インタビュー

作曲家・神前暁さんインタビュー、「いなくなれ、群青」の現実とも夢ともつかないふわっとした感じを映像とともに音楽で演出


2019年9月6日(金)公開の映画「いなくなれ、群青」の音楽を担当するのは神前暁さん。「もじぴったん」シリーズや「鉄拳」シリーズのゲーム音楽のほか、「涼宮ハルヒの憂鬱」「らき☆すた」などのアニメの劇伴、アーティストへの楽曲提供などで活躍しています。

今回、神前さんに話をうかがう機会があったので、本作の音楽作りについてのほかに、そもそも神前さんとはどういった人物なのかという部分もいろいろと掘り下げて聞いてきました。

映画「いなくなれ、群青」公式サイト
http://inakunare-gunjo.com/

GIGAZINE(以下、G):
ちょっと作品から離れたところからおうかがいするのですが、JASRACの公式サイトに掲載された2013年のインタビュー「音人工房 第6回 神前暁」の中で、「高校生の頃は結構ゲームセンターに入り浸ってまして。『ゲーム音楽はいいぞ』と思って、ゲームのサントラを友達同士で聴いたりしていて」という話が出ています。当時はどういうゲームのサントラを聴いていたのですか?

神前暁さん(以下、神前):
あの頃はナムコの「SYSTEM II」が出た頃だったので、「ASSAULT」とか「METAL HAWK」とか、タイトーが「DARIUS II」、セガが「ギャラクシーフォース」とか、あのへんですね。ちょうどアーケードゲームの隆盛の頃でして、音源が飛躍的に進化してサンプリングも使えるようになって、楽しかったですね。


G:
今おっしゃったタイトルは、全部実際にプレイして音楽を好きになったんですか?それともギャラリーとしてゲームをご覧になって「いい曲だなあ」と思ったんですか?

神前:
基本的にプレイしてますね。

G:
ゲームはよく遊ぶほうだったんですか?

神前:
はい。アーケードゲームが多かったんですけれども。

G:
食わず嫌いなく、何でもプレイされていたんですか?

神前:
得手不得手はありますけどね。僕、格ゲーは苦手で……

G:
そうなんですね(笑)

神前:
そうなんですよ。格ゲーはどうもうまくなれなかったですね。シューティングとかパズルとかが多かったかな。

G:
プロフィールの「特技」に「睡眠とテトリス」と書かれていたので「何でテトリスなんだろう?」と思っていたのですが、そういうことだったんですね。

神前:
得意です。アーケードのテトリスなら無限にできます。

G:
それはすごい(笑) テトリスはなぜそんなに得意なんですか?

神前:
なぜだろう……わかんないですけど、割合得意だったんです。

G:
ということは、テトリスに限らずパズルゲームはわりと得意な方ですか?

神前:
「ぷよぷよ」は苦手ですよ。

G:
「ぷよぷよ」は苦手!?

神前:
連鎖が読めないんです。「テトリス脳」が頭の中にできていて、暇つぶしにテトリスをやっていたらうまくなっちゃった、みたいな感じですね。

G:
そうなんですね。京都大学内のサークル「吉田音楽製作所」についてお聞きしたいんですけど、先ほど挙げたインタビューの中で「学校の授業には年に5日ぐらいしか出なかったです。1年生のときはまだ真面目に行ってたんですけど、2、3年からどんどんサークルのほうにハマっていって。授業に出なくなったあげく留年してしまい…。それぐらい音楽にハマってました。」と答えられていたのですが、当時なぜそんなに音楽にハマってしまったのでしょうか?

神前:
なんでしょうね……昔はそれでも単位が出ていたんです。今は大学も厳しくなっているので、卒業できないと思うんですけど、20年くらい前はそういう人が多かったんです。特に京大は、よくいえば「自由な学風」だからといいますか。僕は音楽を作り始めたのは大学に入ってからだったので、やることすべてが新鮮で、夢中になってましたね。

G:
その頃はどのような活動をされていたんですか?

