デザイン

Appleのマウスを設計した人物が語る自身のキャリアと次世代への教え


今や触ったことがない人はいないと言っても過言ではないほど普及したPC用のマウスが有名になったきっかけは、Appleが1983年に発売したLisaに採用されたことだと言われています。そんなAppleのマウスの設計に携わり、後には携帯情報端末として多くの人気を集めたPalm Vの設計に革新を持ち込むなど数々の功績をあげてきた産業デザイナー、ジム・ユルチェンコ氏が2014年8月をもって引退することになりました。35年にもおよぶデザイナーとしてのキャリアと、そこから得て次の世代に伝えたい教えがインタビューの中で語られています。

The Engineer of the Original Apple Mouse Talks About His Remarkable Career | Design | WIRED
http://www.wired.com/2014/08/the-engineer-of-the-original-apple-mouse-talks-about-his-remarkable-career/#slide-id-1423461

後に工業デザイナーとなるユルチェンコ氏は、1970年代中盤にスタンフォード大学に美術学を学ぶために入学。その後すぐに学生用のワークショップに参加するチャンスに恵まれたユルチェンコ氏は、多くの時間をそこで過ごしてきたと語っています。そこでは他の多くの学生との交流から影響を受け合い、さまざまな技術を学んでより広い目標を得ることになったとのこと。


後にこの経験が基になり、あらゆる場所に顔を出して知識や経験を吸収して、そこから新たな方法を作り出すユルチェンコ氏の仕事スタイルを決定づけることに。長いキャリアを経る中で、最終的には本来の製品デザイナーの枠を超えて、実現困難な製品を実現させるための器具や設備を考案することになったというエピソードがユルチェンコ氏の仕事を物語っています。

キャリアを通じて80以上もの特許を取得してきた職人ユルチェンコ氏ですが、デザイナーとして歩み始めた頃は経験も少なく、まさに「その場に応じて即興でこなす」という状態だったそうです。その時の様子を「クライアントよりも自分たちのほうが一つでも多く物事を知っていたら、それだけで『見込みあり』という状態でした」と語るユルチェンコ氏ですが、そのクライアントの中にはかの故スティーブ・ジョブズ氏も含まれていました。

◆Appleのマウスを設計する
スタンフォード大学を卒業して数年がたったころ、ユルチェンコ氏のもとに電話が入ります。相手は大学時代の友人であり、後に著名デザインコンサルタント企業IDEOを設立するデビッド・ケリー氏で、同氏が新たに立ち上げたデザインファームで働かないかという誘いの電話でした。ユルチェンコ氏は当時、別の医療系スタートアップ企業に携わっていたのですが、その時の報酬は現金ではなく株式だったとのこともあり、きちんと給料の支払われるケリー氏からの誘いに乗ることになりました。また、ケリー氏とともに企業を立ち上げた共同設立者がジョブズ氏とのコネクションを持っていたことから、Appleは同社のごく初期のクライアントの一つとなりました。

その頃のAppleはLisaの設計にかかっており、ジョブズ氏はパロ・アルトのゼロックス研究所で後に一世を風靡するグラフィカル・ユーザー・インターフェース(GUI)に将来性を見いだしていたころ。Apple社内のエンジニアはGUIの設計にかかりきりになっていたため、ユルチェンコ氏の企業にはマウスを設計する仕事が舞い込んで来ることになりました。


当時、ゼロックスが開発していたマウスは複雑で非常に高価なものだったのですがジョブズ氏はこれを嫌い、もっと簡素でコストが抑えられるデザインにすることを要求。ゼロックス方式のマウスには医療レベルの部品が用いられ、複雑な機構が組み込まれていましたが、ユルチェンコ氏のチームはゲーム機メーカーであるアタリが持っていたトラックボールの仕組みに新たな答えを見いだし、シンプルな仕組みでほぼ同等の操作性を実現することに成功しました。


さらにマウスに関しては興味深いエピソードが。ある日、ユルチェンコ氏は突然「ユーザーは、マウスのトラッキング精度がどうとか、そんなことは気にしてはいない!」ということに気がついたといいます。ユーザーが求めるのは操作して得られる結果であり、マウスの精度そのものではないということに気がついた結果、さらにマウスの部品数とコストを削減することに成功。ユーザーエクスペリエンスを主眼に置く開発の最たる例を語るエピソードとなっています。


後にこのマウスは大成功を収め、ここから後の数年にわたって同じ基本コンポーネントが使われ続けることになりました。そのプロセスについてユルチェンコ氏は「いくつかのシンプルな発見でしたが、それに真剣に取り組むことで、製品のあるべき姿が見えてくることになり、そして我々がいかに設計するか、ということが見えてきました」と語っています。

