インタビュー

押井守監督に「TNGパトレイバー 首都決戦」ディレクターズカット公開の経緯についてインタビュー


2015年5月1日(金)に公開された映画「THE NEXT GENERATION パトレイバー 首都決戦」の“ディレクターズカット”が10月10日(土)に公開されます。実は、押井守監督(TNGシリーズ総監督)はこの「ディレクターズカット」と呼ばれているものを最初に完成させており、これを公開する予定だったのですが、諸般の事情によって90分強に収めた「公開版」が作られ、5月に公開されたという経緯があります。

今回、「公開版」と「ディレクターズカット」の2バージョンが公開されるに至った経緯、20年前にあった実写化構想の話などなど、いろいろな話を押井監督に聞いてきました。

THE NEXT GENERATION パトレイバー
http://patlabor-nextgeneration.com/movie/

GIGAZINE(以下、G):
まずは、公開版の時にカットされた27分の映像を含めた「ディレクターズカット」が、こうして公開されることになった経緯を教えてください。

押井守監督(以下、押井):
最初にこの「ディレクターズカット」があったんだけれど、「これでは長い」という話が出たんです。僕は「2時間の何が長いんだ?」と思ったけれど、90分にしたいという要望でした。そうすることで、1日の上映回数が増えるという話なんだけれど、結局、1日に来るお客さんの数は変わらないだろうし、変わらないなら回数を増やしても意味がないから、その話にはリアリティがないなと思い、詳しく聞いてみるとどうにも要領を得ない。「つまらないならつまらないと言ってよ」と言っても、そうではないという(笑)。それで、追求しないことにしました。いろんな事情があるんでしょうから。

そうなると、ケンカしてやめるか、どうするかです。でも、ケンカしてやめたところで、誰も喜ばない。監督はケンカして要求をはねのけて「圧力には屈しなかった」って言えるけれど、それが偉いわけじゃない。周りのスタッフも役者も失望するし、監督の名前が入っていない映画が公開されていいのかという話です。だから「2つ作りましょう」と提案しました。すると、ディレクターズカットについて「これはこれでやります」と言ってくれたから、「裏切ったらただじゃおかないからね」と(笑)。長い付き合いだからたぶん任せておけば大丈夫だろうと判断しました。「『いろいろな事情があってなしになりました』となったら承知しないからね」に対しても「クビをかけても何とかします」ということだったから「じゃあ、好きにすれば」……というのが、私の知っている全て。


G:
なるほど。

押井:
出した条件は、できあがっている「ディレクターズカット」はこれ以上いじらないこと、今年中に公開すること。公開する劇場の数とか細かいことは言わないから、宣伝ももう1度やること。「自分が作ったものがちゃんと世の中に出さえすればいいよ、あとはお客さんが決めるから」ということです。ファンとしては怒ってもいいかもしれない。5月に公開されたものを見てくれた人の、すべてとは言わないけれど、ほとんどの人はきっと見てくれるでしょう。パトレイバーのファンは昔から義理堅いというか「自分たちが支えなければ後がない」という使命感があって、だからこそ見に来てくれたし、熱心にモノも買ってくれた。もう1度見てくれると嬉しいんだけれど(笑)、遠くから映画館へ来たりして、「映画を見て、グッズムを買って帰る」というのが1つのイベントになっているんでしょう、グッズがめちゃくちゃ売れたと聞いています。

そこから察するに、見たい人は見るんです。あちこちでパトレイバーをデッキアップして宣伝して回っても、やっぱりロボットが出てくるという時点で、見ない人は見ない。それはアニメと一緒で、「世界には2種類の人間がいる。アニメを見る人間と、見ない人間だ」って冗談で言われるぐらい。スタジオジブリの作品だけは「アニメとは別」ということになっているから、家族揃って見る人もいるけれど、それ以外のアニメは「えーっ!?」って感じですよね。