神前:
作曲サークルだったので、自分たちで曲を作ってデモテープに録音して発表するのと、年に何回かライブをやって演奏するというその2本ですね。ただメインは飲み会だったと思います。

G:
(笑)

神前:
定例会をやって、その後みんなで朝まで飲んで音楽談義をしたり。そういうサロン的な交流をするのが楽しかったですね。

G:
当時アクティブなメンバーは何名くらいいたんですか?

神前:
どれくらいいたんだろう?大学4年と大学院生もいて、30人くらいはいたかな。

G:
そんなにいたんですか?すごい大きなサークルだったんですね。

神前:
たしかに。

G:
同じJASRACのインタビュー内で「もともと『○○風に作る』というのは得意だと思っていたんですけど、『仏作って魂入れず』みたいなものが多かったので」と答えていますが、「仏作って魂入れず」な曲になってしまっていたのは、何が原因だったのですか?そして、どう克服していったんですか?

神前:
音楽の表面的な、枝葉末節の部分をコピーして作ることが多かったので、その音楽のルーツ、ロックだったらどこがかっこよくておいしいキモなのかっていうのが、感覚的には理解できていなかったんです。ジャンルごとにルーツの脈々としたものがあって、そこまで理解が及んでいなかったってことですかね。聴き方が浅かったんです。

G:
「聴き方が浅い」というのは聴く量が少ないということではなく?

神前:
いや、基本的には量だと思うんですけど、ジャンルに対する理解が無かったですね。表面的にまねをするのはうまかったので、いろんな音楽を作れはしたんですけど。

G:
「魂が入っていない曲」というのは、自分で作って「ああ、魂が入ってない……」とわかるものですか?

神前:
自分ではやってるつもりだったんですけど、テクノが好きで作ってる方とか、ロックが好きでやってる方の曲と聴き比べた時に「これは偽物だな。勝てないな」という思いがありまして、そこから聴くことを深めていくようになりましたね。

G:
なるほど。そういうイメージなんですね。作曲の仕方として「メロディーを作るときは、一番初期の段階ではICレコーダーを回しっぱなしにしてピアノで弾き語ったりして、『あ、今のいいな』と思ったら録音を止めて聴き返してみて。それをもとにどんどん膨らませていく感じです。」とのことで、このiPhoneのボイスメモを使っていると答えておられたのが2013年のことなのですが、今もiPhoneをICレコーダー代わりに使っているんですか?

神前:
ボイスメモではやらなくなりましたね。今はシーケンサーを回しっぱなしにして鍵盤で弾いて、鼻歌も歌うんですけど、基本的には弾いて考える感じですね。

G:
弾いて考えるというと、弾いてからどうしようと考える?

神前:
そうですね。断片的にいいフレーズがあったりすると、それを確認してどう膨らませていくか、かなり時間をかけて曲を練り上げるという作り方ですね。それは昔から変わらず。


G:
今までいろいろな作曲家の方にインタビューしましたが、思いついたままに作るという人と、今おっしゃったように練り上げるタイプの作り方をする人と2つのタイプがあると感じました。練り上げるタイプの方から見て、メロディーがぱっと思い浮かぶ作曲家が作った曲というのは、曲を聴いただけで分かるんでしょうか?

神前:
発想が輝いているなと思う部分はあります。

G:
発想が輝いているというと?

神前:
なんと言うんですかね……作曲をやっていると、技術的に定番みたいなものがあって、ある程度技巧的にできてしまうんですけど、それでは出てこないような音の動きとか、単純なんだけどぐっとくるアイデアみたいなものがあります。基本的にプロの作品って必ずそういう部分がひとつの曲にひとつは入ってるとは思うんですね。それがないと他の曲と同じなので。ただ、そこの「輝き」がすごい人はすごいと思いますね。

G:
曲を練り上げるときは、そういうものに近づけていくイメージなのですか?

神前:
僕の場合はそうですね。違和感のある部分を丸くしていくのと、つまらないものにアイデアを足していくのを平行して同時にやっている感じですね。

G:
今回の映画「いなくなれ、群青」については、最初、どのような形で話を受けたのですか?

