救急治療室の待合室にいる人のスマホに「傷害事故専門法律事務所」のターゲティング広告が配信されている
アメリカの緊急救命室(ER)の待合室に入った人に対して、タイミングよく「事故や傷害事件を専門にする法律事務所」からの広告が表示されているとアメリカの非営利ラジオネットワークNPRが報じています。
Lawyers Send Mobile Ads To Phones In ER Waiting Rooms : Shots - Health News : NPR
https://www.npr.org/sections/health-shots/2018/05/25/613127311/digital-ambulance-chasers-law-firms-send-ads-to-patients-phones-inside-ers
アメリカ・ニューヨーク州フィラデルフィアに拠点を置くTell All Digitalが、ERやペインクリニックなどの医療機関に向けた「geofencing(ジオフェンシング)」と呼ばれるターゲティング広告を行っています。ジオフェンシングは、Wi-Fiやビーコンなどを使って位置データを測定し、特定のエリアに入ったことが確認されたターゲットに対して特定の情報を送る、というもの。小売店などで商品情報やクーポンを配信することで購買行動につなげる目的で活用されています。このジオフェンシング広告を、Tell All Digitalは医療機関の待合室にいる人に向けて行っているというわけです。
アメリカのフリーウェイ(高速道路)上には、「交通事故専門の法律事務所」の看板広告が多数出されています。高速道路上で事故を起こす人が一定数おり、その大半が弁護士に事故解決を依頼するという経験則から、古くから有効なターゲティング広告として成立しています。Tell All Digitalのジオフェンシング広告は、高速道路上の広告とまったく同じ理屈で成り立っています。ケガの治療を行う医療機関に通う人が弁護士の相談を必要としている場合も少なくないため、広告主の法律事務所にすれば効果的にクライアント候補に対して広告を打つことができるというわけです。そして、同じくプライバシー上の懸念が伝えられているジオフェンシング広告としては、養子縁組をあっせんする施設を訪れた人に対して、不妊治療を行うクリニックの広告を表示するものなどがあるそうです。
しかし、医療機関への通院歴などのプライバシーにかかわる情報を広告に活用する手法については大きな問題があると指摘されています。マサチューセッツ州のマウラ・ヒーリー検事総長は、「個人の医療に関するデータはこのような手段で用いられるべきではありません。特に、消費者の知識が欠けている状態で、かつ消費者の同意を得ることがない状態で使う場合はなおさらです」と、プライバシーに配慮しないデータの取り扱いに対して批判的見解を明らかにしています。
また、ミネソタ大学でインターネット法を教えるビル・マクベゲラン弁護士は、「健康、性、所得、政治思想に関する情報は、『好きな歯磨き粉のブランド』などの情報とはまったく異なるものです。この種の秘匿性が高い情報は、より高度なレベルで取り扱われるべきです」と述べています。
マクベゲラン氏によると、現在の法制度の下ではTell All Digitalなどが行うジオフェンシング広告は違法ではないとのこと。「医療保険の相互運用性と説明責任に関する法令(HIPAA)」で定められた個人情報保護規定の対象は病院や診療所、医師、保険会社であり、弁護士やマーケティング営業を行うものは対象外だそうです。そのため、プライバシーを侵害しかねないジオフェンシング広告への対応では、新たな立法や連邦取引委員会による行政指導などが待たれているとのこと。
なお、このようなジオフェンシング広告に手を染める広告主はけしからん、と考えるのは自然なことで、NPRはTell All Digitalに対して契約する法律事務所や病院の情報開示を求めていますが、クライアントの情報は明かされなかったとのこと。また、NPRはフィラデルフィアに拠点を置く傷害事故専門の法律事務所に対しても広告利用に関するコメントを求めたものの、回答した事務所はゼロだったそうです。
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