この映画にしても、ロボットが出てくるという時点で「ロボットが出てくる映画を見る人、見ない人」に二分される。だからといって「トランスフォーマー」を見た人がみんな見に来るかどうかはまた別でしょう。この映画は企画段階から、本来は収まりようがないもの。日本映画だけれど邦画とは全然違うし、ハリウッド映画とも違う。SFかというと、ロボットは出るけれどそうじゃない。警察モノかというと、確かに警察官の世界ではあるけれど、犯罪なんてほとんど出てこないし、まず警備部の話だから捜査というものをしない。機動隊みたいな話で「革命だ、クーデターだ」と、社会派の話かというと、全然いい加減な奴らが出てくる。そもそも、アニメのパトレイバーがそうだったけれど、ロボットアニメといえるのかと。でも学園モノとも違う。戦争もしていないし、ガンダムでもなければ……なんでもない。

そういうものだからこそ、20年続いたのかなと思います。未だに続いていて、未だに売れている。だから、誰に向けて、どういう風にやったらいいんだろう、と難しさを感じていました。そうなると、パトレイバーのアニメがそうだったように、自分のやりたいようにやるしかない。自分が見たいものはみんな見たいんだと思って作るしかない。

ただ、アニメと違ったのは1点、「生活感があるんだけれどウソっぽい」という点。そういうバランスの中で「この職場で働いてみたい」と思ってくれる人がいたらいいな、と。給料はとにかく安そうだし、暇だし、朝行ったら定時までやることはないし、事件は月に1回あればいい方。食生活は、出前を持ってきてくれるところが1軒しかなくて、あとはコンビニ。でも、悪いことばかりかというと、勤務中にこっそり飲んでいてもバレなければOKだし、そこそこきれいなねーちゃんも何人かいる。そのねーちゃん達とどうにかなる可能性はないんだけれど(笑)、楽しそうだなと見てもらえるように作りました。


ときどきは大忙しにしてあげるし、ときどき、いいところを見せてあげる。大活躍というほどのレベルじゃなくて、どちらかというと酷い目に遭うけれど、それでも楽しそうに見えるかどうかですね。酷い目に遭うからひどい職場だとは、僕は思いません。映画の現場だってそうだから。だいたい、現場はどこにいっても酷い目に遭わされるものです。でも、食えないからバイトするという話はあるけれど、やめるヤツはいない。とりあえず仕事があれば弁当が食えて、酒も飲めて、ねーちゃんもいる。ねーちゃんには「付き合っていいねーちゃん」と「付き合っちゃダメなねーちゃん」がいて(笑)、女優とは付き合っちゃダメ。でも、それ以外ならメイクでも、衣装でも、結構みんなフランクな世界で、くっついたり離れたり好きにやっている。だから、やめないんでしょうね、きっと。仕事がつまらないかというと、非日常、お祭り騒ぎ。でも、いつ寝られるかはわからないし、お金をもらえるかは怪しい……それと同じだと考えて、そういう風な世界として描こうと決めました。

これをアニメでやろうとしたら難しいですよ。目指してはみたけれど、どうしてもそうは見えないんです。だから、アニメはどんどんかっこいい世界に引っぱり込まれちゃった。ロボットが毎週出てきて戦ってという熱血系に変わっていった。それは僕が監督をやめた後の話で、劇場版の監督をしたときになんとか引っ張り戻そうとしたけれど、その手間暇が大変なんだということがよくわかりました。熱血の「正義の味方」の方が楽だから。

「カップ麺、もう30秒早く食いたかった……」とか、そういうことを一生懸命やって動画で生活感を出すというのは大変なんです。だから、実写でやるならと、真っ先にそれを目指しました。日常のシズル感というのか、だらだらした感じ。たぶん、本当に働いてみたい職場って、こういうことじゃないかなって。毎日毎日同じ事をやって耐えるだけの職場は嫌だろうし、といって傭兵になってアフリカに行くというのも大変。特車二課ぐらいがちょうどいいんじゃない?って。あまり世の中に認められてはいないけれど、ときどき脚光を浴びる。大体の時はボロクソに言われる。でも、メシ、酒、ねーちゃんがついていればいいじゃない、というのがどこまで通用するのかと思って作りました。