神前:
柳明菜監督が「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」を見てくださったんです。あの作品はアニメ映画なので映画寄りには作っていたのですが、アニメ音楽の持ってる外連味といいますか、派手な要素もほしいということを監督がおっしゃっていたんですね。ただ僕としては、実写の映画音楽が持っている静謐さというか、悪い言葉で言うと「地味さ」にすごく憧れがあったんです。だからお互いに、監督は実写の方なのでアニメっぽくしたい、僕は実写っぽくしたい、それがすごくいいところに落とし込めたかなと思ってます。

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G:
監督からの注文としては、具体的にはどんな指示があったんですか?

神前:
映画なので「このシーンに曲をつけます」っていうのは頭から映像ありきで指示がありました。具体的に「こういう曲で」という参考曲が用意されていることもありましたし、反対に「ここはおまかせで、いいアイデアください」っていうのもありました。いろいろですね。作品は、基本がファンタジーなんですよ。ただ、ミステリーなのかファンタジーなのか、現実なのか夢なのかを、原作からしてはっきりさせない描き方をしているので、そこのふわっとした手応えが映像にも受け継がれていますし、それは音楽もそうしたかったですね。説明しすぎて解決させすぎない、というのは心がけました。

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G:
BGMで流れていた曲は、ジャンルとしては何になるんでしょうか?

神前:
なんでしょうね……最近の映像音楽の主流ではあると思うんですよね。はやりというか。ポストクラシカルというジャンルがありまして、ミニマルから派生してそこにポストロック的な音響のアプローチと、クラシカルな古典的な響きがうまくミクスチャーされた非常に抽象度の高い音楽のジャンルがありまして、映像との親和性がいいんですよね。ふわっとしているので、それが「いなくなれ、群青」の映像と相性がいいなと思ったので、やりたかったのでやりました。

G:
「いなくなれ、群青」や「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」のように、劇場で公開される場合、作曲するときは「映画館でこう聞こえたらいいな」ということまで考えながら作曲するんですか?

神前:
あんまり考えないですけれども、ミックスダウンするときはサブウーファーに低音を入れて迫力を、とか、セリフとの兼ね合いは確認しながらやりますね。セリフを立てなきゃいけないところもありますし、効果音との兼ね合いもちゃんと想定しないと事故が起きます(笑)

G:
なるほど(笑) サブウーファーの低音を調節するというのは、低音を強めるというイメージなんですか?

神前:
強めるというよりは、あるかないかをはっきりさせる。例えばコントラバスの音は、サブウーファーに入れてもいい音域なんですけど、それをやってしまうと支配的になりすぎて、音楽としての低音というよりは圧力、圧迫感になるのでそこは入れない。使うか使わないかというコントロールを意識してやるってことですね。効果の為に開けておくとか。

G:
すごく考えられているんですね。劇場での効果音はどれぐらい考えられているんだろうと思っていたので。

神前:
劇場の映画って特に音量が半端ないですからね。半分はミキサーさんや音響監督の仕事ではあるんですけど。


G:
話は変わりますが、MONACA設立11年目のライブイベントを記念したインタビューの中で、設立者の岡部啓一さんが、「ナムコ時代に後輩だった神前から『ゲーム音楽以外もしたい』という相談を受けて、『じゃあ一緒にやりますか』となって」ということを言っているのですが、ゲーム音楽以外をしたくなった理由って何なのでしょうか?

神前:
同じことをやってると飽きちゃう。刺激がなくなって、ものをつくる上で「あれもやりたい、これもやりたい」「あれが面白いな」って刺激を受けたいので、ゲーム音楽はすごく大好きでしたし、作っていて楽しいんですけど、やっぱりアニメの音楽だったり、「いなくなれ、群青」のように、アニメから飛び出して実写の音楽をいろいろやってみたいなって単純な思いですね。

G:
アニメでもいろいろな作品を手がけられていますが、気になったのが同じインタビュー中で、アニメ「STAR DRIVER 輝きのタクト」の音楽について触れて「ロボットアニメということで壮大な音楽をやらせていただいたのもあって、思い出深いです」と語っておられます。個人的に、「作曲家・神前暁」のアニメ劇伴には「涼宮ハルヒの憂鬱」などで触れては来ていたのですが、「STAR DRIVER 輝きのタクト」のBlu-rayのメニュー画面でずっと「銀河美少年」の曲が流れていたのが印象的で「誰がこの曲を作ったんだ?」と、初めて神前さんを強く意識しました。この曲調とハルヒ、そして今回の「いなくなれ、群青」と、それぞれにイメージが大きく異なっているのですが、なぜこんなにもいろいろなジャンルの曲を作れるのですか?

