戦闘機の射出座席で緊急脱出する時の一連の流れはこんな感じ
戦闘機や爆撃機などの軍用機には、空中での爆発や墜落が避けられない時に乗員が機外に脱出するための射出座席が装備されています。ロケットモーターなどを使って一瞬のうちに機体から十分な距離にまでパイロットを打ち出すための装置ですが、実際の使用時には複雑な操作が要求されることになります。
Everything You Need to Know About Ejecting From a Fighter Jet
http://www.popularmechanics.com/military/aviation/a26193/how-pilots-eject-from-fighter-jet/
1機あたり数十億円~数百億円という税金が投じられる軍用機は、緊急事態が起こってもそうやすやすと破棄できるものではありません。しかし、制御不能などで回復が見込めない場合には、パイロットを機外に脱出させることで、機体を失っても軍人の命を守るための仕組みが取り入れられています。
実際に射出装置が使われた一例がこの写真。アメリカ空軍のアクロバットチーム・サンダーバーズのF-16戦闘機が墜落事故を起こした瞬間で、火薬によって吹き飛ばされた透明のキャノピーと、その次に射出装置のガス噴射によって機外に射出されたパイロットが写っています。
By Public Domain
その他にもさまざまな脱出の瞬間がカメラに収められており、いずれも最悪の状況において装置が起動されている様子がよくわかります。
Pilots Eject From Fighter Jets at Last Moment - YouTube
かつてはパイロットを射出するのに火薬が使われていましたが、現在では小型ロケットともいうべきロケットモーターが使われています。一瞬の力でドカンと打ち出す火薬に比べ、より長い時間をかけて推力を生むロケットモーターはパイロットにかかる負担が軽減されるという特徴がありますが、それでも10~15Gという強い加速度がパイロットにかかります。そのため、脱出時には体を守るための姿勢が定められており、不用意に腕や足を伸ばしていたり、首を想定以外の角度にしていると、加速のショックで骨折や脊椎損傷などのけがを負うことも十分に起こり得ます。
また、射出時の速度も安全性に大きく関わります。多くの場合は音速よりも低い亜音速(マッハ0.3~0.8程度)の速度での脱出が想定されているのですが、あまり例は多くないもののマッハ1を超えるスピードでの脱出が行われた例も。1989年にはF-15戦闘機で戦闘訓練を行っていたパイロットと相棒が、600ノット(約1000km/h)というほぼマッハ1での射出を経験するという事故が起こっています。超高速で機外に放り出されたパイロットは風圧でヘルメットが脱げて顔じゅうの血管を損傷し、顔面はバスケットボールの大きさに、唇はキュウリほどの大きさに腫れ上がったとのこと。海に着水したパイロットは、片腕と片足を骨折して死をも覚悟したそうですが、なんとか救命ボートによじ登って一命をとりとめました。なお、この時の相棒は残念ながら命を落としたとのこと。
F15 Ejection at Supersonic speed - YouTube
脱出の際には、シートの横に配置された脱出用のレバーを引くと、まずコックピットを覆っているキャノピーが爆薬で破壊・取り外されます。次にパイロットがシートごと打ち出されるのですが、この時、2列シートの場合はまず後部座席から発射されるとのこと。その理由は、同時あるいは前部座席から射出されるとロケットモーターの炎で後部座席のパイロットがやけどを負ってしまうからというもの。
無事に脱出が行われるとシートは自動的にパイロットから切り離されて落下し、高度が1万4000フィート(約4300メートル)以下の場合にはパイロットが背負っているパラシュートが自動で展開されるようになっているとのこと。その理由は、これよりも高度が高い場合だと気温が低すぎることと、気圧が低すぎて十分な酸素が得られないためにパイロットが死亡してしまう恐れがあるため。