ある種の人たちには確かにアピールしましたが、一方で、ハンガーでメシを食っているシーンが汚らしいからイヤだという意見もあります。これは「汚らしい」と、はっきり言われました(笑)。それは、ある程度は織り込み済みです。見る人は見るし、見ない人は見ないというのは、映画になったからって急には変わらないだろうけれど、映画として安くないお金をもらうからにはと、色んなことはやって見せました。その上で、見せ場もちゃんとやるぞ、と決めました。好きだし。ヘリでの空からの襲撃、突入しての銃撃戦、一通りのことはきっちりやろうと。ただし、キャラクターの生活部分を変える必要は全くないということもまた、決まっていました。彼らの性格は変わらないし、突然ロボットが空を飛ぶわけではない。3分しか動かないものは、やっぱり3分しか動かないですよ。だから、おおむね想像したとおりのものを作ることができました。

そうやってできあがった作品から「30分カットしろ」というのは、私には無駄なことにしか思えませんでした。「無駄な努力ですよ、何も変わらないよ」って。だって、突然「トランスフォーマー」に化けるわけじゃないですよ。あれやこれやのシーンを全部取っ払ったとしても、セリフをがっさり削ったとしても、全体の中に占めるそれぞれのシーンの割合は変わるかもしれないけれど、それは全体が短くなったからで、シーンとしての総量は変わらないんだから。お客さんは、役者のすごいアクションを見たくてこの映画を見に来ているわけじゃないと思います。もちろん、まったくアクションがなかったとしたら怒ると思うけれど、だからといって、30分切ってどうにかなるとは思えなかった。でも、それ以上は何を言っても無駄だから「両方やりましょう」ということになりました。なった。私には違う答えが出るとは思えないけれど、両方やればみんなハッピーになるでしょう、と。

G:
今話に出てきた「ある種の人」というのは、世代など関係なくずっといるものですか?

押井:
関係ないです。ただ、この映画を中高生は見ないんじゃない?だって、実際に長編映画の前に7本のシリーズをやったときにもいなかったし。中高生の時にパトレイバーを見ていたという人は来るだろうけれど、今の中高生がこれを見るかというと、難しいんじゃないかな。

G:
どのあたりが難しいと思われますか?

押井:
この人達のことがわからないんだと思います、いい人達なのか、どうしようもないただのダメな連中なのか。たとえばアル中だったり、パチンコに狂って女房に逃げられたりと、どこかしら破綻している。他のメンバーも、軍オタ、仕事が終わったらまっすぐゲーセンに行く女の子、鶏にしか興味がない男、タバコばっかり吸って銃剣振り回している女……みんなどこか変です。それは、最初からそういう人間達の世界にしているからで、「いい」も「悪い」もないし、そういうつもりでは作っていません。そういう人たちがギリギリまで追い詰められたらどうするだろうか、というところに勝負をかけているだけです。「思ったよりいいヤツだな」と思うか、「自分でもそうする」と共感するか、それは、ある程度生活感のある人間じゃないとわからないんじゃないかと思う。朝起きてごはん食べて学校に行って……という生活しか経験していない中高生だと、この職場の生活感を理解してもらうのは難しいのかもしれない。

もともと映画は知らない世界、知らない職場を垣間見せてあげるという役割がありました。板前の世界を描いたり、医者の世界、ヤクザの世界、悪漢の世界だったり……。それが楽しくて高校生のころにいろんな映画を見に行ったことを、僕は覚えています。身近な世界のもの、たとえば学園モノとか「夕陽に向かって走れ-!」みたいなスポーツものとかは、僕は大っ嫌いでした(笑)。自分たちの日常を見たいとは思わなかったし、しかも、日常が美化されているのが不愉快でした。リアルに描かれるともっとイヤでした。この作品の組み立ては、「それなら、まだギャングの世界や科学特捜隊の方がマシ」というところから出発しています。特車二課は、どちらかといえばウルトラ警備隊に近いけれど、大半はカップ麺食べてるだけ(笑)。生活してみて、はじめてそういう世界の良さがわかるので、社会人だからこそ、しょうもなさとか、ざらざら感とか、いい加減さとか、そういう人間としてお互い認め合えるし、アル中オヤジに対しては「くせーんだよ、あんた!」って言える。そういう職場がいいのか悪いのかはわからないけれど(笑)、一言で言えば「大人の世界」なんです。