神前:
仕事だからです(笑) 僕はもともと、先ほど申し上げたようにルーツが特にあるわけじゃなくて、「あれをやりたい、これをやりたい」というのでスタイルから入ってきた人間なので、その中でクオリティを保証してどんどん幅を広げていった感じですね。技術的にオーケストレーションを学んでいたとか、ギターが弾けるわけではないので、苦労はするんですけどいろんなオーダーが来たら応えたいし、こちらからもいろんなアイデアを提示して、ただクオリティだけは確保してやりたいって思っているので、毎度毎度少しずつ広がっているって感じですね。

G:
なるほど。先ほどの「STAR DRIVER 輝きのタクト」の話題の流れで、「初めて高田・帆足・石濱と本格的にチームを組んで、僕がトータルでディレクションしながら進める形をとりました。そこでみんなのいいところを出せて、手応えを感じたんです」とおっしゃっていましたが、ここでの「トータルでディレクションする」というのは具体的にはどういった作業なんですか?

神前:
最初に曲の方向性を担当作家に提示して、僕がデモを弾くのもあるし、あとは「参考曲はこんな感じでいきましょう」という選曲ですね。作家が4人いると好みも違いますし、アイデアもばらけてしまうので、僕がまず最初の方向性を示して、デモが上がってきた段階でチェックを入れて直しをして、という作業ですね。

G:
ディレクションを割り当てていくときは「誰に割り当てればいいんだろう?」という時もあると思いますが、どのように判断されているのですか?

神前:
作家の得意ジャンル、各自の得意なところがいかせる割り振りにするのが鉄則ですね。あとは「やりたい」と言ってきたものはできるだけやってもらう。「得意」と「やりたい」というのが強いですね。その2つがあれば。

G:
大学卒業後にナムコにサウンドクリエイターとして入社していますが、Steinberg公式サイトに掲載されたインタビューだと「最初に就職を考えた際、音楽に関わる仕事がしたいと漠然と考え、楽器メーカー、レコード会社、ゲーム会社の3つに絞って就職活動をしました。」とありました。レコード会社とゲーム会社は作曲の延長線上にあるというのはわかるのですが、楽器メーカーが選択のひとつにあったのは何故なんでしょうか?

神前:
僕は工学系の学部に行ってまして、情報工学が専門だったので、作曲家になれるとは思っていなかったんですよ。

G:
思ってなかったんですか?

神前:
全然思ってなかったです。エンジニアになるものだと思ってたんですけど、エンジニアの中でも音楽に近い職種ということで電子楽器メーカーを考えていました。実際僕と同じバンドをやっていた情報工学の先輩は大手メーカーに行って、楽器の開発をされていました。

G:
それで就職活動のとき「音楽に関わる仕事を」と。

神前:
基本はそちら側がメインだったんです。

G:
作曲家になった神前さんのことを見ているので、てっきり「曲が作れる職業を」という方向なのかと思っていたら、そうではなかったんですね。神前さんのプロフィールで「趣味は料理・お酒・ドライブ」とあり、趣味の筆頭が料理になっているんですけど、具体的にはどういう料理を作っているのでしょう?

神前:
フレンチやイタリアンが多いですね。

G:
本格的ですね。大抵の料理は自炊で作れてしまうんですか?

神前:
いえいえ、日常的な料理は大変で、イベント料理になっちゃいますね。毎日ローストとかオーブン料理とか食べるわけにはいかないので(笑)、飲み会やパーティのときに自分で作ったり。あとは、気分転換として料理を作ったりしますね。

G:
いつ頃から料理が気分転換になったんですか?

神前:
学生時代、貧乏だから自炊していたというのがあります。

G:
なるほど。その延長線上ということですか?