◆ものづくりの経験を得る
Appleのマウスづくりで得た経験はIDEOの大きな礎となり、いまでも生き続けています。その一つが「実際にものづくりを行う」という点で、ユルチェンコ氏は当時を振り返って「いつも何かを作っていました。プロトタイプを可能な限り早く、雑に、そして素早く作り上げていました」と語ります。IDEOはCADや3Dプリンター、NC工作機械などよりもはるかに早い段階からそのような仕事を行ってきたといいます。


設計からモデリング、製造プログラムが全てソフトウェア上で行われる現代とは異なり、当時の設計といえば「紙と鉛筆」しかない時代でした。そしてスタンフォード大学でユルチェンコ氏が得たデザインの経験は基本的に「少量生産」やいわゆる「ワンオフ」のような一品ものの設計がほとんどでした。しかし、実際に工場で大量生産されて市場に出回る製品を作るというのはまったくの別物であり、じっさいの製品づくりの現場の経験はほとんどなかったと語ります。

実際の現場を見ながら学習を進めたユルチェンコ氏は当時の様子を振り返って「私たちは今でこそノウハウを積み重ねていますが、当時は知識がまったくありませんでした。指南書を読み、実際に製品を作る際の金型を作成する職人、そして実際の生産ラインなどを見て回っては知識を吸収するということを繰り返して一歩ずつノウハウを積み重ねるしかありませんでした。そして得たノウハウは商品デザインに反映されていくことになりましたが、最初の数年間の学習曲線はとても緩やかなものでした」と語ります。

製品作りにおいては、プラスチック部品を成形する「金型」と呼ばれる設備が用いられるのですが、金型の設計には一定の制限があるため、最終形態となる製品の設計はその制限の範囲内で行うことが求められます。当初はユルチェンコ氏も多分に漏れずその制限に従わざるを得なかったわけですが、経験を得るうちにこんどは逆に自らの要望を金型をはじめとする製造工程に反映させていくノウハウを得ていくことになります。

By Danny Choo

IDEO社が携わった製品の代表的なものの一つに携帯情報端末のPalm Vがあるのですが、クライアントからは「より薄く」という要望が寄せられていました。それを実現するためにユルチェンコ氏は製造プロセスにまで立ち返ってボディ構造の大幅な見直しを実施。それまでの製品の多くで用いられてきた本体の「ネジ留め」を廃止し、熱を使うタイプの接着剤「ホットメルト接着剤」で製品を組み立てるなどの手法を取り入れて数々の困難な要望に応えてきました。


◆後進に送るアドバイス
ユルチェンコ氏の経歴は、ほぼそのままコンピューターの進化と同列に語ることができます。その変化についてユルチェンコ氏は「ユーザビリティの要素が設計のごく初期段階から取り入れられるようになった」ことを挙げています。ユーザーがどのように製品を使うのか、そしてどのように誤用してしまうのか。どんな間違い方をするのか、そしてどうすればそれを防ぐことができるのか、などの要件を考慮した設計が求められるようになった現代では「デザインのせいでユーザーが間違った使い方をしてしまうとすれば、それはユーザーではなく私たちデザイナーの側に責任があります」とユルチェンコ氏は語ります。

また、能力の高いデザイナーほど製造プロセスの実情との接点がないことを挙げています。ユルチェンコ氏は設計者として成長する際に多くの経験を得てきたわけですが、今の設計者にはその経験が欠けていることを問題であるとし、技術革新が進んで試作品が3Dプリンターなどで非常に早くできてしまう現代では、実際に製品を製造している海外の工場の光景が忘れられてしまうことを懸念しています。

By Geir Halvorsen

これからの業界を担う若手に対してユルチェンコ氏は「同じ質問をあらゆる人に尋ねてみること」とアドバイスしています。

その理由についてユルチェンコ氏は「私が金型について勉強した時には、まず工場に出かけて何を行っているのかをきいて回りました。それぞれの答えが返ってくるわけですが、いずれも最終的な目標は同じ製品であるにもかかわらず、そこにたどり着くプロセスは人によってさまざまなものとなっていました。私はこれを300回繰り返してきたのですが、それにより一つの金型から300通りの答えを学ぶこととなり、実際に尋ねて回った相手の誰よりも多くの知識を得ることになりました。このようにして、ものづくりに関してより多くの知識を得ることで、より能力の高いデザイナーとしての知識を身に付けることができます」と語っています。

いくらコンピューターが発達し、机上でほとんど製品が完成してしまう現代においても、やはり実際のものづくり、製造の現場の知識は欠かせないものといえるようです。

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in ハードウェア,   デザイン, Posted by darkhorse_log

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