スタートする時には「アニメの世界よりもかなりアダルトにします」ということを宣言しました。そうじゃないと、実写でやる意味がないと思ったので。アニメでやっているようなことを実写でやると、さっき言った、高校の学園モノみたいな気持ち悪さが出てしまうんです。だから、アニメとの違いはそこだと思います。例えば、アニメに出てくる太田は正義感が強すぎてやたら鉄砲を撃ちたがる警察官だけれど、映画に出てくる大田原は何とかしなきゃという正義感はあるけれどアル中で手がプルプル震えていたりする(笑)。「たぶん、どこかに娘がいるんだよ」ということは言ったことがあります。そういう人間からすると、佑馬や明なんてまだまだ子どもで、「何もわかってないな、こいつら」と内心で思っているけれど、何も言わない。同時に、若い2人が自分のことをちょっと軽蔑していることもわかっている。それでも、職場が同じだから一緒にいるしかないんですよ。一緒にいると、どこかを認め合うしかないんです。

G:
だからこそ、中高生がそういった知らない世界に興味を持ってもよさそうですが……。

押井:
僕もそれは期待したんだけれど、結果的にはそうならなかったね、「汚らしい」って(笑)。確かに汚らしいんですよ、コンビニのカップ麺やおにぎりしか食べていないし、出前なんて家畜のエサみたいなものが来るし。たぶん、イヤなんだよ(笑)

G:
先ほど押井監督が嫌いだとおっしゃった、学生生活を美化したような、自分たちの生活を描いたような映画が中高生に見られているような印象があります。

押井:
僕も少しはそういう作品を見たりしますよ。僕は高校生だった時、そういうのを最も嫌悪していたんだけれど、今の高校生は本当にああいうのが好きなんだろうか。ダメでダメでつまんなくて、とりあえずバンドを組んでみよう、軽音部を作ってみようと頑張る映画じゃないですか。その「頑張る」というところにみんな感動するんだろうけれど、僕はそれが嫌いだから(笑)。だって、結果的に嘘をついているじゃない。そんな映画を見てないで、自分たちで始めればいいじゃないかって思います。これは警察の映画だから、自分たちでは始めようがない。部活の世界だとか、がんばって偏差値を上げただとか、だったら映画を見ている場合じゃないでしょと僕は思ってしまう。それだったら、あり得ない世界であって欲しい。どこか非日常でなければ映画にする意味がないと思っているから。

だからといって、「SPACE BATTLESHIP ヤマト」みたいに、明日死ぬかもしれないというのに、それでも愛だの恋だの言っている人たちの船に乗りたいかというと、絶対イヤだからね(笑)。人類のために死んでもいいの?って。人類のためだろうが何だろうが絶対にイヤ、そうするとこういう(パトレイバーのような)世界に、僕の場合はなっちゃう。理想と言えば理想だから……それが汚らしく見えるなら仕方がないけれど、「ビリギャル」だなんだを見に行ったとしても、それはあなたの人生を何も変えないよ?とは思う。いい気持ちになるかもしれないし、泣くかもしれないけれど、明日からの学校生活を何一つ変えないよ。「あの映画、見て良かったよな」って周りの人に言うだけで、半年経ったら忘れちゃいますよ。