神前:
そうですね。やっぱりおいしい料理を食べるのが好きなので、それがどういう仕組みでできているのかなっていうのが音楽と同じなんですよね。音楽の「どういう仕組みでこんなに気持ち良く響くんだろう?」というのと「どう料理したらこんなにおいしく組み立てられるんだろう?」という知的好奇心はつながっているような気がします。あと両方快感に結びつくじゃないですか。

G:
なるほど。わりとグルメなんですか?

神前:
そうかもしれないですね。下世話な趣味ですよ(笑)

G:
いやいや(笑) 料理とお酒がセットだというのは分かるんですが、もう一つの趣味である「ドライブ」も同じようなつながりがあったりするのでしょうか?

神前:
移動手段としての運転も好きだし、目的としてのドライブも好きです。運転してると楽しいし、気分転換になります。「気分転換」って悩んでいることを忘れられることじゃないとダメで、運転するときはそういうのを忘れるじゃないですか。

G:
なるほど。じゃあ料理しているときも、料理に没頭しているんですか?

神前:
そうですね。でも、料理は「気分転換」の要素より、もっと趣味に近いですね。

G:
完全に趣味の世界?

神前:
はい。

G:
先ほど練り上げて作曲するというお話をされていましたが、行き詰まった時はどう打破していますか?

神前:
お酒ですね。お酒と睡眠でリセットして。

G:
公式Twitterの質問箱で「作曲に行き詰まったときは何をしていますか?」という質問に 「ネットを見るか事務仕事をするかして気持ちを切り替えてみますが、それも嫌なら冷コーを飲むかジムに行くかシャワーを浴びます。料理を作ったりドライブに行くこともありますが、結局最後はお酒を飲んで寝てすべて忘れます。」
と書いてある通り……。



神前:
まさにそれがすべてです。

G:
睡眠でリセットということは、寝て「次の日頑張ろう」というイメージなんですか?

神前:
それもありますし、行き詰まって近視眼的になってしまうと客観的な評価ができなくなるじゃないですか。自分の作ったものがいいのか悪いのか、ずっと聴いているから覚えちゃってわからなくなってしまうので、寝て適度に忘れた頃に聴くと、一発目に聴いた時に「うわっ」って思う嫌な音の動きがわかるようになるんです。「夜中に書いたラブレター」を翌朝見た時みたいに冷静な目で見られる(笑)。文章でも同じじゃないですか?

G:
たしかに(笑) 翌日に、夜中に書いたラブレターみたいな曲を聴くとどんな感じですか?

神前:
「あちゃー」と思うんですけど、その中でも「ここはいいな」っていうひらめきというか、輝きを持っている部分があって、それを生かしつつ嫌な部分を消していくという作業ですね。時間がかかります。


G:
先ほどのツイートで、選択肢の中に「冷コーを飲むかジムに行くかシャワーを浴びます」というのもありましたが。

神前:
それは僕が日常でやっていることですね。アイスコーヒーを飲んでリセットするかとか、文字通りですよ。

G:
コーヒーはなにか飲み始める具体的なきっかけはあったんですか?気付けば好きだったとか、気分転換のためとか……。

神前:
僕はたばこを吸わないので、なんとなく口寂しくてアイスコーヒーを飲むという感じです。仕事中にお酒というわけにはいかないですし。あと、音楽業界はスタジオにいくと必ずコーヒーサーバーが置いてあるんですよ。それもあって「音楽をやる人はコーヒーを飲むものなんだ」と思っていました。

G:
そういう経緯だったんですね。ちょっと質問の方向が変わりますが、2017年の「『らき☆すた』歌のベスト ~アニメ放送10周年記念盤~ 神前暁インタビュー」の中で、編曲だけの依頼は受けていないという話が出てきます。これはなにか理由があるんですか?

神前:
特にないんですけど、あまりうまくないんですよ。

G:
編曲にも「上手い」「下手」というのはあるんですか?