射出が行われてすぐ、パイロットは自らの状況を確認する必要があります。海の上なのか、陸地の上なのか、そして最も重要である、高度が十分であるかどうかという確認を行います。現代の射出装置は、高度ゼロ・速度ゼロの状態からでもパイロットを十分な高さに打ち上げてパラシュートを展開して安全に着地できる「ゼロ・ゼロ射出」が可能な性能を備えてはいますが、そのような場合でも体にかかる衝撃を和らげるために、パイロットは手足を体に引きつける衝撃対応姿勢をとります。
通常であれば、射出の際に機体側に取り付けられた装置が外れることで、自動でパラシュートが展開するようになっているのですが、もし自動で開かない場合には自分でワイヤーを引っ張ってパラシュートを動作させる必要があります。前述のようにパラシュートの展開は高度1万4000フィート以下と規定されていますが、機外に打ち出されたパイロットに高度を知る術はまずありません。そのため、パイロットの教官は「地面がどんどん迫ってきて大きく見えるようであれば、パラシュートを展開せよ」と教えているとのこと。
陸地までの高度があまり残されていない場合、パイロットにできることはあまりありません。まずはパラシュートが正常に展開されていることを確認し、地面を見て着地までの時間を確認。そして着地の際にはまず片側の足を地面に着け、もも、尻、体の側面、そして肩へと順番に着地させる体勢をとります。これは着地の衝撃力を分散させるためであり、かりに直立の状態でかかとから降り立つと、いくらパラシュートを着けていたとしても骨折や打撲などのけがは免れないとのこと。
高度が十分に残されている場合は、訓練でたたき込まれて暗記しているチェック項目を確認します。パラシュートが正常に展開しているか、ヘルメットのバイザーを上げているか、マスクは外したか、シートキット、救命ユニットは正常か、前方にパラシュートを進ませる「4-line jettison」用の装置は正常か、方向は風上に向かっているか、などをチェック。もしこの時、パラシュートのラインが絡まったりねじれたりしていると以下の動画のように操作して解消しますが、場合によってはラインを切断することもあり得るとのこと。パイロットが着用するフライトスーツには、このためだけに使われるフック付きのナイフがあらかじめ装備されています。
Parachuting is'nt a joke! - Lines Twist - YouTube
全てが正常に動作していることが確認できたら、4-line jettisonを行ってパラシュートを前方向に進める力を得ます。操縦用のハンドルを腰の位置まで引き下げると、片側あたり4本のラインが切断され、キャノピー(パラシュートの布)の形が変わって5ノット(約9km/h)の速度で前方向へと進む力が生まれます。4-line jettisonが完了したら、次はハンドルを操作して風向きに進むように向きを調整。そして着地の際には衝撃で負傷しないようにPLF (Parachute Landing Fall)の姿勢を取ります。これは両足をそろえて膝を曲げ、顎を引いた状態で体の側面から着地し、自ら転がることで全身を使って衝撃を吸収するというもの。パルクールで高いところから着地する時の動きと同じ要領です。
By 82nd Sustainment Brigade
着陸後は、救助されるまでいかに生き延びるかが最も重要な課題となります。訓練の際に発生した事故であれば、軍の救助部隊がすぐに駆けつけてくれることになりそうですが、実際の戦闘であればそう簡単には救助されることはないのが普通なので、救命ユニットに含まれるファーストエイド・キットで可能な治療を行ったり、水、食糧で飢えをしのぎます。海に着水した場合は基本的に自動でラフト(小型ボート)が展開しますが、作動しない場合は自分でレバーを引いてラフトを膨らませて乗り込みます。そして救助が訪れたら、発煙筒の煙や、明るく光るフレアを打ち上げて自分の居場所を知らせます。
この時は何らかの外傷や骨折などを負っていることが多いとのこと。また、パイロットは誰も緊急脱出したいと思う者はおらず、非常に高価な戦闘機が一機失われることになってしまいますが、それでも軍人一人の命が救われることに代えられるものはないといえます。なお、アメリカの場合は例え民間人の体験飛行であってもパラシュートを使った脱出訓練が必須となっているため、体験できるケースは非常に珍しいとのことですが、この規定が存在しないロシアであれば比較的簡単にチャンスを得ることができるそうです。
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