サイエンス

なぜ脳は言語を忘れてしまうのか?

by Ben White

2歳のころに母国であるインドからアメリカに移住したというサイエンスライターのSushma Subramanianさんが、「なぜ自分は母国語のタミル語が話せなくなってしまったのか?」を、科学的に解明しようとしています。

My Forgotten Language | DiscoverMagazine.com
http://discovermagazine.com/2017/nov/my-forgotten-language

2歳のころに南インドからアメリカに家族と移住したというSubramanianさん。その頃は家族全員が母国語であるタミル語を話していたそうです。Subramanianさんは学校に通う年になったころになってもまだ英語を覚えていなかったため、学校の先生から両親は指摘を受けます。両親はSubramanianさんが英語を話せるようにと、家庭内でタミル語を使うことを禁止したのですが、こういった手法は1980年代にアメリカで暮らしていた移民の間ではよくみられた方法だそうです。教育の結果、Subramanianさんは英語を話せるようになったものの、代わりにタミル語が話せなくなってしまいます。Subramanianさんの両親はいまだにタミル語を使うことがあるそうで、それを聞いて理解したり、タミル語のニュースや映画をある程度理解したりすることはできるそうですが、話すことはできません。なお、現在では多くの教育者が2つの言語を自由に使いこなせる「バイリンガル」になるように子どもたちを育てるそうです。

自分がなぜタミル語を話せなくなってしまったのか不思議に感じたSubramanianさんは、ジョン・ホプキンス大学の神経学教授であるバリー・ゴードン氏に、言語の「理解」と「話すこと」を担当する自身の脳の領域がどのように働いているのか調べてほしいと依頼します。脳の言語に関する領域は「言語中枢」と呼ばれており、「話すこと」に関係しているのが「ブローカ中枢」、「理解」に関係しているのが「ウェルニッケ中枢」です。

by jesse orrico

一般的に、人間は周囲で話されている音を聞き、それを模倣することで新しい言葉を学びます。しかし、Subramanianさんは幼少期にタミル語での会話をやめてしまったので、タミル語を話すスキルだけでなく理解する能力も鈍化したと考えられます。また、タミル語の日常会話で使用される言葉はかなり単純なので、現在のSubramanianさんのタミル語スキルは親戚の会話を理解する程度。それではなぜSubramanianさんは、「話すこと」よりも「理解」することの方が得意なのかというと、ゴードン氏いわく「人間は聞く・話す・読む・書くなどの言語スキルに常に習熟度の差が出るから」だそうです。

エセックス大学の言語学者であり、言語損失の専門家でもあるモニカ・シュミッド氏によると、「あなたの脳内に記憶された単語を思い出すときは、常にある程度の精神的な刺激が必要です」とのこと。これは「活性しきい値仮説」と呼ばれる考え方に由来したものです。モントリオールのマギル大学に勤める神経言語学の専門家のミシェル・パラディス氏によると、この概念は1987年に産まれたもので、「ある単語を何度も認識する場合、回数を重ねるほど脳は前回よりも脳へのアクセスに必要な神経刺激が少なくて済むようになる」とのこと。長い間、ある単語を聞かずに過ごしていると、その単語を思い出すのに必要なエネルギーが高くなる、つまりは思い出すのが困難になるというわけ。また、外的刺激に対して反射的に起きる言語を思い出す作業とは異なり、実際に「話す」となると単語を頭の中で思い出すことはさらに困難になるため、「理解」よりも「話すこと」の方が難しくなってしまうものと考えられます。

by Erwan Hesry

他にも、ヒューストン大学の心理学者でありバイリンガルの脳について研究しているアルトゥーロ・エルナンデス氏によると、年齢は言語を学ぶ上で非常に重要な要素だそうです。エルナンデス氏は、2015年に公表した論文でスペイン人のバイリンガルを66人集め、英語だけを話す16人のネイティブ英語話者と言語能力を比較するテストを行っています。fMRIを用いた脳スキャンの結果、被験者のさまざまな脳の領域で活動が確認されましたが、特に若い頃から英語を勉強してきたバイリンガルは、作業記憶に関わる前頭前野の皮質領域でより多くの活動が見られ、英語とスペイン語の音を明確に区別していることが明らかになりました。

若い頃から複数の言語を学び、言語ごとの音に精通することができれば、通常の学習を経験しなくても簡単かつ素早く言語の習得ができるようになるだろう、とエルナンデス氏は語っています。タミル語が話せなくなってしまったSubramanianさんですが、確かに幼少期からタミル語を耳にしてきたので、誰かが話した言葉をそのままマネることは容易にできるそうで、「タミル語を知らない人の場合はこういったことはほぼ不可能でしょう」と語っています。

by Jason Rosewell

このように、幼少期が言語を習得するのに向いているのは明らかですが、若者は新しい言語に関する長期記憶を持っていないため、もしも7歳の時に2カ国語を話せたとしても、それ以降で片方の言語を全く使わなくなってしまえば、使わなくなった言語に関する知識をほとんどすべて忘れてしまう可能性は高いとのこと。ただし、12歳以降で言語を全く使わなくなった場合は、30年以上あとになっても再び話せるようになる可能性は高いそうです。

専門家たちは言語が定着する正確な年齢について議論していますが、2002年に発表された研究によると、イギリスに逃亡したドイツのホロコーストの生存者たちは、11歳以前にドイツを去った人でドイツ語でインタビューに応える人はいなかったものの、11歳以降になってドイツを去った人はインタビューでドイツ語を使うことを好みました。つまり、11歳前後が言語が定着する年齢なのではと考えられているわけです。

これらをまとめると、Subramanianさんは幼少期からタミル語を使用していたため「タミル語と英語などの他の言語を明確に聞き分ける能力」を持っているものの、学校入学時にタミル語離れしたため「タミル語が定着することはなかった」ということになります。つまり、Subramanianさんは再びタミル語が話せるようになるための基礎を持ち合わせているようないないような微妙な状況なわけです。

Subramanianさんが「タミル語を話せるようになるにはどれくらいの時間が必要となるのでしょうか?」と質問したところ、エルナンデス氏は「流ちょうなレベルでタミル語を話せるようになるには5~10年が必要とする」と回答しています。ただし、これは幼少期にどれくらいタミル語を使え、周囲がどれくらいタミル語を使っていたかにもよります。

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in サイエンス, Posted by logu_ii