神前:
そこは僕もよくわからないところなんですが、編曲に特化したプロの編曲家の方って「音の積み上げ方」とか、ものすごいスキルを持っているんです。僕は自分で作曲して編曲してばかりだったので、他の人のメロディーをよくする経験がないから上達しないし、仕事としても受けられないという、それだけですね。「らき☆すた」だったら白石稔さんの曲のアレンジはやったんですけれど。むしろ、自分の曲の編曲を他の人にお願いしたことがなくて、「作曲・編曲一体でものづくりをする」が基本的なスタイルになって、切り分けられないんですね。

G:
なるほど。ここで音楽から離れた質問になりますが、神前さんのTwitterで音楽用PCの話題が出ていました。非常にハイスペックなマシンですが、「いっそハードを一新したい」というと、さらに上を目指すということなのですか?



神前:
マザーボードが古くて、USBのサポートが3.0までだったと思うんです。あとはPCI Expressのバージョンが古かったりして、そこがボトルネックになっています。劣化していくのはマザーボードと電源じゃないですか。たまにUSBを認識しないこともあって、一瞬電圧が落ちて、オーディオインターフェースや認証のiLokが一瞬切れてしまい、仕事に差し障ることもあるんです。CPUパワーやメモリとかはまったく問題ないんですけど……。

G:
それでハード一新なんですね。

神前:
そうなんです。でも5960Xも古い世代なので、最新のマザーボードがないんです。であれば……

G:
0から作ったほうがいいかもしれないですね。

神前:
そうなんですよね。難しいところです。

G:
これもTwitterからですが、ワークディスクのスクリーンショットを公開されたとき、その中身がすごかったんですが、同時にEドライブ以降もドライブが大量に接続されていました。この山のようなドライブは何に使っておられるんですか?

神前:
ほとんど音源、ライブラリですね。

G:
全部マシンにくっつけてしまって、それで何10TBも使っているんですか?

神前:
そうですね。

G:
少し前のツイートでは8TBだったのに10TBになってたり……

神前:
増えていきますね。今、音源はハイレゾになってきていて、例えば32bitの96kHzって指定が来るんですけど。そうなるとデータ量は24bit・48kHzの3倍になるので、ワークエリアも広く取りますし、結構、作家泣かせです(笑)

G:
ハイレゾでの仕事の依頼は増えていますか?

神前:
増えているというよりも、基本的には「すべてハイレゾ」になっていますね。

G:
そうなるとファイル容量はぐんぐん増えていきますね……。

神前:
そうですね。でも、SSDがすごく値下がりしているのはいいですね。音楽作業ではSSDの恩恵がすごくあります。

G:
なるほど。同じくPC関連の話題で、Adobe Acrobatを買って「なぜ今まで入れてなかったのだろう」とツイートされていましたが、PDFファイルを触る機会がそこまで多いのはなぜですか?



神前:
楽譜の管理ですね。レコーディングのためには音楽ソフトから楽譜を書き出さなければいけないんですけど、あとで手直しをしたい場合、音楽ソフトで触ると全部書き出しし直しになってしまうので、PDF上でちょっと音符を動かしたりとか、手書きの楽譜も結構あるので、それをスキャンして一部はフォントを上から書くとか、すべてPDF上で作業しています。

G:
同じく公式Twitterで「自分で歌う経験って何気に大事で、これがないと歌メロを作ったときに ・音域が広すぎる ・息継ぎができない ・同音連打や伸ばしを効果的に使えない ・そもそも盛り上がらない などの問題が起こりがちです」とツイートされています。このツイートが「 自戒を込めて…」と締めくくられているということは……



神前:
やっちゃったってことですね(笑) シンセサイザーで鳴らしていると気にならないんですよ。息継ぎも必要ないですし。同音連打に関しては、歌詞がのったときに言葉が少なくなっちゃって物足りないっていうのもあります。あと、人間の声って高い音になると張るので、それだけで感情がのるのでサビでアガる。「音程が上がる」っていうのはつまり「気持ちが上がる」ということなのですが、シンセサイザーでやっていると高い音も低い音も冷静に聴けてしまうので、温度感の差がありますね。


G:
これを自戒を込めてツイートしているということは、神前さん自身は気付いて克服できたということだと思います。どこで気付かれたのですか?