パトレイバーが生活を変えるかと言われるとわからないけれど、1つのシミュレーションなんです。本当に楽しいことをするというのはなんだ、真面目に生きるとはどういうことだ、隣にいる人間を本当に認められるのか、とか一番シンプルなこと、それを、アル中のオヤジだったりクズみたいなおっさんだったり、極端にしているけれど、言ってみれば現実なので、そこになにがしかの価値を見いだせるかどうかです。おちゃらけっぽいけれどもどこか真面目、そうでなければ人は面白がらないものだから。面白いことをやっているからいいのではなく、それはあくまで入口で、最終的には人間として共感することや意味のあることを欲しています。だから、みんな映画を見たり小説を読んだりするんです、マンガだって同じかもしれない。何の価値もない、時間つぶしでやっている人もいるけれど、僕はそういうつもりではやっていなかったから、それを信じるしかない。


大仰に見えるけれども実態としてはヘリコプターを1機落としただけ(笑)。そのために多大な犠牲を払って、ハンガーもやられて、「やったやった!」って終わったけれど、あいつらは明日からどうなるんだろう、帰るところはあるんだろうか。レイバーを東京湾に勝手に1機沈めてしまって、下手すれば後ろに手が回るかもしれない。あれ1機で何十億って話ですよ。でも、そういう世界でバカをやるからこそ、共感してもらえるかもしれない。事件は解決したけれど、「何かを成し遂げるためには、何かを失う」ということは、ギリギリのところできっちりやっているつもり。でも、それは悪いものじゃないでしょと思う。

師匠も言ってたよ、「憧れの世界を描くのがお前の仕事だ」と。「言いたいことは1つだけ言え、2つも3つも言うな。人の金でやっている仕事なんだから、自分がやりたいことを全部並べて勝手なことをやるな」とさんざん言われた。「でも、1つはためになりそうなことを考えて入れておけ」と。あとは、要するに憧れの世界を描くんだ、若い人のために、ということです。

G:
師匠である鳥海永行さんは、怖い方でしたか?

押井:
アニメの偉い監督でしたが、「閻魔大王」って言われてた(笑)。めちゃくちゃ怖かったよ、いい年こいた大人がピーピー泣いてたから。私がその最初で最後の弟子。……いや、最初じゃないな、弟子はいっぱいいたんだけれど、クビになったりして、私だけが生き残った(笑)。鳥さんの下で修行……というほど勉強はしなかったけれど、やっぱり仕事というのは師匠が必要なんです。師匠には繰り返し、「お前は作家でもなければ、なんでもないんだよ。商業映画の監督になるなら、とにかく、お金をもらって喜んでもらえる映画を作れ。勝手な映画を作るな」と言われた。勝手な映画というのは、僕がやろうとしていたことで、やっちゃったこと……で、実際に酷い目に遭った映画のこと(笑)。要するに「能書きの映画」ですよ。作るたびに怒られた。たぶん、この映画を師匠が見たら、きっと褒めてくれたんじゃないかって思っています。褒めてくれたことは2、3回しかなくて、最初のパトレイバー(劇場版)をやったときは褒めてくれた。2本目(パト2)は怒られた(笑)、「また元に戻ったな」って。


G:
ここで、話を再び「THE NEXT GENERATION パトレイバー 首都決戦」のことに戻したいと思います。5月公開時のパンフレットで、チーフプロデューサーの宮下さんが「新しい試みの多い作品でしたが、制作して良かったと思える内容です。中でも押井監督に『現場が楽しかった!』と言わしめたことは特筆に値するんじゃないですか」というメッセージを寄せていました。監督が、楽しい現場だったと思えた事柄や、エピソードなどはありますか?

