ルネサンス期のヨーロッパ人の心をわしづかみにした「赤色」は小さな虫をすりつぶして作られていた

By Slave2TehTink

ヨーロッパをはじめ、日本など世界各地では古くから「赤」、特にスカーレット(緋色)」や「茜色」と呼ばれる色は富と地位を象徴する色として扱われてきました。しかし鮮やかな赤は発色させることが難しく、天然の材料を使うしかなかった時代には、非常に貴重なものでした。そんな中、世界に衝撃を与えたのは、コチニールカイガラムシをすりつぶして作られた染料でした。

BBC - Culture - The insect that painted Europe red
http://www.bbc.com/culture/story/20180202-the-insect-that-painted-europe-red

今でこそ、鮮やかな色を再現する方法は科学的に説明がつきますが、当時のヨーロッパで「鮮やかな色を再現する方法」は「魔法」のようなものであり、限られた職人グループの中で伝えられる門外不出の「秘伝」として守られていました。高貴な色「帝王紫」を作るために使われた巻き貝の一種「ツロツブリボラ」は、同じ重さの金と交換されるほど貴重なものとされていました。

しかし「赤」は、長年にわたってオスマン帝国からもたらされたものが主流でした。ヨーロッパの職人は、アカネの根から作られるオスマン産の赤い染料を再現すべくさまざまな手法を試みましたが、数カ月をかけ、牛のフンや鼻をつくにおいのオリーブオイル、若い雄牛の血などを使って処理を行うオスマンの赤を再現することはかなわなかったとのこと。ヨーロッパの職人はこのほかにもブラジルボクや、ラックカイガラムシが分泌する液、菌類の一種である地衣類を使って鮮やかな赤を作ろうとしましたが、オレンジがかった色や、すぐに色あせてしまう染料しか作り出すことができなかったそうです。ケルメスカイガラムシという虫をつぶして作った染料では鮮やかな赤を染めることができたものの、ケルメスの採取が難しかったことからあまり生産量は多くなく、毛織物の高級品に限られていたようです。

そんな時代にヨーロッパ人がたどり着いたのが、アステカ帝国の首都・テノチティトランでした。エルナン・コルテスらによって征服されたこの新世界では、ヨーロッパとは違い、コチニールカイガラムシをすりつぶした染料が使われていました。スペインでは、コチニールを「新大陸産のケルメス」として、ヨーロッパ向けに大量輸出するようになりました。

By Vahe Martirosyan

メキシコの織物に精通する専門家のQuetzalina Sanchez氏によると、現在のメキシコ南部に暮らしていたメソアメリカ人がコチニールカイガラムシを使って染料を作り始めたのは、紀元前2000年頃と考えられているとのこと。現在のプエブラやトラスカラ州、オアハカの地帯に住んでいた人々は、コチニールカイガラムシを飼育して改良することで品種加工するシステムを持っており、そこから得られた染料を使って写本や壁画などを彩ってきたと考えられています。

By putneymark

コルテスらがアステカ帝国に到達した当時、アステカ帝国に属していた周辺の村々からは、税としてコチニールカイガラムシから作られた染料や、それを使って染められた反物が収められていたとのこと。コルテスはすぐにメキシコの地に存在する富を認識しましたが、その実態はまさに「理解を超える」レベルのものだったようで、当時のスペイン王カール5世に宛てた手紙の中で「我々がこの目で見たにもかかわらず、この現実を理解することができないほど」と表現しています。首都テノチティトランで開かれていた市場については、スペインの都市を例に出して「サマランカの2倍」であると記し、「そこではさまざまな色に染められた糸が売られているために(スペイン南部の)グラナダの絹糸市場のようにも見えますが、規模はこちらの方が大きいものとなっております。また、スペインで見かけるほど多くの画家がおりますが、こちらもスペインと同じほどに鮮やかな色彩を使っております」としたためています。

By Madelinetosh

とはいえ、当初のコルテスは赤い染料よりも金銀の方に関心を持っていたようで、これはカール5世も同様だった模様。しかしその後、コルテスから受け取った反物を目にしたカール5世はコルテスに対し、コチニールカイガラムシから作られた赤い染料をスペインに輸出するように命令を下しています。そのようにして貴重な赤い染料を手にしたスペインは莫大な富を得ることに成功しましたが、現地で染料を生産していたアステカの人々には、ほんのわずかの報酬しか支払われなかったとSanchez氏は語っています。

コチニールカイガラムシから作られた赤は、当時広く使われていた染料「St John’s Blood」よりも10倍も色が強く、別の「Armenian red」より30倍もよく色を発していたとのこと。ケルメスカイガラムシから作った染料と比べて生産効率が高かったこともあり、コチニールカイガラムシから作った染料はヨーロッパを席巻します。1570年代には赤い染料はヨーロッパで最も高い利益を上げる取引物となっており、1557年には5万ポンド(約22トン)だった取引高は1574年に15万ポンド(約66トン)にまで増加したという記録が残されています。

コチニールカイガラムシの赤い染料は、ゴーギャンやルノワール、ゴッホといった偉大な画家が使っていたこともわかっています。その後、19世紀に科学的に合成された染料が生まれるまでは数々の絵画で使われてきたコチニールカイガラムシの赤はいま、活躍の舞台を塗料から食品用の染料に移して、コチニール色素として今もなお作り続けられているとのことです。

・関連記事
世界で最も高価な色、金より貴重な顔料「ウルトラマリン」の歴史 - GIGAZINE

金よりも貴重と言われる顔料「ウルトラマリン」の作り方 - GIGAZINE

ホワイトチョコ以来80年ぶりの新作、ピンクに色づいたニュータイプのチョコレート「ルビー」誕生 - GIGAZINE

ゴージャスで目立ちまくる「黄金の額縁」はどのように作られたのか?額縁から分かる美術の流れ - GIGAZINE

人を死に至らしめた「色」の歴史 - GIGAZINE

in アート,   メモ, Posted by logx_tm