がんによる腫瘍が血管から栄養を横取りして成長して全身に拡散していく方法とは?
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「がん細胞は自分でパイプラインを建造して、血液中から栄養素や酸素を取り入れている」という理論は1999年に発表されてから大きな論争を巻き起こしていたものの、現在まで決着はついていませんでした。しかし、新たに臨床試験が開始され、がん治療に対する新たなアプローチが生まれる可能性があるとして注目を浴びています。
Tumors have found a bloody new way to grow and spread | Science | AAAS
http://www.sciencemag.org/news/2016/06/tumors-have-found-bloody-new-way-grow-and-spread
1999年、がん細胞が血液から栄養素と酸素を横取りできる新たな方法が、アイオワがんセンターのがん生物学であるマリー・ヘンドリクス教授らのチームによって報告され、大きな論争を巻き起こしました。
がん腫瘍は栄養や酸素を取り入れるために血管の内皮細胞を自身の栄養供給のパイプラインとして利用することで知られており、これは悪性腫瘍の血管新生と呼ばれています。
ヘンドリクス教授らが主張したのは血管新生とは異なる、「疑似血管新生」と呼ばれるもの。これは、がん腫瘍が自身に栄養を供給するために新たな供給パイプラインを「作り出す」という現象です。当時、ヘンドリクス教授は小さな循環システムが腫瘍によって作り出されているのを確認したと強く主張しましたが、カリフォルニア大学のドナルド・マクドナルド教授は「研究チームが観測したのは結合組織の重なりであり、血液を運ぶチューブではない」として、チームがデータを読み誤っていると反論しました。
以下の図の上部が悪性腫瘍による血管新生、下部が疑似血管新生を示しています。血管新生が自身の方に血管が伸びてくるよう誘発しているのに対して、疑似血管新生は自身で新たなパイプラインを作っているのがわかります。
悪性腫瘍の血管新生は1970年代にハーバード大学のジュダ・フォークマン教授によって主張されました。ケガが治る時や月経時の子宮内膜などで、新しい血管が細胞に呼び寄せられる「血管新生」は通常ではほとんど起こりません。しかし、がん細胞は大量の血管内皮増殖因子を放出し、自身の周りに集めた血管を通常ではありえないスピードで分裂させ、酸素と栄養を自分のもとに届けさせます。このことから、フォークマン教授は腫瘍のもとへと集まる血管を阻害することができれば、栄養が届かなくなったがん細胞は死滅すると考えました。当時はフォークマン教授の考えに懐疑的な科学者も多かったのですが、1990年代後半には血管新生を阻害するがん治療薬が開発され、「2年以内にがんを治療できる」と言われるまでになりました。ヘンドリクス教授らの主張する「疑似血管新生」はこれまでのがん治療の常識をくつがえす可能性があるため、がん治療の分野で論争が起こっているわけです。
ヘンドリクス教授らの研究チームは意図して疑似血管新生を発見したわけではありませんでした。当時、研究チームはアイオワ大学の病理学者であるロバート・フォーバーグ教授らとともに、なぜ悪性黒色腫は患者を殺すほどの猛毒を持ち広がりが速いものと、危険性が少ないものが存在するのかを研究していました。すると、細胞外マトリックスを模したゲルの上に人間の悪性黒色腫を植え付けるという実験で、がん細胞が細胞外マトリックスの上を動き回り表面に管のようなものを作っているのを発見したとのこと。
研究に参加していたフォーバーグ教授は過去に患者の目で同じような現象が起こっているのを観察したことがあり、当初はこの管を「血管ではないか」と考えていたそうです。しかし、研究が進むにつれわかったのは、管には血管と同じように赤血球が確認できたにも関わらず、通常の血管にはあるはずの内皮細胞がないということ。これはつまり、がん細胞が自分自身で管を作っていたということを意味します。
しかし、数カ月後に発表されたマクドナルド教授らによる論文では、ヘンドリクス教授らが発表した論文には血流があったことの証明がなされていないという点が指摘されていました。ヘンドリクス教授らの報告に対しては同分野の科学者から「極めて重要な発見」だとコメントされることもありましたが、マクドナルド教授らの見解は「発見は新しいものではなく、証拠不足で説得力がない」というものでした。
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ヘンドリクス教授らは、過去にも類似の発見があったことや、全ての証拠があるわけではないことを認めつつも、疑似血管新生の存在を示す証拠は増えているとしており、腫瘍がどのように血管を形成してがん治療や予後に影響を与えているかという写真も公開しています。2016年に中国で行われたメタアナリシスでは、疑似血管新生と思われる現象が確認された患者は生存率が急減することも示されました。
研究者らは、がん細胞がどのように血管に接続するのかについてはまだ解明できていません。しかし、がん細胞から血管がどのように作られているのかは判明しています。腫瘍のうち、血液のパイプラインとなるものを作れるのは一部の細胞だけで、これが通常の血管新生と同じように細胞内の遺伝子に作用して管が作られるとのこと。疑似血管新生を行う細胞はがん幹細胞と似たような性質を持っており、薬剤耐性やいろいろな細胞に分化できる能力を持っていることも報告されていて、皮膚病理学者のジョージ・マーフィー教授は「非常に賢いがん細胞の亜集団のようだ」と語りました。また、がん細胞の建造した血管は血液から栄養や酸素を奪うだけでなく、転移を促進する可能性がある点も危険視されています。
さらに、標準的な血管新生阻害薬では、疑似血管新生を止められないという研究結果も発表されています。むしろ標準的な薬で血管新生を邪魔すると、栄養や酸素が得られなくなったがん細胞が疑似血管新生を始めるという現象も見られたとのこと。
そして新たに、腫瘍の成長を制限する治療薬の臨床試験がアメリカと台湾でスタートしています。臨床試験の結果はこれまでのところ、ヘンドリクス教授らの理論を肯定するものとなっており、がん細胞は栄養や酸素を取り入れるための「血管新生とは異なる手段」を確保していると見られています。
台湾に本拠を置くバイオテクノロジー企業のTaiRxは、がん細胞の成長を阻害する「CVM-1118」という植物の化合物をもとにした薬を開発したのですが、これをヘンドリクス教授らの元に送ったところ、疑似血管新生に対して効果を示したそうです。CVM-1118は2016年中にも、人に対する安全性を確かめるため、臨床試験のフェーズ1が行われる見込みです。CVM-1118の他にも、疑似血管新生を阻害するための薬が現在、アメリカの製薬会社によって開発されています。
by Kevin Morris
これらの臨床試験が成功すれば、ヘンドリクス教授らのチームが17年間主張してきた理論を大きく裏付ることになり、血管新生を阻害する薬の投与に、なぜ効果が生まれにくいケースがあるのかという説明がつくことに。マクドナルド教授をする論争は研究チームを大きく疲弊させたとのことですが、「我々ががんに対する新たなアプローチの可能性を人々に示すことができれば満足です」とヘンドリクス教授は語っています。
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