ハードウェア

あの映画もチョッとだけ関係がある回転方向自由自在のトランスミッション「インセプション・ドライブ」


一般的に、自動車や自転車のギア機構といえば一方向への回転スピードを上げたり下げたりすることが普通ですが、特殊な機構を用いることで回転スピードを無段階に調節できるだけでなく、回転を止めたり回転方向そのものを逆向きにしてしまえるというギア機構「インセプション・ドライブ」が開発されています。この機構はVベルトと可変プーリーを特別な方法で組み合わせるものとなっており、主にロボット技術分野で高効率な動力源を実現するための技術として用いられることが目されています。

Inception Drive: A Compact, Infinitely Variable Transmission for Robotics - IEEE Spectrum
https://spectrum.ieee.org/automaton/robotics/robotics-hardware/inception-drive-a-compact-infinitely-variable-transmission-for-robotics

インセプション・ドライブの試作品がコレ。半透明のアウターケースは可変式の溝(アウタープーリー)を兼ねており、その中には円周状に並んでいるのが見える白い特殊Vベルトと、さらにその中にはインナープーリーが配置される構造。この写真には写っていないのですが、奥側にある入力側から入ってきた力をインナープーリーとアウタープーリーの幅を変化させてVベルトで伝えることで、出力側の回転を正転と停止、逆転で自由に切り替えることができるというものです。


内部の構造を示した図がコレ。自動車のトランスミッション機構のように、矢印を使って右から左へと力が伝わる説明ができないのがこの仕組みの理解が難しいところなのですが、できるだけ簡単に説明してみます。入力軸(緑)から入った回転はまず、軸の中心からズレた偏心カム(Eccentric Cams)を回転させます。すると、偏心カムと触れているインナープーリー(紫)を回転させるのですが、この時にもちろん偏心カムの動きを受けてインナープーリーは装置の内部で偏心運動を行います。偏心運動するインナープーリーは、V字型のドライブベルト(赤)をアウタープーリー(ベージュ)に押しつける力を生みます。この時、インナープーリーとアウタープーリーの溝の幅によって、ギア比が決まります。そして、ここが複雑で最も重要なところなのですが、ギア比によって生じた回転差がインナープーリーの回転方向と速度を決定し、インナープーリーを回転させ、この回転を出力軸(青)を使って取り出す、というのがその原理です。


ここで大事なのが、「アウタープーリーは固定されている」という点と、「アウタープーリーとインナープーリーの溝の幅は変えられるようになっており、しかもその変化は同期している」という点にあります。ここで「これってトロコイド歯車みたいなもの?」と気付いたカンのいい人はナイスアプローチ。トロコイド歯車は内外ギアの端数の違いから生じるギア比を回転として取り出す機構ですが、インセプション・ドライブはVベルトを用いてギア比を自由自在に変化させることで、大きな変速幅を持たせ、しかも停止や逆転までを可能にしているという機構です。つまり、ベルト式CVTとトロコイド歯車を組み合わせたような機構となっているわけです。

以下のムービーでは、SRIインターナショナルの研究者でインセプション・ドライブを開発したアレグザンダー・クレンバウムさんが原理を解説しています。

Inception Drive: A Compact, Infinitely Variable Transmission for Robotics - YouTube


クレンバウムさんが手にしているのが、インセプション・ドライブの試作品。ケースの中ではインナープーリーとドライブベルトがうねうねと動いており、指先にある出力軸は反時計回りに回転しています。


そして、ケースをカチカチッと回してギア比を変えると、出力軸の回転が止まり、さらに反対の時計回りに回転し始めました。この時、入力側のモーターはずっと同じ速度で運転中。つまり、入力の回転を一定にしたままで、インセプション・ドライブは出力軸の回転を自由自在に操れる機構というわけです。


その最大の謎「なぜ回転の向きを逆転できるのか」という点ですが、これは以下のような直径が同じ2つのプーリーと、それらをつなぐベルトの仕組みで説明することができます。


有効半径が同じ2つのプーリーのうち、一方を回転させるともう一方も同じ速度で回転させるのは容易に想像がつくはず。この時、一方のプーリー(下側)を固定した状態で、もう一方のプーリーをグルグル回転させると、2つのプーリーに書かれた矢印は常に同じ向きを指すことがわかります。つまり、インセプション・ドライブはこの状態を回転停止の状態として取り出す仕組みとなっているわけです。


この時、2つのプーリーのギア比は「1:1」の状態。この状態を基準として、双方のプーリーの有効半径を変化させ、ギア比を「1:2」や逆に「2:1」と変化させることで、出力軸の回転を正逆に切り替えることを可能としています。インセプション・ドライブでは、この2つのプーリーを同軸上に配置することで、非常にコンパクトな装置にすることに成功しています。


次の3つの図では、「正転」「停止」「逆転」の3つの状態が示されています。まず「正転」では、インナープーリーが最も狭く、アウタープーリーが最も広い状態になっていることがわかります。つまり、インナー径が最大で、アウターの径が最小という状態。


「停止」または「ギアード・ニュートラル」(ギアはつながっているがニュートラル)の状態は、双方のプーリーの幅が中間状態にあります。


そして「逆転」の時は、インナープーリーが最も広く、アウタープーリーが最も狭い状態となっています。


この機構は必ずしも新しいものではなく、すでに「変速比無限大変速機」とよばれるギアボックスも開発されており、1999年にはニッサンがエクストロイドCVTとしてY34型セドリックおよびグロリア、そしてV35型スカイライン350GT-8に搭載して市販にこぎ着けています。高効率のギアボックスとして当時は非常に注目されたエクストロイドCVTでしたが、通常のCVTに比べて価格が高く、複雑な機構のために故障が多いうえに修理費も非常に高かったことから、早々に一線から退いています。

インセプション・ドライブはこのような複雑な機構を使わず、同軸上に配置した変速機構とすることでコンパクトさを実現しているとのこと。正逆いずれの方向についてもいえるのですが、減速率が非常に高いので、自動車のトランスミッションには向いていない模様で、SPIでは産業用ロボットを駆動するモーターの変速機構としての役割を期待しているとのこと。モーターを最も効率のよい回転数で定常運転させておき、インセプション・ドライブで出力の回転を制御することで、エネルギー効率のよい運転を可能とする、というわけです。今後の課題は、大きな負荷がかかった際の耐久性や、実際にどの程度の効率が実現されるかといったポイントで、さらに試作品による検証が行われる予定とのこと。

最も気になる(?)であろうそのネーミングですが、その名前は大方の予想どおり、レオナルド・ディカプリオと渡辺謙が共演した映画「インセプション」から名付けられているとのこと。作中に登場する、地面がめくれあがって宇宙コロニーのような円筒状になるシーンと、入れ子状態になっている2つのプーリーの構造がよく似ているところから、その名前が付けられているそうです。

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in ハードウェア,   動画, Posted by darkhorse_log

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