押井:
変な言い方ですが、監督として1つうまくなったような気がする。うまくなった、というか勉強させてもらった。

G:
監督も、これまでに撮ってきた実写映画の中で最高のスタッフだったと書かれていました。

押井:
スタッフは最高でしたね。ポーランドのスタッフも素晴らしかったけれど、言葉が通じる世界でやることの良さを改めて感じた(笑)。何がいいかって、撮影部、照明部、美術……スタッフがものすごく良かった。あれだけのスタッフを集めてくれたプロデューサーには感謝を伝えました、「いい人を連れてきてくれたね」って。撮影の町田さん、美術の上條安里さん、装飾の龍田哲児さん……何がいいかって、やりたいことの先を読んでやってくれる、余裕を作ってくれるんです。監督に考える時間をくれるんです。これが、なかなかないんですよ。これは、日本で映画を作っていて初めての経験だった。


普通は業務に追われてしまって、今撮っているもののことを考える余裕って全然ないんです。「あと何時間で日が暮れるけれど、それまでに何カット撮らなければいけない。どうするんだ!」ってね。それが、今回の現場に関しては余裕があったのと、今まで見なかったものを見せてもらえて、町田さんには感謝です。クレーンなど、特機の使い方とか、勉強させてもらいました。とにかく、「自分がこれ、欲しいな」という時にそれがあるということ、これがどんなに嬉しいことか、監督をやってみないとわからないと思います。毎日毎日、「これ欲しいんだけれど?」「ない」「どうしてないの?」「お金がなかったし、時間もなかったし……」という、そういうストレスがほとんどなかったです。全然なかったわけじゃなくて、「エキストラ2000人欲しい」って言ったら「それはダメ」って言われたけれど(笑)、でも200人だったらって手配してくれました。

G:
押井監督が執筆された小説「TOKYO WAR」のあとがきで、「映画を1本作ると、その作品のことよりも、構成のバランスや尺の制約などいろんな事情で割愛せざるを得なかったプロット・セリフ・人物など『もう1本の映画』への未練が出てくる」という旨のことが書かれています。今回の「THE NEXT GENERATION パトレイバー 首都決戦」ではどうでしたか?

押井:
あんまり思いつかないね。……強いて言えばだけれど、コブラとかF2とか、もうちょっと撮りたかったな。あと、防衛省のシーンを撮りたかったけれど、それは諦めたから後悔していない。あとは何だろう、それぐらいかなあ……東京で1度ぐらいはロケをしたかったね。橋のシーンとか含めて、東京はどこも貸してくれなくて、お話にならないぐらい撮影できなかった。それぐらいだね。

G:
「首都決戦」なのに、全然首都じゃないという話が出ていましたね。

押井:
そう、空撮をちょっとだけ(笑)。全体としては、お弁当のレベルも高かったし、文句なかったです。


G:
20年前にあったパトレイバー実写化構想がこうして「THE NEXT GENERATION パトレイバー」として一連のシリーズになり、2000年に公開予定だったガルム戦記が「GARM WARS The Last Druid」として形になったように、他にも監督の中で「これは何としても形にするぞ」と考えている企画は結構あるものでしょうか。

押井:
結構どころか、山ほどあります。でも、一生かかっても撮れないよ(笑)。ハードディスクをひっくり返せば山ほどあるから、あれも撮りたいなこれも撮りたいなと思うけれど、「撮れる」とは違うからね……。わりと執念深いから、モノにしてきた方だとは思う。でも、全部撮れると考えたことはないし、あるものを撮るとそれと関連していくつか消えていくんです。そこからまた新しいモノが出てくるし……。撮りたいものを次々に撮って「もう撮りたいものはない」という人がいるけれど、それはもともと撮りたいものがない人ですよ。僕は逆に「撮りたいもの」というのを考えないようになったから、言われたものを撮りたいように撮りたい。天から降ってくる方が楽だし楽しいし、みんなが幸せになるから。自分のハードディスクから掘り出してきて「これ、やりたいんだけれど」というのは、もうあまり考えない。見せる気もないし。

G:
監督はこうして映画を撮ったり、エッセイや小説を書いたりとアウトプット作業をばんばん行われていますが、インプットの方はどのように行っていますか?