神前:
僕は実際に歌っていただいて「あちゃー」と思いました。偉そうにツイートしていますけれど、本当は僕自身もあまり歌っていなくて、いろんな人の歌を録る経験の中で気付いたんです。

G:
神前さんが平成アニソン大賞に触れて「ブルーウォーター」を推されていますが、この曲はどういった理由で好きなんですか?



神前:
多感なころに聴いたのが大きいと思うんですけど、「映像と音楽のシンクロの気持ちよさ」です。庵野秀明監督が手がけたもので、あれは衝撃的でしたね。名曲です。

G:
神前さんのような作曲家になりたいという人は大勢いると思いますが、神前さんは専門学校や音大に通っていたわけではなく、独学の部分が多いと思います。

神前:
そうですね。

G:
その先達から、こうすればいい作曲家になりやすいんじゃないか、こういうことを勉強しておけばいいんじゃないかと後から来る人へのアドバイスはありますか?

神前:
僕が通ってこなかったというのもあるんですけど、基礎の和声とか、対位法とかクラシカルなところを押さえた方がいいというのはありますし、あとは楽器の演奏ですね。「音楽力」というか……

G:
音楽力?

神前:
「音楽力」としかいいようがないところですね(笑) たとえば「野球選手になりたかったら、まずは基礎体力をつけろ」というのと同じだと思います。楽器を演奏したり、音楽を聴いて耳で理解したり、あとはいろんな音楽を知って、音楽の気持ちいいポイントを的確に理解する。近道というのはなくて、そういうことを面倒くさがらずにしっかりやっておくことが最終的には近道になると思います。僕はだいぶ遠回りをしました。

G:
そうなんですか?

神前:
5年くらい前だったか、音大の先生について和声の勉強もしました。内容は、普通なら中学生や高校生がやるようなもので、そういうことはもっと早くやっていればよかったと思います。

G:
それは、作曲家をやってきて「改めて基礎をきっちりやらなければならないな」と思った瞬間があったんですか?

神前:
やってないことに対する危機感、コンプレックスはありました。実際にやってしまえば「なるほどね、こういうことね」っていうだけのことではありますし、僕がやったのは音楽科の学生さんなら大学に入る前にやっていることで「基礎の基礎」であって、深いことはもっと先にあると思うんです。でも、アカデミックな香りに触れて「全く分からない」っていうのと「何をやっているかは分かる」というのはだいぶ違うと思うので、やって良かったなと思いますし、機会があるなら若い内にやっておいた方が吸収する力もあると思います。あとは楽器ですね。

G:
楽器というと、楽器演奏?

神前:
歌でもいいんですけど、他人の曲を演奏することでいろんな曲に触れると、音楽に対する理解度が格段に深まりますね。引き出しも増えますし。

G:
おすすめの楽器はありますか?

神前:
和音の感覚があるものがいいので、ピアノかギターでしょうね。どちらかは手に触れる機会があると思います。コンピューターとの親和性でいうとピアノの方がちょっと上ですね。

G:
自分の曲は作った後、よく聴くほうですか?

神前:
結構聴くと思います。ある程度経ってからですが。

G:
たとえば「らき☆すた」でも放送から12年が経過していますが、それぐらい離れた曲を聴いたとき、自分でどう思うものですか?

神前:
「よくできてるな」と思います。

G:
それは、その時に作ったベストの曲だったからでしょうか?

神前:
そうですね。あと、「あまり好きじゃないけどこうしよう」というのはあまり作りたくないので、自分の「これが好き」っていう好みを押し出して、オーダーと自分の好きなところのすり合わせを毎回考えてやってきたので、自分の曲は聴いていて気持ちいいですね。

G:
神前さん自身は「まだ作っていないジャンル」について質問されて、ファンタジーやロボットアニメは経験が少なく、「そういう非日常的なものはやってみたいですかね」と答えておられます。

神前:
僕自身は日常系の作品を手がけることが多く、そこが自分の強みだと思います。一方で、「バトル系」とかはあまり多くなくて……端的に言うと「進撃の巨人」で澤野弘之さんがやっているような派手な音楽を手がけることがあまりないです。今までやっていないジャンルは、やってみたいという憧れはあります。でも、毎回作品をやらせていただくたびに、新しいことにチャレンジして新しい発見があるので、どんなお仕事も楽しくやっていますよ。大変ですけど(笑)、できた後には「面白かったな」と思います。

G:
神前さんが手がけることの多い「日常系」の楽曲でもいろいろなタイプのものがあります。このシーンにはこういう曲が合う、というのはどのようにして積み上げていくんですか?

