G:
冲方さんは、CGの発達・発展をどのように捉えていますか?

冲方:
これまでは「手描きのアニメに追いつけ」の部分があったと思うんですが、CGが得意とするもの、不得意とするものがはっきりとしてくると、実写も含めて競争になってくるだろうと思います。CGの面白いところは蓄積されていく過去のデータが使えるところです。それを活用するためには、膨大なデータベースも必要になってきますけれど。エピソードとして、ポリゴンさんが目玉焼きのCGを作ったのに、どこへいったのかわからなくなって作り直したという話を聞きました。

木﨑:
亜人」の時の話ですね(笑) 絵で描けば簡単にやれることなんですが、それもモデリングしなければいけないので、お金も手間もかかります。そういう悩みどころはあります。

冲方:
長期的に考える必要はありますね。蓄積され続けるということは、過去にあるものを上乗せできるということで、将来的にはものすごいコストカットになるはずなんです。初期の設備投資は大変ですが……。

木﨑:
ソフトのライセンス料も安くはないですからね……。

G:
本作はキャストの方々がとても豪華です。監督からの要望も入っていたりするのですか?

木﨑:
キャスティングに関してはプロデューサー陣にお任せしました。最初は役者さんがいいんじゃないかという話もありましたが、最終的にこのキャストに落ち着きました。葉藏役の宮野真守さんは、来てもらった時に脚本を読み込んでいてもうできあがっていて、さすがは第一線の優秀な役者さんだなと思いました。

G:
冲方さんは、自身の書いたときのイメージと合っているとか、こういう風になるのか、みたいなことはありましたか?

冲方:
このレベルのキャストになるともう、言うことはないですね。もうあとはキャラクター云々ではなく、声の芝居と絵の芝居が合っているかどうかぐらいのことです。現場だと「このシーンでこのセリフを言うと印象に残りづらいんだな」と気付かされることがあったりしますが、本作の場合、何も考えませんでした。「これ、アフレコに行かなくてもいいやつだ。行っても言うことは何もないやつだ」と(笑)


G:
(笑) キャッチコピーが「全人間、失格」で「どういう作品なんだろう?」と思う人も多々いると思います。「こういうところをぜひ見て欲しい」というポイントなどあれば教えてください。

冲方:
ダークヒーロー爆誕を笑いながら楽しんで欲しいです。深刻なテーマは入れてはいますが、葉藏の全裸っぷりとか。

(一同笑)

冲方:
「恥の多い生涯を」って、そういうことか!?みたいな(笑) それに暴走シーン、アクションシーンも楽しめると思いますし、SFギミック、ガジェットも盛りだくさんです。本当に見せたいのは、狂的なまでのダークヒーローの活躍です。

G:
木﨑さんはどうでしょうか?

木﨑:
「人間失格」ということで割と重いテーマの作品だと思われがちですが、太宰先生の原案がありつつ、みんなが楽しめるアクションエンターテインメント作品になっていると思います。スッタフ一同、随所にこだっわって制作していますので、ぜひ劇場で何度も見ていただければありがたいです。

G:
本日は長時間、ありがとうございました。

太宰治の「人間失格」をベースに大胆なSFとしてアレンジを施した映画「HUMAN LOST 人間失格」は本日・2019年11月29日(金)から公開です。


本編冒頭7分の映像も公開されているので、見に行く際の参考にしてください。

アニメ映画「HUMAN LOST 人間失格」本編冒頭7分公開、太宰治の「人間失格」をSFアクションに振り切るとこうなる - GIGAZINE


【全人間、失格】11月29日公開 劇場アニメ「HUMAN LOST 人間失格」Official Main Trailer 主演:宮野真守 - YouTube


◆「HUMAN LOST 人間失格」作品情報
原案:太宰治「人間失格」より
スーパーバイザー:本広克行
監督:木﨑文智
ストーリー原案・脚本:冲方丁
キャラクターデザイン:コザキユースケ
コンセプトアート:富安健一郎(INEI)
アニメーション制作:ポリゴン・ピクチュアズ
企画・プロデュース:MAGNET/スロウカーブ
配給:東宝映像事業部
©2019 HUMAN LOST Project

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