押井:
基本的には、人生のある時期までに仕込んだものでおしまい。

G:
大学のころ、1年間に映画を1000本見る生活をしていた、という話ですが、そういったことでしょうか。

押井:
それもあるけれど、最近は「昔、こういう映画を見たから、こういうのを作りたい」というように思わなくなってきた。ここ10年ぐらいかな。今は、映画はあまり見なくて、本を読んでいる時が一番楽しい。本を読んでいる時に何かを思いつくということはある。実はね、言われてからじゃないと考えないようになったし、それでいいと思い始めている。お題をもらうと自動的にいろんな引き出しが動いて何か出てくる。考えるとか、新しく仕込むとかは、意識的にはしなくなった。昔は絶えずそうしていたけれど、それよりも、人と出会うことの方が動機になったりする。このカメラマンとやりたいな、この女優さんと仕事したいな、という方が動機になるね。言われなければ企画書も全然書く気はないし……企画書って、自分で書くとろくなことがないんです。言われて書く企画書ぐらいしか意味がないと思う。それも、最近は書くまでもないから。


G:
今回の「THE NEXT GENERATION パトレイバー」の短編エピソードと長編映画の組み合わせというのは、監督が企画を出されたものですか?

押井:
これは最初からプロデューサーとそういう話になっていた。シリーズをやってから映画を作るから、ひっくるめた仕事としてやって欲しいと。

G:
それは時期的にはいつごろのことでしょうか。押井監督は2011年に、この映画と同じく特車二課の三代目を描いた小説「番狂わせ」を書いていますが。

押井:
「番狂わせ」よりは後ですね。2012年のはじめぐらいじゃないかな、企画からいえば。「あんた、誰?」「え、覚えてないの!?」っていうところから始まったから(笑)。「パト2のときプロデューサーやったじゃん」「ああ!お互い、すっかり変わったね」って。企画も何も、お互いにやりたいことははっきりわかっていたから、「やっていいんだよね?」「うん、やって」と。それだけだったから、珍しい仕事ではあるね。

G:
最後の質問です。映画「うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー」の公開当時、「風の谷のナウシカ」の宮崎駿監督との対談で、宮崎監督が「テレビアニメーションが氾濫しすぎている」と指摘し、当時テレビアニメをバリバリ手がけていた押井監督はその一端を担っている旨のコメントをなさっていました。現在、1週間に50本近いアニメが放送されているという状態は、この時指摘された状態よりもさらに氾濫がひどくなっているのではないかと思いますが、「うる星やつら」の制作に懲りてテレビアニメから離れたという押井監督の目から見て、何か現状に対して言うこと、あるいは伝えておきたいことはありますか?

押井:
いやー……ぜんぜん見てないから(笑)、わからないね。もしすごいことをやっている現場があれば、聞こえてくるし、見えてくるはずだから、それがないということは何もないんじゃないかな、と。

G:
とくに現場から何も聞こえてこないですか?

押井:
うーん、「魔法少女まどか☆マギカ」ぐらいかな……見に行ったわけではなく、テレビでやっているのを見たけれど、がんばっているな、面白いなと思った。でも別に「すいません」という感じじゃないし……うん、「頑張っているな」という感じです。それは大したものなんだけれど。あとは「まだやってるの?いい加減にしろよ?」とかかな(笑)。そもそも、64歳にもなると興味のないことはわからないですよ。それこそ、テレビアニメって一番遠い世界かもしれない。だから、この点については「もうあなた、アニメの人間じゃないですよ」と言うスタジオの連中が正しいのかもしれない。それは言われて久しくて、攻殻のころから言われていたんだけれど(笑)。「じゃあ、何なんだよ」っていうと、よくわからない。現場にいると、どこかしらアニメの監督だなという瞬間があるし、言われることもあるけれど、ここ10年ぐらいははどっちでもいいなと思い始めている。だって、アニメと実写と、同じ本数作ってしまって、むしろ実写が逆転して増えてきちゃっているからね。まぁ、なんと言われても構わないけれど、アニメでも実写でも、映画が作れれば構わないです。でも、テレビアニメ、テレビシリーズは映画ではないから、興味がないんだと思います。


G:
なるほど。本日は長時間、ありがとうございました。

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in インタビュー,   映画, Posted by logc_nt

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