神前:
別に僕のオリジナルの表現というわけではないので、過去のいろいろな表現、作品を参考にしています。1つあるのは「映像と音楽のどちらが前に出るか」という強さのコントロールです。たとえば実写のように「映像に表情があって情報量が多い」という場合は、音楽を記号的につけなくてもちゃんと成り立つし、むしろ邪魔をしてしまうことがあるので、音楽はふわっとした後ろに回る役割にすることが多いです。記号的なアニメの場合は、それにぶつけるために記号的な音楽にします。そこに薄い音楽を敷いてしまうと、本当に何も立たなくなってしまうので、強さをコントロールしていきます。

G:
強さのコントロールという点では、実写作品の音楽を作るとき、どのあたりが難関になってくるんですか?

神前:
基本は映像を立たせるために後ろにまわるんですけど、実写作品では必ずここぞというところで音楽を当てて観客の感情の流れをコントロールするという部分があるんです。「いなくなれ、群青」では中盤にそういうシーンが出てきて、後半はむしろ静かに終わっていくので、どう着地させるかというのは僕だけでなく監督もだいぶ悩みましたね。

G:
「着地」は、すーっと消えていくようなイメージですか?それともフラットな感じだったんですか?

神前:
結局消えていく方になりましたね。消えていって、最後に主題歌でどんと締める。BGMとして盛り上げて「ジャンジャカジャーン!」とやるのではなく、すーっと引いて、最後に余韻で主題歌にバトンを渡すという選択をとったんですけど、それがベストだって分かるまでにはいろいろ試行錯誤がありました。

G:
なるほど。ということは最後のシーンは正しいつながり方だったんですね。

神前:
あそこの主題歌がいいのは、その前に無音が続いていたからというのがありますし、BGMが主張しないことによって映像をたてるって選択も大事かなと思いますね。

G:
まるで演出家みたいな作業ですね。

神前:
映画音楽を作るというのは、半分は音楽演出ですね。テレビアニメだと、発注されたリストに沿って曲を作って、それを音響監督さんが割り当てていくんですけど、映画音楽は通しの流れで発注されるので、作り方として演出のコントロールは大事になりますね。

G:
演出のコントロールを任されるのはプレッシャーではないですか?

神前:
そうですね。お話や映像で築きあげてきたものに、最後に音楽が入ってぶち壊しになると元も子もないので、映像や話が持ってる盛り上がりをきちんとサポートして、クライマックスでは音楽が前に出てくるところもありつつ、と。

G:
本作「いなくなれ、群青」では、どのあたりの曲が一番気合いが入ってますか?

神前:
中盤に盛り上がるシーンが連続するんですよ。そこで流れる曲と映像が一体になったテンションの高さは聴き応えあると思いますね。

G:
なるほど。中盤の盛り上がりと、主題歌にバトンを渡すようにすーっと消えていくという終盤の音楽は、映像とともに注目ですね。本日はありがとうございました。

柳監督と神前さんの狙いがいいところで落とし込まれ、映像と音楽で作品の不思議な雰囲気がより体に伝わってくる「いなくなれ、群青」は2019年9月6日(金)公開です。


映画「いなくなれ、群青」予告編90秒 - YouTube


◆「いなくなれ、群青」作品情報
原作:河野裕「いなくなれ、群青」(新潮文庫nex)
出演:横浜流星、飯豊まりえ、矢作穂香、松岡広大、松本妃代、中村里帆、伊藤ゆみ、片山萌美、君沢ユウキ、岩井拳士朗、黒羽麻璃央
監督:柳明菜
脚本:高野水登
音楽:神前暁
主題歌:Salyu「僕らの出会った場所」
主題歌プロデューサー:小林武史
©2019映画「いなくなれ、群青」製作委員会

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